イングリッシュロップ | ナノ





「え、誘ってたんですか?」
「誘ってるに決まってるでしょう、察することもできないんですか?…行きましょうよ」
「行きません」
「何故ですか!」
「宗谷さんさっきから手が止まってますよ!働いてください!」カチカチカチ
「今はそんな事どうだっていいじゃないですか!」カチ
「いいわけないです!」机バーン
「なっ…!?」
「ハァ…早くホチキス、して下さい」カチカチカチカチ

「くっ…
(あの本まるで当てにならないな。やはりあんな怪しい本を信じたのが間違いだった。とにかくどうにかしてこの空気を脱しなければ)
ちょっと手洗ってきます」イライラ

「手?はい」

イライラし始めている宗谷が薄暗い休憩室でバイブルを読み込む…。

「(えーと、こういうときどうすれば…)」パラ
『上手くムードを作れなくても焦る必要はありません。意識するあまりこちらがあまりに下手に出てしまっているのです。そう言うときは多少強引にすると女性はぐっときます』
「なるほど!」パタム

――

「ただいま戻りましたよ」
「あと五つで終わりです。私三つやるんでその二つお願いします」
「はぁ…はい」
「(やっと帰れる〜!)」カチカチカチ
「…(嗣村さんは上機嫌どころかうっすらと苛立ちまで垣間見える…これが女のヒスってやつか)」カチリ……
「これで最後です」カチッ……
「ご苦労」

嗣村は肩に突如腕を回されて、最高に訝しげな顔で宗谷を見る。
ご苦労、という言葉一つでさえ彼女をイライラさせるのだからこの場はもう未来がない。
その雰囲気をまるで感じ取れない宗谷はより尊大に嗣村を見た。

「(笑顔が大事…らしい…)」ニッコリ
「なんですか?気持ち悪いですけど」
「(えーと、)今からどうします?」
「どうもしませんけど」
「今日は金曜ですよ。…ねぇ」

宗谷が嗣村をさらに強く抱き寄せる。

「(しかし思ったより遅くなってしまった。今から行けるところ…行けるところ…そうだ)」
「ん?」
「嗣村さん家に行ってもいいですよね」
「んん?」
「私が頼んでるんです、断る理由なんてないでしょう」
「宗谷さん、近い」
「ま、あなたに拒否権はないです。行きますよ」ぐいっ
「は!?ちょっと!」
「なんですかその顔。ブスに拍車がかかりますよ」
「あの、

どういうつもりですか?」

「え?」

肩に回された手が彼女によって外される。
それを潔しとしたのは、急に空気が張り詰めたのが宗谷にだって分かったからだ。

「な、んですか、急に」

嗣村の突き放すような物言いに宗谷はたじろぐ。
嗣村から放たれる真剣な雰囲気に、さすがの彼も何かを察知したようだ。

「先輩は、私をどう思っているか聞きたいんです」
「どうもなにも…わ、わたしは…」
「家に来たい、とはどういう意味ですか」

問い詰める嗣村の気迫に、宗谷が引け目を感じる。

「宗谷さん。先週末の事は、忘れます。先輩がお酒強くないとわかっていたら止めていたのですが。写真のデータも消しますし。

…それとも、先週末みたいに…家に来たいんですか?」

「……!」

嗣村の口からは妖しげな言葉が発せられる。
戸惑いのまま黙った宗谷に、ため息をついた。

嗣村は思う。
あの日、宗谷が酒のせいで我を忘れていたのは明らかで、−−そんな歪な切っ掛けに付け込むようなマネはやっぱりしたくない、と。宗谷と滝川のやりとりを思い出す…、宗谷はわかりやすい男だがそれでも彼が自分をどう思っているのか、実際の気持ちを図りかねていた。

だからただひとつでいい、素面の宗谷の言葉さえあれば−−−−。

「軽々しく家に来たいとか言うの、やめて下さい。失礼します」
「あ、の、」

立ち尽くす宗谷を置いて、嗣村は会社を後にした。
地下の駐車場まで足早にたどり着くと、軽自動車ののエンジンをかける。

発車しようというその時、

「…待ってください!」

追いかけてきたらしい、宗谷が窓を開けろとジェスチャーする。
それを受けて、嗣村はほんの少しだけ窓を下げた。

「なんですか?」
「嗣村さん、私は…その、…ただ、あなたと…」
「?」
「…あなたともっと、一緒にいたい。…それでは理由になりませんか?」

恭しくもはっきりと宗谷が言いはなつ。
おそらく宗谷の精一杯の台詞なのだろう…そう思うと、可笑しくて嗣村の顔が緩んだ。

「い、言いましたよ、こ、れ、で良い、でしょう?」
「ふふふ…はい」
「ふぅ、これさえ言えば行ってもいいんですよね、あなたの家」
「(こいつ…!)」

仕事は終わったとばかりに助手席に乗り込んでくる宗谷に呆れながらも、顔を赤くしてこちらを向かない様子に嗣村の溜飲も下がるのだった。








「なんのお構いもできませんが、どうぞ」
「期待していないから大丈夫ですよ」
「適当に荷物置いてください。何か服を探してきますから」

「(というか流れで家にまで来てしまった…あの本はすごいかもしれない)」キョロキョロ

「(そう言えばこの間は部屋をよく見えなかったが…)」

「(狭いな)」キョロ

二度目の嗣村の部屋だというのに、宗谷にとっては初めて来たような感覚を受ける。
あの日、朝目が覚めて、状況に驚いて急いで服を着て家を出たから彼が覚えていないのも無理はなかった。

「宗谷さん」
「んっ!?…なんですか?」
「Tシャツとスウェットですけど、どうぞ。シャワー使っていいですよ、お湯張った方がいいですか」
「あぁ…いや…あれ…。…ん…?」
「宗谷さん?」
「あ………!!!!」
「えっどうしました?」
「(わ、わたし、嗣村さんの家に、………家に!)」
「宗谷さん…?」
「(…服に…シャワーって…これはっ……如何わしい!)」
「…?」
「(もしや嗣村さんは…そういうつもりで私を…!?)」
「入らないんですか?」
「いや、すぐ入る…」ふらー
「?」

――シャワワワ
熱いシャワーを浴びて、冷静になるように努める宗谷だったがとてもそんな気分になれなかった。脱衣所で服を脱ぐのでさえ緊張したくらいだ。いつも嗣村が使っている浴室を変な気持ちで見てしまう。…本人はそんな自分に気がついていないらしいが。

「(い、勢いで無理矢理に家に上がってしまったが

ものすごいことを私はしでかしたのでは!?

どうしよう…。心臓が…やばい。

き…緊張してきた…のか?私が…

しかし本によると、家に呼ばれた場合の性交率は99%らしい。

………)」

モヤモヤした気持ちを抱えながら宗谷が風呂から上がると食事の匂いが鼻をかすめる。テーブルには二人分の夕飯が並んでいた。

「大したものではないですが、何もないよりかはいいと思って。よかったら食べましょう」
「珍しく気が利くな」
「ははは…張ったおしますよ」
「あなた何ですかその口の聞き方は」
「とにかく、これお箸です」
「どうも…」

「「頂きます」」

「…」バリムシャア
「どうですか?宗谷さん」
「えっと…(本によると…こう言うときは世辞を言うこと…と、よし)美味しいです」
「本当ですか!」パアアアア
「っ…本当ですよ?」
「そうですかー!よかった!」
「(なんか知らないが凄く喜んでいる…?)」
「(花見の席でめちゃくちゃに不味い生ゴミ以下って言われたから正直作りたくなかったけど…まぁ、よかった…!)」ニコー

「…」ドキドキ



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