第一章-04


「あの、馬乳酒をお入れしましたので中でゆっくりお話しませんか?」

 緊張した雰囲気に気を使ってか黄牙一族の少女であるトーヤから白瑛へ温めた馬乳酒が出される。彼女からの好意に白瑛も嬉しそうに笑って礼を言い、受け取ろうとした瞬間――呂斎がトーヤを押しのけ馬乳酒が零れてしまった。
 倒れそうになった彼女を庇う様に後ろへと回ったアリシャールも一緒に倒れ馬乳酒を被ってしまう。泥と酒で汚れた自身の服など気にもせず、トーヤの服の汚れを手巾で拭うアリシャールに彼女も戸惑っているようだった。
 そんな2人のやり取りを見て険しい顔をした白瑛が元凶である呂斎を叱咤する。

「何をするのです!」
「いや、私も立場上ね?……尊い姫様に、異民族の飲み物など飲ませられないンですよ。大体、馬の乳など我が国では犬の飲み物……」
「呂斎!!」

 悪びれた様子もなく言いのける呂斎に白瑛が鋭い目で睨みつけるが本人は白けた様子で彼女を見つめていた。無礼極まりない態度に流石のアリシャールも咎めようと口を開きかけた時、彼の口から信じられない言葉が発せられる。

「まどろっこしいですな……。交渉など、こうすればいいンですよ……おい貴様ら!この村は今から煌帝国の統制下にはいる。速やかに服従せよ!!悪い話ではないだろう?!救い出してやるンだよ……」

 そう言ってトーヤを指さし下卑た表情を浮かべた呂斎に怯えたのか徐にトーヤがアリシャールの手を握った。震える手に彼女も安心させようと強く握り返し、呂斎を睨みつける。

「こんな泥まみれ馬の糞まみれの……臭くて汚い惨めな生活から!!人間並みの幸せを知りたければ――わが軍に!」

 彼の強気な声と共に生地が引き裂かれる音がアリシャールの耳に届いた。直後悲鳴を上げる彼の背中には袈裟掛けに斬られた服と傷。剣を片手に背後に佇んでいた少年――ドルジがどうやら彼を斬ったらしい。
 声を荒げ制するシャマンを余所に家族を馬鹿にしたことを激怒し、興奮した様子でドルジが呂斎を怒鳴りつけた。

「侵略など絶対に許さん!!黄牙一族は、断固としてお前たちと戦うぞ!!」

 彼の宣言に感化された一族たちから呂斎を中心に罵声が飛ばされる。このままでは殺傷沙汰になりかねない、石を投げられながら自身たちの陣営に戻るよう白瑛と青舜が呂斎を無理矢理押す背中を見つめアリシャールも立ち上がろうとすればトーヤから不意に手を掴まれてしまった。

「あの、ごめんなさい本当に……っ」
「いいえ、こちらこそ大変なご無礼を申し訳ありません。宜しければこれをお使いください」

 小さな声で謝罪を口にするトーヤに首を振り、握ってきた手に代わりに先程までトーヤの服を拭っていた刺繍の鮮やかな手巾を渡し頭を下げると白瑛たちを追って早足に去って行ってしまう。
 彼女の後姿を目で追いながら手巾を握りしめるトーヤの姿をじっと見つめ、アラジンは口を噤んだ。

2012/10/06
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