小説家 | ナノ


4続続・歓談




「久しぶり〜。君は相変わらず元気そうねえ」
「はい!材料もこの通り!買ってまいりました!」
「はいよろしい。入りなさい」
「失礼します!」

ネギやら肉やら重たいスーパーの袋を晴市が取り上げる。それからコートやマフラーも。軽くなった体を自由に動かして、マナは伸びをする。

「先生ってすごく気が利きますね!」
「モテたいからねえ」
「そ、そうなんですか……!」
「引いたでしょ。でも人が優しい理由なんてだいたいそんなものだよ」
「今は私しか見てませんのに」
「…………だからやってるのよ」

クローゼットの中に入ったため最後の言葉はマナには届かずじまいだ。コートとマフラーをしまうと、今度はキッチンへ向かい冷蔵庫に食材をしまう。
冷蔵庫は空っぽだがクローゼットの中は服や靴で埋まっていて、マナは物珍しげに眺めた。

「一応野菜とか全部閉まったけど、時間も時間だしもう作りだそうかね?」
「そうしましょう!私お腹減りました!」
「俺も一緒よ。お仕事ちょうだい。野菜切ったりとか、手伝わせてよ」
「じゃあ、えーと……」

適当に指示を出すと不器用ながらも手伝ってくれる晴市。

「これを機に料理を覚えるのはどうでしょうか!そしたら外食ばかりしなくて済みますよ!」
「俺が俺のために料理なんて面倒だしやらないよ。でも、もしカノジョに私のために料理覚えて〜とか言われちゃったら出来るように頑張るかもね」
「先生は女性に染まるタイプですか〜」
「ま、まあ?そういうことになるのか、ね?」

その言い方は納得いかない、と思いつつも頼まれた通りネギを切る。しかし彼の理想通りの形には仕上がらない。

「味は一緒、だよねえ?」
「一緒ですよ!でもそんなに繋がってると食べづらそうです」
「やっぱり……?どうしようね、もっと、こう……力の入れ方が違うのかなあ」
「先生、この三日何を食べていたんですか?」
「それ聞く?……俺の普段は行きつけの天ぷら屋寿司屋日本料理屋のループよ。つまり、代わり映えなしかな」
「(きっとお高い店なんだろうな……)今日は行かなくていいんですか?」
「ああ。君の料理が食べたいって電話で言ったろう。あれかな、胃袋掴まれちゃったってやつ?俺のを掴んでどうするのって感じよねえ」
「……ふふふ」
「何にやにやしてるの。その目、やだなあ」
「いえいえ!嬉しくて!」
「あっそお……ほんと、無邪気だねえ、おねーちゃんは」

ここで鍋が煮えたので具材を入れて、肉も用意して。いい匂いがキッチン中に立ち込めて居間まで流れた。

「すき焼きといえば!用意したりないのがひとつあります。先生、なんだと思いますか?ヒント、それにお肉を浸して食べます」
「……卵?」
「正解です!出してください」
「はいはい。卵ね」
「それから卵用のお皿も」
「はい、お皿ね」
「これ洗ってください。それからご飯をよそってください」
「いっぺんにはできないよ。一つづつやるから……って、あれ?……俺、なんか教育されてない?」
「ふふふ、そのうち先生は料理ができるようになるでしょう!レッスン1は配膳からです。先は長いですね!」
「まー。こりゃーなんてやらしい子なの。こんな歳上捕まえてさあ」

ぼやきつつも流しの使った調理器具を洗って、卵を出して、皿を出して、ご飯をよそう晴市。教育の成果がすでに表れている。

「そんなまどろっこしいレッスンしなくても、簡単に俺が料理するようになる魔法の言葉を言えばいいのにね」
「どんな言葉ですか?」
「さっき言ったじゃないの。……私のために料理を覚えてください、って俺の目を見て言えばいいんだよ」

見つめ合う二人に沈黙が流れる。
返事がやっぱりないのが耐えられなくて、晴市は眉を困らせる。いつでも冗談と言えるスレスレのラインを綱渡りだ。

「……言ってくれないの?」
「私、先生のカノジョじゃありませんが、それでも言ったら料理してくれるんですか?」
「うん、しちゃうしちゃう。喜んでするね」
「じゃあ……私のために料理を覚えてください」
「いいよ、教えてくれるなら」
「あれっ?私が教えるんですか?」
「だってひとりじゃできないよ。右も左もわからないのだもの」
「いいんですか〜?私はすごく厳しいですよ」
「う……。俺打たれ弱いからね。出来るだけ優しくして……?」
「では今度、何か一緒に作りましょう!楽しみですね!」
「やった、だね。……うーん、にしても君のこの切り返しも慣れてきた……」

といったところで配膳が済む。二人はテーブルを挟んで床に座り、いただきますをした。カセットコンロはないので鍋は鍋敷きの上に置いている。マナによそってもらって、晴市のお米の横、溶き卵の入った皿の中が埋まる。

「あー美味い。ほんと、美味しい。すごい」
「先生はなんでも美味しいって食べてくださるのでこちらとしても気持ちいいです」
「そりゃよかった。また酒に合うんだなぁこれが」
「大人ですね〜、日本酒とすき焼き!」
「おねーちゃんも舐めてみる?お酒」
「いえいえ。……お、お酒のんでまた寝てしまっては困りますし」
「そ?勿体無いねえ、こんなに美味いのに」

おちょこが空になるペースが早い。いつもよりなんだか……

「機嫌が良いですね?」
「そうかな。君がきてくれたからかもねえ」
「ふふふ。先生って本当に寂しがりやなんですね」
「なんとでも言ってなさい。ほら、もう食べ終えたならこっちにきてごらん」

呼ばれて、先生の隣へ膝をつく。

「なんですか?」
「寂しがりやだから、これくらい近くないとダメってわけよ」
「なるほど。寂しがりやだからですか」
「そうよ?」
「てっきり私のことが好きなのかと思いましたよ!」
「ん?」
「ちなみに私もこれくらい近くないとダメです。先生が好きだから」
「…………ええ……!?どういう事!?」
「ふふふ。引っかかりましたね!これはあれです。お返しです」
「お、お返し……?」

情けなく聞き返すが、自信たっぷりでしてやったり顔のマナはさらに胸を張る。が、ちょっと頬が赤くなっている。頑張って言ったらしい。
曰くいつか、おねーちゃんを口説いてんの、とからかわれた事への仕返しらしい。酔いが急に回ったのか晴市の顔が耳まで赤くなる。

「あー……そう、なの、ね?びっくりした。ああもうドキドキしちゃった、この歳で動悸が激しくなるのって危険なのよ」
「先生落ち着いてください、危険ってほどの歳じゃないはずですよ!そんなにドキドキですか?」
「信じてないなら触ってみてよ……ほら、ね」
「わわ……!これは酷い……」

鎖骨のちょっとしたに掌を当てると、ドキドキと鼓動が早鐘を打っているのがありありとわかる。体は熱くて汗ばんでいて動揺が誰からも見て取れた。

「言ったでしょ、俺は打たれ弱いの。急にそんなこと言わないで」
「あははは。先生の真似ですよ!」
「……俺ってこんな感じ……?」
「こんな感じです。私こそ、ドキドキしますね」
「うそー。してるように見えないよ?」
「じゃあ今度ドキドキしたら、私の心臓の音を聞かせてあげます」
「……良いのかな?そんなのさせてもらっちゃって。それこそ俺、ドキドキするのだけど…」
「手首で脈を取れば一発ですよ」
「ああ手首ね……。君ってばドキドキを伝える一番良い方法、忘れてるよ?」
「?なんでしょう?」
「そりゃあもちろん。これだよ」

マナは急に肩を引き寄せられて、すっぽり晴市の胸の中に抱きかかえられてしまった。
ぱちくり瞬きをして状況把握に勤しむが彼女の思考回路ではすぐに答えをはじき出せない。
さらに力強くぎゅっと抱き寄せられれば、男の香水の匂いだけが香って、よりわけがわからなくなった。

「な、なな……!!??」
「どう?聞こえるかな、俺の胸の音。さっきよりうるさくなってると思わない?」
「な、なってます、なってます!だから、先生、」
「あれ……君の胸の音も、するような気がするねえ?」

と、耳元で囁かれて慌てたマナの両手が晴市の肩について力一杯体を離す。あまりの力に驚いて、晴市が彼女の顔を見る。すると、表情を見られまいと手で顔を覆ってしまった。

「ご、ごめんね、そんなに嫌だった……?」

相変わらず力のない晴市の声だ。顔を隠していてもわかる、マナの頬、体の熱を見つめて、彼女の気持ちを読み取ろうとするがよくわからない。

「はぁ……大丈夫、びっくりしただけです。先生の寂しがりやも困ったものですね!」
「そうね。君もだいぶ困ったちゃんだけどね」
「はい、もうぎゅっとして良いですよ!先生を癒すのが滝川先輩に頼まれた大事な仕事ですから、頑張ります!」
「あのねえ、仕事だからって誰にでもこんな事しちゃダメよ?」
「誰にでもはしませんよ。ここだけの話、先生は特別です」
「……その言葉、信じていーの?」

全くもって自分だけが特別に思えないが、両手を広げて待っててくれてるマナを抱きしめてみる。

「おねーちゃん柔らかいね〜。うーん、それにいい匂いがする」
「さ、流石にやっぱり恥ずかしくなってきました」
「ねえ。特別ってどういうことなの」
「それは……言わなきゃダメですか?」
「はい、ダメです。言いなさい」

と断言されて、マナはキョロキョロ目を泳がせる。言わずに済むのではないかと沈黙するが、晴市はずっと答えを待っている。目をじっと見られて、彼女は観念したように言葉を紡いだ。

「笑っちゃだめですよ」
「うん。……うん?面白いことなの?」
「茶化すのもだめですよ。まじで言いますから」
「おお。なんだろね」
「……ここずっと考えてた事なんですが……つまり」

ちょっとの間のあと、マナは言葉を絞り出した。

「私、なんだか、その。先生のこと本気で、だ……大好き……みたい、でして……。そういう感じで特別なのです」

と、まあこれほどまっすぐな言葉が来ると予想していなくて晴市はぎょっと目を開いた。

「ちょっと、ああ待って。これ、お返しの続き?」
「……いえまじめです。さっきも、ほんとは言おうとしたのが冗談に逃げた形になったというか」
「うそお」

両手を肩にかけられて、向かい合って見つめあって、それで大好きだとか言われたものだから晴市は照れて顔を背けた。それより早くからもっともっと照れているマナは、彼の顔を見てもっとドキドキする。

「……やっぱり変ですよね?す、好きなんて
「いいや、冗談じゃないならいいの。……あーあ。なーんで、君は、こんな簡単に言えちゃうんだろうね。足踏みしてた俺が情けないじゃないの」
「あの、……先生も、その……私を好きになってくださるよう、頑張りますので、できればお付き合いを前向きに検討していただきたいと言いますか」
「不満だねえ。どうして断られるのを前提で話すのよ?」
「だって先生はずっと大人ですから。私なんて子どもで、相手にならないでしょう?」

晴市が顔をしかめる。あー、と唸って、彼女に向き直った。

「そうねえ。君の言う通り俺のがずうっと歳上なのにね。オトナらしくなれない、君の前にいると」
「そうですか……?」
「そうよ、あの手この手で気を引きたくなるのだもの。君のことが大好きなのよ。だから、ね、マナちゃん。…………俺を恋人にしてくれない?」
「私でいいんですか!」
「君じゃなきゃ嫌だってわかんない?」

眉をひそめて口角だけはニヤリと釣り上げて、照れ隠しの笑みを浮かべる晴市。ぐわーっと愛しさがこみ上げたマナが抱きついた。
さっきと同じくらい、いやそれ以上にお互いの鼓動がよく聞こえる。熱を持って汗ばむ体が、二人が二人とも恋愛中だと示している。

「やったー!大好き!先生!」
「おっと!……あはは、やっぱり君はお子様かもね。愛情表現もストレートだ」
「私もっと大人になります!まっててください!」
「そんなすぐになれるものかね〜?俺だってまだオトナになれないのに」
「せ、先生、まだ大人じゃないんですか?」
「体感ね。年齢じゃなくて」
「……うーん?そうかなあ……だとしても、私が先生にお似合いの大人になるには先は長そうです。見捨てないでくださいね」
「すぐ俺なんて追い越しちゃう気がするけれど。こちらこそ見捨てないでよ……?」
「はい!」

抱きついていた体を持ち上げられて、マナは彼の顔を見つめた。そのまま軽いキスを唇……ではなくおでこにされて、にっこり笑顔を作られた。

「ああ、やっぱ先生ってカッコイイです。ため息が出そう……」
「や、やめて。そういうのほんと、照れるから……!その甘ーい言葉で俺をどうにかする気でしょ」

ぎゅうと抱きしめて晴市は顔を隠す。マナの肌に触れ合う部分は熱くて、本当に茹っているらしい。
出来心でなでなで頭を撫でてみれば、がばりと頭をあげて彼女を見つめた。

「子ども扱い、してるよね?」
「ふふふとんでもない……」
「もう。まあいいよ、付き合ってあげるから存分に撫でなさい。……それもこれも君が好きだからよ?」





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