エステ | ナノ


2-2




「職業柄かしらん、体にええもの勉強してるうちにオリジナルの飲み物作るん趣味になってんよ」

広いリビングの真ん中、これまた大きなソファの上にポツンと座って私はぼーっとしていた。
目の前に良い香りのするお茶を差し出され、ハッと顔を上げる。私の真横に座って体を寄せる柏木さんがこちらを穏やかに見据えていた。

「ひえひえの体あっためな。ただでさえミドリさんは冷え性やしね。あ。生姜大丈夫?」
「は、はい、大好きです」
「そらよかったわ〜。これも気にいるとええんやけど」

とりあえず一口飲んでみる、ざわざわしていた胸の内がすっと落ち着く気がする。そんな香りと温かさだ。ちょうど良い甘さが疲れた心身を癒してくれる。

「わあ美味しいです!」
「ほんま?おかわりもあるから遠慮せんと言って」
「わかり…………っ!?あ、あの……!」
「ふふふ。僕のことは気にせんと飲んどって」
「(と、言われても!)」

私の右手に触れた彼の手が、てのひらを、腕を、表面をなぞって滑っていく。会社からここまでの距離のお陰で体の芯まで冷え切っていた私だったが、部屋に入ってからはみるみる体温が上がり、今さらに上がっていく。
いつもと同じ触診だ、しかし今日はいつも以上に鼓動が速くなる。触れている部分に気を取られて味がわからなくなった。

「ベッド行く前にちょっとここでマッサージしよか。エステの内容はお任せでええんよね?いま計画練るわ」
「はい、ていうか、ベッド!?」
「……?そりゃそやん。いつもベッドでやるやんか。今日は僕のうちやから僕のベッドで悪いんやけど、タオル引くし、ごめんして」
「(柏木さんのベッド!?)」

今日、私驚いてばかりだ!
状況を受け入れようと処理している私を、からかっているのか面白がっているのかなんなのか。びっくりが滲み出る私の表情を一瞥してくすくす笑われてしまった。
その流れで柏木さんはよりこちらに近づいて、太ももがぴったり触れる。そして私の顔を覗き込んだ。いつもの手法だ、それがいつでも新鮮にこちらにダメージを与える。ここには2人しかいないのに、彼はひそひそ声を出した。

「ここでやってもええけど、僕はベッドのがええと思うな」
「や、やっぱりべッドのがマッサージやりやすいですか?」
「うん。そうやし……マッサージ以外のこともイロイロできるやろ?」
「!!(イロイロ……!?)」
「僕ら仲良しやもんね〜。ふふ」

そう言って笑う柏木さんの手のひらは太ももに触れた。そのまま持ち上げられ、私の両足を自分の膝の上に乗せたのだった。

「わ……!?(なんだこの図は!?)」
「あぁこらあかんね。腕より太もものがずっとむくんでるわ。ミドリさん相当歩き回ったんちゃう?」
「それは、そうかもです、……っ!」
「あ、ごめん、くすぐったかった?」
「ちょっとだけ、でも大丈夫です、た、たぶん……(これ、傍目に見たら絶対マッサージに見えないよなあ……!?)」

ゆっくりと表面を掌が這う。
柏木さんの手は誇張なしにゴッドハンドで、太ももを優しくさすられているだけで眠たくなるほど気持ちが良い。
ぴたりと閉じた足の隙間に手を差し込んだ彼は、内腿を指の腹で指圧する。
性的な思惑の気配……しかしそれ以上に疲れた足の緊張がスルスルとほどけていくのがただ気持ち良い。こうして楽になると、今日までの過酷な労働によって体はしっかり傷んでいたのだと再認識させられる。

「(改めてだけど、柏木さんはんなりエロいだけじゃないんだなあ……触られれば触られるほど眠たくなってしまう……)」
「おっと……これ以上はひっかけて破きそうやわ。ストッキング脱がしてええかな」
「!?は、はい、脱ぎます(だめだやっぱりゆっくりできないや!)」
「ええよええよ僕が脱がすから自分でやらんでも。腰浮かしてくれたら」
「……えっと……!?」
「ちょっとごめんね、スカートの中に手えいれるけど……よいしょ」

まるで当たり前みたいにスカートのジッパーを緩められ、ストッキングをするすると脱がされた。
それから先ほどと同様に、今度は生の掌が内腿を怪しくさする。
私はなんだかさっきよりずっと、ドキドキしてきてしまった!

「うんこれでしやすなったわ〜。さて、どんな感じにマッサージしてこかな……?」
「(ソファで柏木さんの膝の上に両足を乗せてストッキングを脱いだとなると……さすがの私もわかるぞ、これは……前戯では?となるとこの後は……あんなことやこんなことが……?)」
「ん?ミドリさんどしたん?何考えとるん?」
「え!いや、いえ、何も……?あはは……」
「なんで照れるん?ふふ、なんや相変わらず変な子やね。何想像してんのやろ〜?僕わからんわぁ」

笑う柏木さんこそ何を考えているのだか……?血を流すみたいに太ももの付け根から足の先まで軽く力を込めた彼の手がなぞっていく。

「太ももはめっちゃ熱いけど、足の先はまだ冷えてる。ミドリさん筋金入りの冷え性やね」
「そうなんですか?たしかに手足はいつも冷たい方かも……(普通だと思ってたけど私の冷え性って酷いのかな?)」
「……よし。こんだけ触ったら手足以外は結構あったまってきたんちゃう?顔もなんか、赤くなってる気がするわあ。せや、ちょっと触ってみてええかな?」
「え!は、はい……。……!」
「どれどれ……。うん、あぁ、やっぱり熱い……」

ほっぺに手の甲がつけられて熱を測られる。思わず彼の目を見たら、柏木さんもこちらをまっすぐ見ていた。目が合うとどうしてだかまた顔が熱くなる。気づかれたみたいであははと笑われてしまった。

「なんやの〜、見つめあって顔熱くするなんてミドリさん可愛いすぎへん?」
「あ、熱くなってますか!?(なってるけど!)」
「めっちゃ熱いよ。ほら耳まで熱いもん」
「わっ……わぁ……こそばゆい……!」
「あはは。それに唇も熱そうや〜、測ってええ?」
「え、え、えっと!触ると口紅がついてしまいますよ?」
「それもそやねえ……」

と言って私の顔に柏木さんが近寄った。思わず上半身を少し後ろに傾けた私だったが、構わずそのままゆっくり近づかれる。そして目前でぴたりと止まった。

「ミドリさんキスしよか。したら口の中の温度も測れるやろ?」
「(!!)……は、はい……!」
「じゃあ口あけて……」

さっきまでの弾んだ声色から一変、妙にセクシーな雰囲気をまとって柏木さんが語りかけてきた。言われた通り少し口を開く、するとすぐに口付けられてしまった!唇が触れ、分け入られた舌が絡むとますます熱っぽくなる。

「……っ、ふ……っぁ……ぁぅ……」
「はぁ……ふふ、ええ感じ。もっとしよ……」

簡単なキスで終わるかと思いきや、どんどん深くなっていく。つい体の力が抜け、肘の支えが弱まってくる。すかさず柏木さんの右手が傾く私の体を支えた。

「おっとと……力抜けたん?」
「は、はい、……っ気持ち良くって……あ、熱い……!」
「それはなによりやあ。ふふ、キスしてたら僕もカラダ熱くなってきた……」

また唇が触れ合う。隙間が生まれるたびにちゅぱちゅぱ音が鳴り、静かな柏木さんの部屋に音はそれだけで、とても印象的に耳に届いた。
しばらくこうして口付けられたのち、ようやく彼が私から離れる。

「……むぅ、んん……っぷぁ……」
「ふぅ……あはは、なんやろ……僕らただいちゃついてるカップルみたいやね?うっかりマッサージのこと忘れて夢中になってたわ……気を取り直してやることやらんとね」

自分の唇をぺろりと舐めてにっこり笑った。ぼーっとしてしまってすぐに返事を思いつかない私がくにゃりとよろけた。しっかりしないと、と思いなんとか体勢を立て直す。

「よし、じゃ、そろそろいこか。ベッドで続き……しよ」

マッサージのやよ?と付け加えられて嬉しいような残念なような気持ちになったが、きっとマッサージの……だけじゃないのでは……ないだろうか。





手を引かれて連れていかれた先はこれまた広いベッドルームだった。私の家はそれなりのマンションの2lkだが、その居間くらい広い。
薄暗い部屋に間接照明がすでに灯っている。まるでホテルみたいな仕上がりに感心しかない。
そういえば他の部屋もばっちりコーディネートされている。

「すごい、オシャレですね」
「せやねえ、備え付けのわりにええ趣味やんね。この照明とかええ感じやわ気に入っとるんよ〜。あ、でもベッドは買い換えたんやけどね。元あるやつはちょっと小さかったし」
「(確かにベッドすごく大きい……、一人で寝るには持て余すのでは?)あ、あの、柏木さんって一人暮らしなんですよね……?」
「え?そうやよ。せやね一人にはちょっと大きすぎたかもやわ。二人になるとええなと思ってこれにしたけど、中々ならへんもんやね」
「(だれか特定の人が居たのだろうか、それとも……いや、考えない方がいいかもしれない!)」
「さぁて。ミドリさん服脱いでベッドに横んなって」
「!!」

柏木さんはクローゼットからマッサージ用のシーツを取り出すとベッド全面に敷いた。そこに裸で横になってとの指示だ。ふわふわのバスタオルを渡されたが、躊躇してしまう。

「ふふ、ここお店やないし裸になるの恥ずかしいやろうけど。その上等なスーツシワんなったら大変やろ?」
「それは、そうですね……ぬ、脱ぎます……」
「うんうん。えーと、僕はその間にいろいろ用意しやんと……」
「あ。というか柏木さん、私その……お風呂に入らずベッド乗ってもいいものですか?」
「ええよええよ。シーツ敷いたしね」
「(い、いいのかな……?)」

とりあえずジャケットを脱ぐ、女性が服を脱いでも相変わらず頓着のない柏木さんだ。ええいままよと裸になって、のそのそベッドに乗ってみるとちょうど良いかたさで気持ちいい。それに微かにだが何やらいい匂いがする、柔軟剤とも思ったが、アロマとかそういう類のものかもしれない、棚に置いてあるアロマオイルを見つめた。
続けてトレーの上にマッサージジェルなどを用意した彼が乗り込んできた。膝立ちの柏木さんがこちらを見下ろして、私の様子をまじまじ観察している。
私はというとなんというか妙な期待をしてしまい、やはり落ち着かなくなっていた。

「ふふ、なんや照れとるね?」
「えっと、柏木さんがあまりに見るので!」
「僕そんなじろじろ見てたかな?」
「今も見てます!」
「ほんま……?けど僕が見てるからってそない緊張する必要、あんまり、ないよ?」
「あ、あんまりですか?」
「そう。あんまりやよ。……ちょっとおしゃべりしよか。リラックスしやんとね〜」

そう言って柏木さんは、肘を立てて体を起こしている私の隣にごろんと横になった。それからシーツをポンポンと叩いて手を差し出した。

「ほらおいで、ミドリさん。一緒に寝よ」
「は、はあ!はい……!」
「ついでに体触って血流を良うしとこか」
「(添い寝……?)」

私の方を向いて横になっている柏木さんに二の腕を両手で触られた。指先まで血を流すのを何度か繰り返す。その度に一応タオルをかけてある胸に当たりそうで、私はまじまじと見た。柏木さんはマッサージだおしゃべりだと言うけど、私だけ裸のせいかそんな気分になれない。
ーーああだめだ触られてるだけでもっとドキドキドキドキしてしまう……!困った顔で彼を見た。

「あ、あの……」
「ん?なんやろ?」
「なんだかすごく照れます、この体勢!」
「せやねえ。ふふっ、こんなふうに一緒に寝るなんて初めてやもんね。もっと近づこか〜」
「わわっ!待ってください、近づかれるとすごくドキドキしてるのが柏木さんに聞こえそうで、……は、恥ずかしいです」
「ええそうなん?ミドリさんが僕でドキドキしてると思うとなんか嬉しいわあ。……じゃあ、もっと、ドキドキして……」
「!!」

少しだけ近づかれて、私は思わず体を引いた。
どういうわけか体がカッと熱くなる。この状況だけで呼吸が荒くなってきた。きっと緊張と期待だ!

「ふふ、ミドリさんほんま反応が素直で面白いわ。僕がちょっとなんか言うたらすぐ意識するんやもん」
「バレましたか……!ああ恥ずかしい……」
「あはは、恥ずかしがっとるわりにまだ手足は冷えてる。これは直にあっためなあかんかもね」

血流をなぞるように動いていた柏木さんの手のひらは腕から私の右手へ。ゆっくりしたスピードで手を繋ぐ形となったら、曖昧に力を込められた。強く握られたと思ったら力が抜けて、また強く。これは手のマッサージの一環なのだろうか、不思議な心地だ。

「まあ、……意識ゆうたら僕もやけどね。いっつも僕が寝てるベッドに、今日はミドリさんがおるんやから、僕の方こそドキドキするわ」
「えっ!(柏木さんもドキドキしてるのか……!)」
「何驚くことあるん?あたりまえやんか〜」
「……って、わ、わぁ?」

またより近づかれて、二人の隙間を埋めるように彼の胸に手を置いた。どういう理由か知りたくて柏木さんの顔を見ると、彼はにっこり微笑んだ。

「よいしょ。こうやって他人に近づかれると、心拍数上がって体温も上がるやろ。ミドリさんの冷えた体あっためるのにぴったりやん。……あ、なんか怪しんでない?これほんまにあるマッサージの導入なんよ?」
「そ、そうなんですか?(そうなのか!?)」
「うんうん。ほんとほんと。ふふふ。もっと効率いい方法もあって、こうやってね……」
「っわわ!ひゃあ……!」

私の腕にあった彼の手が今度は背中に回る!すっかり抱きしめられてしまった。

「抱きしめたりするのが一番温度上がるんよね。ほら、ミドリさんも抱きつき返して?」
「ええ……!?は、はい……(流石に本当か!?)」
「あ。さっきよりずっと体あったかなった感じするけど。どう?」
「それは、確かに、暑いくらいですけど……!」
「なら成功やね〜。ちょっとの間こうしてよか。ついでにもうちょっと触診させて。今日は問診表書いてもらえへんから、君の体触って知ってかんと。体幹はさっき触れへんかったしね」

促されて抱きしめたので、私の体と柏木さんの体には隙間がない。そして彼が脇腹や背中を触るたびに体が反応してしまって、彼の背中に回す手に力がこもった。性感と普通のマッサージの気持ちよさが混ざりあう。

「……っ!ひゃ、……っ、わぁ……」
「ああかわええお客さんやね〜。気持ちええとこ触ったらすぐきゅうって抱きついてくるからわかりやすくて助かるわ」
「(柏木さんの体はあったかい……!)」

しばらく触られて、最初こそいちいち反応していたものの徐々に体から力が抜けてうとうとしだす、彼に抱きつく手も曖昧になっていった。

「はぁ……ふぅ……(永遠に触っててほしいぞ……)」
「あれ眠なってきたん?でも抱きついとってくれやな僕さみしいわ〜。ほら、して」
「はい……、ぎゅう……」
「うん、そうそう。ふふふ」
「……、…………、………………、あぁ……なんか、触られるとふにゃふにゃになってしまう体が……」
「そんな気持ちええの?」
「気持ちいいです……」
「うんまあ実は、だらんと力抜けるくらい気持ちよおなるツボ押しとるんやけどね」
「え!?(そんなツボがあるのか!?)」

そうこうしているうちに、柏木さんの触っているところはいわゆる性感帯ではないがなぜだか体をよじってしまっていた。息も上がってきている。これでは……。

「(ああどうしよ……そっちの意味でも本当に気持ちよくって……)」
「せやなあ、なんのお話しよか〜。……滝川くんが120枚綴りの回数券を作れって言うてきた話にしよかな」
「(したくなってきた……、これもそういうツボなのかな?)」
「もう一年くらい前の話なんやけど。一年経たずに使い切ったんよ〜すごいありがたいわあ」
「(なんてそんなツボないか〜!)んん……っふっ……」
「……ん?ミドリさん?」
「!!きゃ、ぁん……っぁ、こ、声っ……」
「あはは、どしたん、めっちゃえっちい声やね」
「出ちゃ……、恥ずかしい……!ふ……ぅ……っ」

触られるだけで声が出る、それがはしたなく思えて彼の胸に頬をつけた。その間にも腰がピクンと跳ねるほどの感覚が襲ってくる。
彼の指先が強めに押し当てられ腰のふちをなぞる、それだけでだ。
向こうにも気持ちが移ったのか多少顔を赤らめ熱っぽい柏木さんが私をたしなめた。

「めっちゃ気持ち良さそ……。けど……、ふふ。あんまりそんな声出されたら僕かてその気になるよ?」
「だ、だって柏木さんが触るところみんな、……ッんぅ、はぁっ、なんか、あ、熱くって、変な声……っ」
「わあ、まって、そらおかしいわ。そんなえっちくなるようなツボ押してへんよ。触っとるだけやで、やのにあんあん声出るん?」
「(押してなかったのか!?ていうかあるんだ!?なのにこれは!?)っ……ゃ……んんぅ」
「あれま。これはあかん……ちょっとやめよか」
「!……っはぁ、はい……」

柏木さんの手が体から離れてどうにも寂しくなる。もうどこでもいい、触っていて貰いたいのだ。
そんな私をよそにうーんと思案にふける柏木さんは、しばらく悩んだ末ひらめいたらしい。

[ 8/10 ]



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