ジム | ナノ


2b

   

「すまなかった。少し……あたった」
「へ?」
「病み上がりの寧々さんに、勝手な苛立ちをぶつけてしまった」

倒れたことは完全な俺のミスだってわかってるのに…と言葉が続く。
理解が及ばない私を置いて、昴さんがつらつら話し始めた。

「え!え!?いや、だから、今回倒れたのは私が体調管理を怠って」
「だから。俺は最初の診断カードに書いてもらってたからあなたが貧血持ちだって知ってた。それを踏まえて無理の無い運動プランを考えてきたつもりだった…。
その結果が、これだ。
とどのつまり俺は自分の力を過信して、昇進を目の前に浮かれていたのだろう」


昴さんが私の目を見ない。
いつもはこれでもかってほど真っ直ぐ人と向き合う昴さんの本質を、後ろめたさが隠してしまう。


「それを、今日は謝りたかった。けれど、いざあなたを目の前にしたら、無理をしてまで俺のプランを実行しようとしてくれたことが自分を大事にしてないように思えてつい……責めるような真似してしまった。俺がやれって言ったことをあなたはきちんとやっただけなのに」


自責の念が彼を貶めている。
ここまで胸を痛めているのはきっと昴さんが真面目な人間だからだ。


「俺は寧々さんの担当を辞めたくないと思っている。続けさせてほしいとお願いするなら、俺からのほうが筋だ」
「昴さん」ブワッ
「な……!?どうした、いきなり泣き出して。体調が悪いのか?」
「違います、なんか、凄い私の事考えてくれてるから!涙腺が緩んでしまって!」
「そんなの、生徒のことを考えないコーチなんて存在しないだろう。俺は当たり前の事をしているだけだ、だから……泣かないでくれ」


なんとなく、私は昴さんに嫌われているかと思っていた。
というのも、昴さんは私のような健康管理のための体作りじゃなくて、もっと本格的なボディビルの指導をメインに生きているからだ。
だから、私の指導は仕事だからしかたなくやっているだけの、煩わしい物だと思われているんじゃないか。そんな確信が心のどこかにあった。

けれど、目の前の男性は本気で私のことを心配してくれているらしい。
それが……それが嬉しくて、涙が止まらない。


昴さんはじろりと私を眺めて、どうするか悩んでいるようだった。
暫くして、昴さんの手のひらが私の頭の上に乗って、くしゃりと髪を撫でた。


「そんなびっくりした顔をするな。俺だって慰めるくらいはする」
「……昴さん!」ぶわっ
「な、何でまた泣くんだ。じゃあ……」


昴さんが身を乗り出して、私の体を自分の方向へ引き寄せた。
昴さんの胸に顔を預けさせられて、背中に腕を回されて…。
温かい体温を感じることに驚いた私は涙が止まった。


「よし、泣き止んだな」
「!?」
「ほら、ティッシュ。そんな顔、他の奴には見せられないだろう」
「…!は、はい……」
「寧々さんが倒れたって聞いて、居てもたってもいられなかったんだ。大事がなくて本当によかった」
「昴さん……!?」
「今度は無理のないプランを組む。こんな俺でもいいなら、これからもあなたの担当を続けさせてくれないか」


顔と顔の距離が近い。
泣きすぎて酷くなってるであろう私の顔をしっかり見つめて、ちょっと不安げに問いかけてくる。
私が顔を縦に振ると、昴さんが目を細めた。


「笑った…!」
「ん?」
「昴さん、笑うんですね」
「当たり前だ。何故そんな事を聞くんだ」
「だって今まで笑った顔なんて見なかったから」
「なんだと…つまり寧々さんに俺はかなり感じの悪い男として写っていたということか」
「はいわりと」
「…本当に寧々さんは俺が担当でいいのか。なんか不安になってきた」
「そりゃ、良いに決まってます!ていうか、私は昴さんが良いんです」



私の返事を聞いて昴さんは変な顔をしたかと思ったら、急に目の前が真っ暗になる。
何事かと思いきや、どうやら私は彼の胸の中に再び抱き寄せられてしまったようだ。


「ぐるしい……!ぷはっ……なんですか!」
「悪い、急にまた抱きしめたくなった」
「え!?」
「こんな話の最中なのに、すまない。あなたと居ると、その……俺はどうにも変になる」


昴さんの腕がきつく私の背中に回って、体をがっちりとホールドされる。
昴さんの体は本当に熱くて、言葉の通り高鳴っている心臓の音までダイレクトに伝わる。
緊張が伝わって、こっちまでうまく言葉が出なかった。


「どうして逃げないんだ?」
「……!」
「あぁそうか。俺がこんなにきつく抱いていたら、小柄なあなたは逃げようがないのか。じゃあこのまま離さないでいたら、ずっとあなたと居られるだろうか」
「(えー!えー!えー!?)」
「こんなことをするように見えなかったか?だが俺は……そういう人間なんだ。
それなのに寧々さんは丸呑みに俺を信じるから、時々辛くなる」


締め付けられている体が痛い。
昴さんの力はやっぱり強くて、私なんか到底かなわないと再認識させられる。顔が見たいのに、昴さんはそれを隠している。そこがもどかしかった。


「この気持ちは言わないでおこうと思っていた。黙っていれば、ずっと楽しく居られると。ただあんまり、こう抵抗もされないと、都合のいい考えが俺の中で湧き上がる……」
「あ、あの……」
「病み上がりのあなたを捕まえて、腕の中に閉じ込めて。簡単に信頼を裏切ってしまえるほどには、あなたが好きなんだ。
嫌なら本気で、抵抗してくれ。

今なら俺は、どうにかなれるなんて勘違いだったと思えるから」


私の背にある腕の力が強くなる。昴さんの言葉が震えてる。
本気だって伝わるには十分すぎるほど、昴さんの体が感情を示してる。

私は物理的に抵抗できなかった。
物理以外の面でも、できなかった。

腕を彼の背中に回す。
昴さんと過ごすうちに、彼のことを知っていって、自然に惹かれていた私が居たからだ。ただそれは、私こそ、届かない思いだって思ってた。

昴さんが顔をちょっと離して私と視線をあわした。
目を大きく見開いて、一つも動きを見逃さないと入った風に、私の顔を見た。


「いいのか?」
「はい!私も、昴さんともっと一緒に居れたらいいなって思っていました」
「……後悔したって、もう俺はあなたを離してやれないかもしれない」
「いいですよ!それでも!」
「……!寧々さん、」


突如唇が合わさって、私は体を固くした。
それを見越した昴さんが、紐解くように深く、私の中に舌を入れる。


「っは……っ昴さん!?」
「ん…んん……っ何だ」
「くるし…、…っむぅ…!」
「っふ……、…、っぁ…はぁ…っ」

ちゅうちゅう吸われて、舐められて、掻き回されて、私は体に力が入らなくなる。
昴さんの腕がしっかりと私を支えていて、それが逆に激しいキスから逃げるのを許さない。

「は…っ寧々さん、…好きだ…」
「…!ぅぅ…っん…っぷは…!」
「はぁ…っこれじゃ、今日はトレーニングにならなさそうだ…」
「ぁ、ふ…」クテン
「けどちゃんとメニューはこなす!さ、起きてくれ」
「…ふぇ」トロン
「……ん?」

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