小説家 | ナノ


番外1

「マカ、ローヤルゼリー、シトルリン、それから……マムシにサソリに冬虫夏草粉末配合?
例のアレに効くと噂の成分が全部入ってるじゃない」
「そう、まさに!that's right!お目が高いですね先生!」
「それだけじゃなくて全く聞いたことない成分も山ほど入ってるけど……。ねえこんなの飲んで平気なの?」
「男は度胸ですって!俺もう何回も試してるんですけど、ほら、ピンピンしてますよ。このあいだ話した、先月のアジア旅行でした最高の買い物ってのは実はこの薬です!ヤバイんで、マジで」
「副作用出るのこれからかもよ?」
「ちょっとちょっと!脅さないでくださいよー!使って1ヶ月経つけど今んとこ何にも出てないんで大丈夫ですよー!」

職場兼自宅のリビング、木とガラスで出来た机の上に堂々と置かれた薬のビン。ラベルにはでかでかと「絶倫」だの「即感」だの「爆精」だの書いてある。中の錠剤を飲めば、あぶらの乗った大人の男を気取れそうだ。

晴市は注意深く観察したのち、テーブルの向かいでニヤつく男をたしなめた。

「こんなものうちに持ってこられてもね」
「まあ聞いてくださいよ、これ、本当に凄いんですよ、俺の超超超超おススメ。そんじょそこらの迷信みたいな薬とはわけが違う」

それとも先生、こういうの興味ないんでしたっけ?ーーときょとんと訊ねられて、晴市は言い淀んだ。

「そりゃ興味がないわけじゃないけれど。負けた気がしちゃってね。年齢に」
『そういうことなら置いてきますんで!じゃ、俺行きますわ!今から飲みなんで!』
「あ、ちょ、ちょっと。欲しいなんて言ってないよ!待ってよ滝川、こら……!」

これから向かう飲み会がよほど楽しみなのか、浮かれた様子で原稿と鞄を持ってさっさと出て行ってしまった。
残された晴市は、一人暮らしには広すぎるリビングの天井をうーんと唸りながら見上げた。

「はーあ、ほんとため息出ちゃう。俺の周りは困った子ばっかりね」




チャイムの明るい音で自分の世界から現実に引き戻される。晴市ははっと顔を上げると書斎を出て、弾む足取りで玄関に向かう。
ドアを開けると、マフラーをぐるぐる巻きにして大きめのダッフルコートに身を包んだ、ニコニコ笑顔の恋人の姿が目に飛び込んだ。
彼女の両手にはスーパーの袋が吊り下がっている。今日も夕食を作りにきたのだ。

「もう、スーパー着く前に連絡ちょうだいって言ったでしょ?迎えに行くのに」
「だって先生、締め切り近いじゃないですか。書いてもらわないと困ります」
「やだ、お姉ちゃん。休みの日くらい仕事のこと忘れていいんじゃない?」

たっぷり食材が入った袋を持つと、見た目よりずっと重い。晴市は恋人が家に来て緩んだ顔を少ししかめた。

「あ、やっぱり重いですよね。私運びますよ?」
「重いのなんて問題じゃないよ。お姉ちゃんがここまでこの重さを一人で持ってきたってのがヤダなって思っただけ」
「……?こんなの普通の重さですよ?自炊している人みんな、いつもこれくらいの量を持って帰るんですから」
「そ、そりゃ、そうだけど。でもね。……俺がいる時は要らない苦労しなくていいって言ってるの」

と言ってそそくさと台所へ荷物を運ぶ晴市だ。照れているのか拗ねているのか何なのかこちらを見ないことに不思議に思って、マナは急いで靴を脱いで、揃えて、彼の背中を追いかけた。

「すぐ冷蔵庫入れちゃっていい?」
「あ、はい!魚なんで、そうしてください」
「ウン、わかりましたよ〜」
「……(先生、ちょっと機嫌悪いような落ち込んでいるような……)」

いつも買い物を手伝うと言われて、断り続けているのだった。マナはうーんと考えを巡らせた……仕事が忙しい相手を患わせまいと断ってばかり、でもどうしてだか軋轢が生まれている予感だ。せっかく言ってくれるのだ、たまには頼るべきかもしれない。

「あの、締め切り明けたら一緒に買い物、手伝ってください。晴市さんが良かったらですけど……」
「ふふふ。やっとその気になったのね。もちろん手伝うに決まってるでしょ。任せなさい」

作業は止めずに、でもにやにや笑われて、これで良かったようだとマナは安堵する。

「手伝いたいなんて、先生ってほんとすごく良い人ですね」
「ええ?いや……そお?これで良い人だなんて。普通じゃない?」
「普通ではないです。経験上、男の人は、特に」
「……え、お姉ちゃん、今までどんな彼氏と付き合ってたの?あ、いや、待って、答えないでね。変なこと聞いちゃった」
「……滝川先輩とか、私のことパシリだと思ってるみたいで……」
「あっ、あぁ、なんだ滝川ね。あれはそうね、手伝わないかもねえ」
「それから、元彼はだいたい」
「わわ、言わなくて良いってば!」
「……そうですか?」
「そうですよ。聞いちゃったら俺、気にするタイプだもの」
「……やきもち?」
「そうね、うん……勘弁して、もう聞かないから」
「私は先生の昔の恋人の話、聞きたいですけど」
「へーえ?お姉ちゃん、やきもち焼いてくれないの?」

手を止めて、晴市はわざと不安げな顔を作って彼女を見る。冗談ですよ、という雰囲気を出しつつも何割かは本気だ。しかし返事は想定外のものだった。

「だって好きな人のことは何でも知りたいです!」
「……そ、そういう。なるほどね?な、なんか照れちゃうね」
「だから、その。ずっと聞きたかったんですけど、今まで先生は何人くらいと付き合ったんですか?」
「ええ……?いや、それは……うーんと、内緒」
「内緒かあ……」
「……そんな残念そうな顔しないで。秘密がある方がカッコいいでしょ?これからずっと君のなんだからいいじゃない」
「ずっと!ふふふ、嬉しいです」
「……やっぱ言い過ぎかも。でもそうだと良いなって思ってるの……」
「私もですよ先生〜!」
「わわっ。抱きついてきてくれるのは嬉しいけれど、早くコート脱いでおいで。一緒に夕飯作るんでしょ?」
「はい!作ります!脱いできます!」

と言うとマナはしゃきしゃきとクローゼットに消えた。その背中を見送りつつ、晴市は熱い頬に手を寄せて、熱を逃がそうと画策した。

「(ずっと君の……って俺、ちょっと恥ずかしすぎること、言ったよね……!?)」






一緒に作った夕食を平らげて、まどろむ日常の夜だ。
今日のメニューは鯖の味噌煮にお味噌汁、雑穀米にお漬物、ふろふき大根にほうれん草のおひたしだった。どれも綺麗に平らげて跡形もない。
一服した晴市は腰を上げて、テキパキと皿を重ねていく。その様をマナはまじまじと見つめて、思わずニコニコしてしまう。

「(こう言ってはなんだけど、晴市さんどんどん家庭的になっていっているような……?料理は全然出来るようにならないけれど)」
「何ニヤついてるの。あぁわかった、俺に見とれちゃってるんでしょ」
「ふふふ。そうですよ。すごくカッコイイです、今日も」
「……じゃ、じゃあもっといいとこ見せなくちゃ。置いてくるついでに熱いお茶入れてきたげる」
「あ、カットフルーツも持ってきてください!」
「はいはい……」

晴市は照れ隠しにつまらなそうな顔を作りつつ皿を持って立ち上がった。それらは流しに置いて、コップにティーパックを入れたらケトルからお湯を注ぐ。

「(なんだか俺、凄く働くようになったかも……)」

家庭的な自分をあまり想像できずにここまで生きてきた。けれど今、若くて可愛い恋人の役に立ちたくて立ちたくて仕方なく、何でもかんでも世話を焼きたくなってしまう。

「(カッコイイって言われただけでお茶とフルーツと、それから良いとこのケーキも出しちゃうんだもんね……。マナちゃんはどう思ってるのかね)」

今日スーパーで買ってきたパイナップルとキウイのカットフルーツを皿に盛りつけて、さらにサプライズに買っておいたケーキも取り分けた。
さっきの甘い言葉の効果で浮き足立ちつつ居間に戻る……とそこで気がついた。

ソファの向こう、チェストの上、今日までうちになかった例の薬の瓶が堂々と置いてある!どこにしまうか考えるうちにチェストの上に置いて、なんやかんやで仕事に取り掛かってしまい、隠しそびれてしまっていた!

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