メガネくん | ナノ








「司くん、まさかまた誘われるとは思わなかったな」
「…」

のこのこ来やがって淫乱ピンク!
と口に出してしまいたかった。
しかしここは気品あふれる俺だ。
女性に向かってそんな言葉を切り出せないでいた。

失敗しないように酒場じゃなくて夕方のカフェテリアに来た。
今、この女に、どういうつもりだったか聞かなくてはならない。
というか真実を聞かなくてはならない!

けれど、どうも直視出来ない。
大事なときに限ってこうだ。勝負に弱い。だから受験だって散々だった。
ああ俺はなんて無力…大きな壁の前ではなんてちっぽけなただの人間にすぎない…。

とりあえず一番重要なことを聞こう。

「あの」
「なに?」
「俺ってヤリ捨てされたんですか」
「へ?」

驚いた薫子さんの声。どうやらヤリ捨てってのは水無月会長の妄言だったのか?
というか驚くってことはそうじゃないってことだろ、じゃああの日のこととか全部夢ってのもありえるんじゃないか!

「というか、ごめんね。君高校生だったんだね。酔っ払ってたから忘れちゃってて。あの日昼から飲んでたからもうあった頃とかふわふわだったんだよ」
「…!」
「司くん背が高いし、普通に成人してるかと思ってしまってたみたい」
「…あ、あの日、その…ヤったんですか、お、俺達」
「うん」

夢じゃなかった!

「まさか俺が結婚する前に婚前交渉を行うとは…!」
「へ?君って意外とそういう子なの?」
「え?」
「だって昨日は…

  「中学の時なんてクラスの女とは全員ヤりましたね!ていうわけでホテル行きません?」
  「へぇ〜いいよ〜」

って」
「嘘だ!!!!」
「嘘じゃないよ。それに

  「このラブホじゃなくてこっちのラブホのがアメニティあっていいですよ」
  「そっちにしよっかー」

って」
「俺行ったことないのに!?」
「あんまり手馴れてるから普段からよく行くのかと思ったよ。でもそのわりに…

  「あ、い、いくっ…!」ビクン
  「え?もう?触っただけだよ?あ、出ちゃったんだ。まだ玄関だよ」

って」
「もうやめてくれ!!!!」
「ごめんね…」


次々あわらになる耐え難い真実に俺の心はもう…。
立ち直れないかもしれない…。

こんな辱められて…俺はこの業を一生背負っていくというのか!

俺は…


これから…


どうすればいいんだ…。








−ガバッ

俺はベッドから飛び起きた。

「あ…あれ?」
「酔い、覚めた?」
「!?」


気がついたら知らない天井…これはあのラブホだ!
声のする方に顔を向けると薫子さんが椅子に座って本を読んでいた。
服は着ている。俺も、ちゃんと服を着ている。

「ええ〜っと、一体何が、あったんだっけ…」
「あのあとカフェは18時からバーになって、君は私から聞いた話に一喜一憂(というか百憂)して…飲まないとやってられないとか言い出して、私がトイレ言ってる間にジョッキを開けてて…で、潰れちゃったからこうしてここに連れてきたってわけ」
「お、俺に乱暴!」ガバッ
「してません」
「そ、そうですか…」
「大丈夫?」
「はい、おそらく…。今、何時ですか?」
「0時半…終電はもうないね」
「…ああぁ…本当ですか…」
「タクシーを」
「なりません!」
「え?払ってあげるよ?」
「もったいない!もったいなくてタクシーはよっぽどの時じゃないと乗らないことにしてるんです!」
「あは…私のお金で出すのに?」
「それでも俺の主義に反します!」
「…君変わってるね〜」

俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを飲んで、ベッドに座り直した。

「はぁ…それにしてもどうやら俺の方から…誘ったっぽいですし…あああ本当…ありえない」
「司くんはしっかりしてるね〜」
「あなたがしっかりしてなさすぎるんです!誰にでもこんなことしてるんですか!」
「そんなわけないよ、イレギュラーだよ。流石に参っちゃうなぁ」
「…う…(俺から誘った手前良心の叱責が…)」
「(絵に描いたように苦しんでる…)人間だから間違いはあるよ。次からこんなことしなけりゃいい…そういうことにしない?そりゃ最初は傷も深いけど、そういうのは時間が解決してくれるよ」
「なんと大人な…。そうかもしれませんが、俺は、とてもじゃないけれど割り切れそうにありません…。そうだ!水無月会長にメールで意見を伺おう」

←ピロピロピロ

→ピロピロピロ

『件名:私はもう寝るところでしたよファッキュー
本文:ヤリ捨てじゃなくてよかったじゃないですか。一度起こってしまったことを覆すことは不可能なのですからその女性の意見がまぁ正しいんじゃないですか。これはもう問題解決と言っても過言じゃないですよ 』

「なるほど…会長のお言葉はためになるな…」

「どうだった?」
「あなたの意見が正しいと…。俺も忘れるように努めます」
「そっか。わかった、じゃあ私もそうする」
「はい」
「じゃあ帰ろうかな」
「え、薫子さんの家ってここからめちゃくちゃ遠いじゃないですか。タクシー使ったらいくらになるか!」
「まあ…」
「泊まって行きなさい!!」
「(心配性のおばあちゃんなのかな?)」

目の前で金を無駄遣いされるなんて耐えられない。
俺の気迫に負けたのか、薫子さんも素直に椅子に腰を下ろす。

「ん〜じゃあ私お風呂に入ろうかな。体がお酒で汚れてて気持ち悪いしね。君が意識無い間に入っても良かったんだけど、その間君が目覚めたらパニック起こしたでしょ」
「面目ない…」


−−シャワー…シャワー…

ラブホの薄い壁では風呂での音がいやに部屋に響く。

俺は考えていた。
とりあえず俺にできることはもうなにもない…。
真実を知り、そのせいで傷つき、そして成長できた…。
そう思えばいいんだ。

−−シャワー…ワャワー…

それにしてもラブ・ホテルというのは変な作りで、部屋から洗面所の壁はガラス張りになってる。
それをカーテンで仕切って薫子さんは利用しているが…。

「これ…!すごく透けて見えてるじゃないか…!」

多分、彼女は気がついてない。

あ、いや、いかん。見るのは、紳士的ではない。
あんな事があったばかりじゃないか、俺どうかしてるんじゃないか!

しかし…スタイルがいいな…。

ーガチャッ

「司くん」
「おっ…!?いや、なんでもないですよ!!!」
「…?ごめん、クローゼットからなんか備え付けの浴衣的なの取ってくれないかな」
「は、はい!」

クローゼットから言われたとおり浴衣を取り出して、洗面所に入って風呂場の薫子さんの渡す。
カーテンの隙間から薫子さんが申し訳無さそうに眉を下げた。

一体どういうつもりなんだってくらい、無防備だ。

しかしここは紳士で真摯な俺である。

下世話なことは…しない。

「ど、どうぞ」
「ごめんね」
「…いえ、いいんです、がっ…!!!」

−−ガタンっ!!!

「うわあ!!」
「大丈夫司くん!?」

ぬるついた床に足を取られ、俺はバランスを崩した。
で、近場にあったカーテンを思わず掴んだがそれじゃ俺の体重を支えきれない!

床に倒れこむ俺!
曇るメガネ!
おぼろげに見える薫子さんの…。

−ビリビリビリっ…!

カーテンが大破レベルに破れさる音に我に返る。

「あ、ああ、シャワーが!」ビシャアアア
「うわっ!なんだ!?お湯が!」

彼女の手を離れ主を無くしたシャワーヘッドがのたうちまわって、勢いよく俺に湯がかかった。もはや大惨事だ。

「…ああ、ごめん、全身びしょ濡れだね」
「だ、大丈夫、大丈夫です!」
「脱いで」
「え!?」
「脱いで。風邪引いちゃうよ」

薫子さんが俺のブレザーのジャケットに手をかけた。
そのまま脱がそうとしてくる。

「…!!!いや、自分で、自分で出来ます!えっと、カーテンすみません、見ないんで、風呂入っちゃって下さい…!」
「ちゃんと着替えるんだよ?」
「は、はい…」

−バタンッ



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