イングリッシュロップ | ナノ


イングリッシュロップ2−1



『俺は心配なんだよ』


同僚の滝川がにやにやと下品な笑いを浮かべるので宗谷はうんざりする。
仕事中だということをこの男はわかっていないのでは…そう思いながらも”優しい”宗谷は言葉を返した。

「ハァ。何がです?」
『お前に彼女がいないことがさー』
「私に相応しい女性がいません故…」
『…嗣村ちゃんとかイイじゃん』

「なっ…!
なぜ、嗣村さん、なんですかっ!
―まったく…あり得ないですね、あんなっ…幼稚な…っ!
寸胴の女などっ!この私と釣り合いませんから!」

『なんでそんな必死なんだよ…こえーよ…』

そんな二人のやりとりを聞いてしまった人間がいた。

「(告白してもないのにフラれただと…!?)」
話の当事者”嗣村ちゃん”だ。

これはあの出来事のすぐ後の話。
二人の関係は、”関係をもつ前”と別段変わらなかった。

何事もなかったかのようにお互いが振る舞っていたのだ。




▽イングリッシュロップ2




"モテるテクニック大全"

「これは…」

宗谷がブレイクから戻るとデスクの上に見慣れない本が置いてあった。
タイトルからしておそらく彼の同僚の滝川の悪戯だろう。何とはなしに表紙を見れば派手な桃色で大きく文字が印刷されている。

―これで意中の人もあなたに夢中!―

「…ふん…馬鹿馬鹿しい」

「…私がこんな低俗な本を」チラッ

「読むわけ……」ジロジロ

「ない…」ウロウロ

「……」ペラッ

男が本に夢中になった頃、彼のデスクを遠巻きに見守る存在があった。
宗谷の同僚のタッキーと、部長だ。本を置いたのは彼らだった。

『ほらやっぱり読んでますよ!』
『あああ!宗谷お前馬鹿かよ!』
『ぶちょー、千円くださーい』
『仕方ないなぁ…はいよ』
『あざっす』

いつも愉快な二人がまた楽しそうに話しているから買い出し帰りの嗣村が声をかけた。

「ブチョにタッキー、何してるんですか?」

『嗣村ちゃん、おはよう』
『今宗谷戻ったみたいだぜ』
『何か嗣村ちゃんを探してたよ』

「え、本当ですか…はぁ。どうもありがとうございます」

ニヤニヤしている二人にちょっと不思議な雰囲気を感じ取りつつも嗣村は休憩室を後にする。

『この光景を見て嗣村ちゃんどんな顔するかな』
『私は爆笑に千円』
『じゃ、俺は罵倒に千五百円』




(嗣村さんに見られるところだった)

急に嗣村が近寄ってきたので、宗谷は逃げるようにトイレの個室へ入った。
幸い問題の本は彼女に気づかれずに済んだ。壁に背中を預けて、ハードカバーのそれを一枚一枚読み進めた。大変見やすいレイアウトや、内容の充実ぶりに一瞬で引き込まれてしまった。

―ペラ……
『地位名誉金…この三つさえあれば自分に自信がでて恋愛にも余裕が持てる』
「これはクリアしてますね」

―ペラ……
『とはいえその三つは簡単には手に入りません。まずは内面から、誠実で信頼されるように努めること…』
「これもクリアしてますね」

―ペラ……
『当たり前な事をこなせているか自分を見直そう。傲慢な態度や、人を見下す態度をとっていないかなど』
「あるわけないですね」

―ペラ……
『自分に素直に、ありのままの自分から成長していけばいいのです。そのために人にも自分にも嘘はつかない。正直な気持ちだけ伝えましょう』
「なるほど、あいわかった」

…30分後、そこにはたくさんのモテの知識を蓄えた男が発揮の機会を虎視眈々と待つのだった。

「(つまりはありのままの私でいいってことだな!やっぱり本なんて意味がなかったじゃないか)」





−−午後7時53分
帰り支度を始めた部長が宗谷のデスクに目をやった。
宗谷と嗣村がなにやら二人で話している。

『あら、あの子達帰らないの?』
『嗣村ちゃんと宗谷は月曜のプレゼンの打ち合わせに残るそうですよ。二人で!』

へぇ、と無関心な声を上げて部長と滝川がオフィスを後にする…その頃、相変わらず上から目線の宗谷にそろそろ嗣村の限界が来ていた。
しかしそこは仕事だと割りきって真顔で資料作りに励む嗣村だ。

「宗谷さん、資料が出来ました」
「なら印刷。早く!」
「(チッ)わかりました」
ウィン…カシャッ、カシャンッ
ピガー…… ピッカ…チュゥ…――ウィ-ン…

次々印刷されていく資料をソファから眺めている嗣村の隣に宗谷が腰を下ろした。
どっかりと足を投げ出すから嗣村の陣地が狭くなる。

「…何ですか?」
「なんでもないです」
「近いんですけど」
「(素直…素直な自分を出す…)」ブツブツ
「宗谷さん?」

そうして絞り出した宗谷の答えは、

「このコーヒー不味いですね」ドヤア
「え、」
「母さんのコーヒーは豆からこだわってましてね!一時間以上時間をかけて最初の一杯を入れてそれをなんと捨てるんです!で、またありがとう…ありがとう…と言いながら一滴づつカップに貯めるのですがねそれが…」
「スミマセン至ラナクテ」
「なんだその態度は…(アレ?)」
「…」
「都合が悪くなると黙るのはよろしくないですよ(これだから女は)」
「宗谷さん、黙って」
「なぜ私が(あれ急に不機嫌になったぞ?)」

…ウィン…ガシャンッ…シャッ―――
嗣村と宗谷が生み出す重苦しい空気のBGMにコピー機の規則的な音が響く。
そんな自分の現状に気が付かない宗谷は本から得た知識を武器に止まることを知らない。

「印刷終わりました」
「あとはホチキスでとめるだけですね」
「(もう少しで帰れる!)」カチ…カチッ
「ところで私は週末TDLに行こうかと思うんですよ」
「はぁ…」カチカチ
「行こうと、思うん、ですよ!」
「…」カチッ…
「嗣村さんはTDL好きですか?(女はTDLに目がないらしいからな)」
「…」カチ…カチ…
「嗣村さん?(?)」
「…ソーデスネェ」カチッ

思った反応が得られないことに業を煮やした宗谷がもっと踏み込んでいく。
そうする度に能面のような顔をしている嗣村に気が付かないのは仕様だろう。

「嗣村さん、週末は何をするんですか?」
「なにも」カチッ
「予定もないんですか、可哀想」
「…あ、飲み会があります」
「飲み会?誰とだ!?」
「ブチョとタッキと、黒崎チャンと、上川先輩と、開発チームの岳くんとその仲間達と」
「な、なぜ私は呼ばれてないんだ!」
「ブチョとタッキが開発チームの皆と連携してたプロジェクトが一段落らしくて、お祝いらしいですよ。宗谷さんは関わってないからじゃないですか」
「それはあなたも同じでしょう?」
「私はタッキーに誘われて」
「あなた本当滝川好きですね…」
「フツーです」カチカチカチ
「…フツーなら、そういうのは行かないんじゃないですか?」
「…はい?」カチッカチッ
「私がTDL誘ってるんですよ!?」

宗谷の声が大きくなる!
嗣村は他に誰も人の居ないという状況を感謝すると同時に、誘われているということにようやっと気がついた。


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