イナズマ | ナノ

カトレア

03 守りたかった人




 ――あの試合から数日。分かった事が何点かあった。1つはアタシが“イナズマイレブン”の世界にトリップしたという事。理由は良く分からない。(っていうか分かったらさっさと元の世界に戻っているよ)
 そして2つ目はこの世界のアタシは元々居た人間らしく“雷鳥 飛鳥”という名で現在中学1年生であるらしい。そして中学サッカー界ではあの“豪炎寺 修也”と共に並ぶ程有名な女子選手だということ。
チームメイトが言うにはあの帝国学園に1人で5点入れたらしく、そのお陰で中学サッカー連盟から“公式試合でも男子と共に参加できる”という特別なライセンスを貰ったらしい。(それが条件で帝国との試合データは抹消されたとか)
 そして3つ目。これが1番辛いことだが……この世界のアタシの両親は自動車事故で亡くなったらしい。そして兄貴は……元々居ない事になっていた。今は父さんの弟である叔父さんの家にお世話になっている。

 ――これも全て色々な人達に聞き、少しずつこの世界に居ることで思い出した記憶。……でもそれに反比例して今まで見てきたイマズマのストーリーが、あちらにいた時の記憶が少しずつ失って行っている。
 この世界に馴れ、順応して行く内にあちらの世界に順応が出来なくなっていく。“あちらのアタシ”が分からなくなるのは凄く怖かった。……でも、そんな弱音は言ってられない。だってまだ、どうすれば変えられるか分かっていないのだから。アタシがアタシで居られる内に、早く、早く何とかしなければ。

(それにしても、この顔……)

 鏡に映った未だに馴れない自身の顔にアタシは眉を寄せる。それと同時に鏡に映る顔も難しそうに眉を寄せていた。……耳元で光るピアスだけが、今のアタシをとても安心させてくれた。


***


「なんか飛鳥がこのチームから離れるなんて変な感じだなー。……ごめんな、最後の試合だったのに」
「んーそうだね。あの試合が最後になっちゃったけど、凄く楽しかったよ、アタシは。だから気にしないで」

 隣で一緒に歩くFWのチームメイトと一緒に話しながら、アタシは笑う。周りからも悲しそうな声を掛けられ少し恥ずかしくなった。
 ……あの勝利した試合はフットボールフロンティアの試合だった。だけど次の試合、準決勝は木戸川清修とぶつかってしまい、惜しくもアタシの中学は負けてしまった。(試合で豪炎寺君を見つけて発狂しかけたのは内緒)

 ――そしてこのフットボールフロンティアを最後にアタシはこの中学から雷門中に転校する。(何だこの超展開、と思わず突っ込んでしまった)元々叔父さん達の家は稲妻町にあったから雷門中に編入するはずだったのだが、アタシの我儘でフットボールフロンティアまでこの中学にいさせてもらったのだ。
 今日はフットボールフロンティア決勝戦。折角なのでチームメンバー皆と観戦する事になった。今は会場へと向かっている所。

「でもホント惜しいよ、雷門中ってサッカー部超弱いらしいじゃん。そんな所に飛鳥が行くなんてもったいない」
「あははー…(それが変わっちゃうんだよねー)」
「おーい、お前らいつまで喋ってんだ、もうすぐ決勝会場着くんだぞ。さっさと歩かんか!」
「「はーい、すみません。監督」」

 飛鳥のせいで怒られたじゃないかー。と茶化されアタシも空かさずやり返しながら少し先に行ってしまった監督達に追いつこうと走りだす。その時信号を渡る途中に追い越した小さな女の子。見覚えのある後ろ姿に少し違和感を感じて足を止め、振り返った。

(あれは、夕香ちゃん……? っ、まさか……?!)

 確かこの日夕香ちゃんは……事故に合ってしまう。多分アタシ達が木戸川清修に負けた時点でイナズマイレブンの物語に進んでいるんだろうとは思っていた。だから、もしアタシが変に動いて物語を変えてしまったら。と思った時アタシにはそれが良い事なのかはよく分からない。だけど、これは……許される事ではなと思う。
 こんな小さな子が辛い目に合ってしまうのは可笑しい事なんだ。

 そう考えた時には体がまた勝手に動いていた。振り向いたアタシの顔を見た途端、夕香ちゃんは嬉しそうに笑って此方に走り寄って来る。……少し視線をずらせば夕香ちゃんに向かってくるトラック。
 今から起ころうとしている現実に血の気が引いて行くのが分かった。

「駄目、夕香ちゃんっ……戻って!!」
『飛鳥っ!!』

 チームメンバー達からの叫びが遠くから聞えてくる。向かってくるトラックよりギリギリ間に合ってアタシは夕香ちゃんの体を強く押した。離れた体にアタシは安堵しつつ、迫って来たトラックにアタシは目を見開く。

(あ…っ、ヤバい……かも)

 気がついた時には体が吹き飛ばされ、アタシは宙を大きく舞う。耳元でピアスのモチーフが光に反射して、綺麗に光るのが見えた。
 それをアタシは地に落ちながら、その眩しさに目を細める。

(兄貴……お…兄、ちゃ…ん)

――そこでアタシの意識はぷつり、と途絶えてしまった。


2009/10/05


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