イングリッシュロップ | ナノ





仕事の話も交えてぼちぼち会話と食事をした後、嗣村も風呂に入った。
その間宗谷はすることもなくて、期待だけが膨らんでいく。
やけに耳を澄ましてしまう自分に気がつくと、激しい自己嫌悪が襲ってきた。

「ふぅ…あつー……宗谷さん?」
「あぁお帰り…」ノーパソパタム
「あれ、仕事ですか?」
「いや、いいんです。確認だけなんで」
「ドライヤーとってください」
「…はい」
「(やけに素直だな…)どーも」ブォオーン!
「…」ドキドキドキドキ
「…?(なにやらもじもじしている)」
「(…わ、わたしはどうたち振る舞えば)」
「…」ブォオーン
「(いや、私が慌てる理由が何一つない、何一つ、だ)」チラリ
「…」ブォオーン
「(それに理由はどうあれ私を部屋にあげると言うことはどう考えてもこの女は私の事が好きなのだろう。もしかして…私期待をされているのでは!?)」
「…」ブォオーン
「(ならばヤってやらんこともないですよ)」フッ
「(なんかうっとうしいこと考えている顔だ)…よし、乾いた」ブォオーン…カチッ
「(さて嗣村さんはなんと言ってくるか…)」
「寝ますか!」
「えっ?」

嗣村はあっけらかんと簡潔にこれからの予定を口にするが宗谷としてたまったものじゃない。自分を見る女の表情からは何を考えているか読み取れなかったから宗谷はどうしたらいいか判らなかった。

「寝るんですか!?い、今から?まだ0時ですが」
「うーん?でも暇じゃないですか?」
「……ひま…なのか?嗣村さんは」
「えっ?」
「私は暇じゃない。嗣村さんと居るんだ」
「(たまにこの人ドストレートだな…!)」
「……」そわそわそわ
「ですが、お酒は宗谷さん弱いし…」
「弱くない」
「弱いじゃないですか。この間は」
「この間は、違う!」
「そうですか?…宗谷さん、何がしたいんですか?」
「…ッ、う、…何って…」

一瞬ひるんだ宗谷が、脳に詰め込んだモテ知識を総動員する。
そういえばこういう時は男から誘うんだっけ−−と思い至った宗谷が、言葉を紡いだ。

「だ、抱いてやるって言ってるんですよ…」
「…はい?」
「私が!抱いてあげます」
「…ふ…」
「嗣村さん?」
「あははははは!宗谷さんが?私を?…っふふふ、あはは!」
「…な、何がおかしいんだ!」
「だって…、この間の宗谷さん、…覚えてないんですか!?」
「っあれは!あれは…、酔ってた、酔っていたからだ!」
「へぇ…」
「なんだその目は」

笑いすぎて涙が出ている目の前の女を、どうしてくれようと怒りに震える宗谷。顔を赤くして、今にも掴みかかっていきそうな具合には自尊心を傷つけられているらしい。その気持ちに任せて嗣村の腕を取って、引っ張った。

震える声で、一言…
「試してみるか」
と言った。

冗談かと思っていたが宗谷から感じられる真面目な雰囲気に嗣村は息を呑んだ。強く力を込められて、身の危険さえ感じる。…それでも、宗谷が自分に対して何かを起こせるとは到底思えなかった。

「すみません、笑って」
「嗣村さん、もしかして僕の事…なめてるだろう」
「え?いや、まさか…−−っ!」

−ちゅ…っ

…唇が離れると宗谷が下を向いて呼吸を乱した。
心臓が早鐘を打って、とてもじゃないが平静ではいられないらしい。
繋いだ掌がキツく握られて、汗ばんでるのを嗣村はダイレクトに感じた。

「…、…はぁ、…ッは…僕だって男ですよ」
「はい…」
「これくらい…できます」
「宗谷さん、涙目…」
「泣いてない!適当な事を言うな!」
「(何故この人はこんななのだろう…)」

一体何と戦っているんだ、と嗣村が思う。
羞恥からか体が熱くて汗が出てるのを腕で拭う宗谷を眺めながら、また征服欲に似た−−禍々しい感情が沸いて出た。明らかに無理をしている宗谷を泳がせようとも思ったが…。

「宗谷さんどうして私と、したいんですか?」
「え…?あ…っそれは、…、…、」
「ねぇ。場合によっては…、軽蔑しますよ」
「う…ッ」

酔っ払ってない宗谷に、次の言葉を言うのはとても困難で。

「……喉が乾いた。水か何か飲ませてくれ」



絡めた指を解いて、宗谷がキッチンに向かう。
緊張で乾燥した喉を潤すものを探した。
それに熱くて堪らない体を落ち着けたかったからだ。

「ミネラルウォーターはどこだ…あ、あるじゃないか。意外にも」

宗谷は大きなペットボトルから透明な水をコップに注いだ。
どうしてあの女の前じゃうまくいかないんだ…なんて苛立ちから、大きく息を吐く。
その勢いで一気に飲み干した。

「…っ!!あ、…!?何だこれは!」

−−ガシャン!
シンクにコップの落ちる音に驚いて、嗣村が居間からやってきた。

「どうしました!宗谷さん」
「これ、水じゃない…!!」
「ああ、”俺とおまえと大五郎”ですよ。焼酎です。え、飲んだんですか!?」
「何だそれは!というかどうしてラベルを剥がしておいておくんだ!」
「ああ、うちはたいていのペットボトルは捨てる時たるいんで最初に剥がしておくんです」
「…、ッ喉が焼ける…っ!水…!」
「あ、はい!…よし、どうぞ!」
「水道水は飲めないんだ!」
「はぁ…、じゃあ綾鷹をどうぞ。大丈夫ですか宗谷さん、こんな大きなグラスいっぱいの大五郎なんて…私でも一気飲みは出来ませんよ。焼酎ですよ、度数25の」

んな押し問答の最中でも宗谷の視界がぐにゃりと変化していく。
緊張が酒の吸収をより円滑にしたのか…、立つのがやっとだ。

「ううううう…、全身から火が出そうだ…!」
「あああ…布団を出します、横になってください」

ふらつく宗谷を引っ張って寝室に入った。
嗣村はクローゼットから出した敷布団を床に敷く。

「出来ました!…あ!?ベッドは私が使うんですよ!?宗谷さんは床です!」
「僕がベッドを使うのは当たり前じゃないか、客だぞ」
「え、ええ、ちょっと!いやなんですってば、普段私が使ってるベッドに宗谷さんを寝かせるのは!」
「じゃああなたも一緒にベッドで寝ればいい」
「そんな理屈はない…あれ、宗谷さん顔赤いですよ」
「…、…赤くない…」

もしや、と宗谷から上ぶとんを引っぺがすと、何をするんだと、逆に引っ張られる。
顔どころか全身が赤くなっていて、熱さからかシャツのボタンを全部取ってる。
掴んだ布団を握る力なんてほぼなくて、宗谷の腕がベッドに落ちた。

「(これは…この男、酔っ払ってないか!?)」
「はぁ…っ、嗣村さん…熱い…」
「でしょうね…」
「服、煩わしい…から、脱がして」
「え!?こ、こら、脱いじゃ駄目です!」
「どうして」
「えええ〜???」

起き上がって、ベッドの上から嗣村を見上げる。
さっきまでの尊大な感じじゃなくて、甘えた瞳の青年がそこにいた。
嗣村がしまったと思う。これじゃ、あの日と、おんなじだ!

「ん…っ嗣村さん、手伝って…」
「じゃあ七分袖じゃなくてTシャツにしますか?持ってきます」
「あ、いや…、待って、いかないでくれ」
「…ちょっと手を掴まないで下さい…」
「嗣村さん…」
「(なんですかー!もう!)」
「さっきの話…なぜ、あなたとしたいか…、言うから」

まいったなと思いながらも宗谷の話を聞くことにした。

縋るように握られた手に汗が滲んで、宗谷の緊張が増していく。
けれど先ほどとは何処か確実に違う…上司の姿を観察するように嗣村は見た。

「嗣村さん、好きだ…」

さっきみたいにタメもない、素直な飾り気のない言葉が発せられた。
赤く濡れた唇から吐息を含んだ声色が、この場の空気を変えていく。
続ける宗谷の言葉に嗣村は思わず息が止まった。

「だから、僕を…抱いて下さい」
「(そうきたか!)」

嗣村が返事をしないので不安そうに宗谷がその顔を覗き込む。
嗣村はストレートな言葉は予期していたけれど…ここまでは予期していなくて動悸がした。もどかしい態度に痺れを切らした宗谷が繋いだ手を自分の左胸に導く。鼓動の音が手に伝わる…−−宗谷の乱れた姿は大げさじゃない。

「わかるか、僕の心臓が、どきどきしているのが」
「は、はい…」
「あなたと居るとずっとこう、なる…」
「(この人、すごいな!)」
「何か、言って…」

嗣村は自分の心に渦巻く欲望に押しつぶされていく。おとなしそうに下がった宗谷の眉…目…いつものきつい感じはなくて、この世に嗣村だけしかいないと思っているといっても大げさじゃないくらい、絶対的なものを見る眼差し。

「(やっぱり”こっちの”宗谷さんはときめくかもしれない…!)」

初めて彼のこの姿を見た時から嗣村が陥ったあの感情がまたやってくる。
多分これには色んな呼び方があると思うけど…。

「(とどのつまり私も好きってこと…なんだろうな)」
「嗣村さん?」
「ねえ、宗谷さん、私に何をされたいんですか」
「じゃあ…、キス…」


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