ジム | ナノ


2a

 



一ヶ月後




「随分柔らかくなったものだな」
「本当ですか!やった!」
「あぁ…、驚いた」

昴さんが私の背中を押しながら、いつもより高い声を出す。
彼から出された柔軟のメニューは一つ一つはキツくはないけれど続けるのはやっぱり大変で、私としても結構頑張ったと思う。

「正直、俺はあなたを誤解していた」
「え?」
「…ジムに来る女は男目当てなのが一定数居てな。寧々さんもその一人だって、早とちりしていた。
大体そういう女は俺を落とせないとわかると、他のコーチに移ったりジムを辞めたりでまともに練習しないからな」
「へぇ、そうなんですか(そりゃ私だって余裕があればそうやって考えたかもしれんがそういう子とは一線を画する勢いで体なまってたからな!それどころじゃなかったよ!)」
「…」

昴さんの腕に力が入る。
ぎゅうっと押されて、私の胸が、腕が、地面に付いた。
そこからゆっくりまた力が入って、痛気持ちのいい世界に突入した。

「ぅぁ!ちょっと、痛い?かも!です、」
「…」
「昴、さん!」
「…っ…。あ、あぁ、ちょっとやり過ぎた。まださすがにべったりと床に体はつかないか」
「はい、けど、あと一ヶ月もすれば行ける気がします!」
「ウォーキングはどうだ。辛くないか」
「うーん。ちょっと面倒な時有りますけど。意外と楽しくって」
「そうか…」
「?…どうしたんですか?私をじっと見て」
「え?いや、すまん。少しぼーっとした…これじゃ、コーチとして駄目だな。
柔軟の続き、しててくれ。顔洗うついでに、飲み物を取ってくる」
「はーい」


トレーニングを終えると、反省会の時間だ。
話しながら体をクールダウンさせるのも兼ねていた。
個人的な話はしないと豪語していた昴さんとも、気兼ねない会話ができるようになってきた。

「…というわけでこの仕事を選んだわけです!」
「俺と同じだ。小さい時から身近だと、やはり専門世界は入りやすいな」
「この仕事さえあれば生きていけるーってかんじですよ!」
「人間はたった一粒のチョコレートじゃ生きていけない…」
「へ?」
「と、よくリーダーが言っている。つまりは女を一人に絞れないって事だ。
そういうのは俺はどうかと思うんだが、この言葉自体は…結構的を得てると思う」
「ほうほう」
「だが…この仕事だけでいいと、そう言い切れるあなたが…羨ましくもあるんだ」

何気ない会話の中で、昴さんの人となりを知っていく。
普段家に篭もることを強いられている私にはそんな会話でさえ新鮮で素直に楽しいと思った。



『寧々ちゃーん!』
「わ、リーダー!」

リーダーがひょこりとトレーニング室に顔を出す。

『もう授業終わったよな。これ言ってたDVD』
「あー!どーもー!さっそく家帰ったら見ます!」
「…二人はいつのまにそんなに仲良くなったんだ?」
「へへへ」
『えへへ』
「まぁ、いいが。リーダー、俺の生徒ですよ。ちょっとは遠慮して下さい」
『寧々ちゃん、昴がどうやら妬いてるみたいだよ』
「なんと…!私の家にはかわいい金魚と二匹のハムスターが!」
「…。一生やってて下さい」
『じゃあ後でメールするね!感想聞かせてよ!』
「はーい。ばいばいリーダー」

怒涛の勢いで去っていったリーダーを見送りながら帰り支度をする。
昴さんは呆れてしまったらしい。

「…寧々さん、あんまりリーダーと関わるのは…」
「え?」
「よくない…と言うと語弊があるがああいう人だから用心しておけ」
「大丈夫ですよ!私は全然タイプじゃないそうです!」
「…あー……確かに歴代の恋人を見ると寧々さんとは真反対のタイプかもしれないな」
「筋肉がないと性欲がわかないそうです」
「なるほどリーダーもまたこの業界の犠牲者ということか」
「業が深いですねー!」
「でも、リーダーは調子がいい男だから、気をつけるに越したことはない」
「はぁ…」
「心配になるだろ」





一週間後


「さて…この間メニューに加えようと話をした、パートナーストレッチを開始しようと思う」
「はい」
「寧々さんは肩こりや腰の痛みに悩んでいるそうだから、そっちも解消できると思う。
それだけじゃない、ケガをしにくい体作りにも効果をもたらす。
これは俺の専門じゃないが、骨盤の歪みもある程度は治るだろう」
「(プロから見ると私の体そんな歪んでいるのか!?)」
「じゃ、そのマットの上に寝転がってくれ」


指定されたとおり、仰向けになる。
私の側面に昴さんが膝をついた。


「右足を上げてくれ。…そうだ。どんどん顔に近づけるぞ」
「はぁい」


昴さんが私の足首と膝に手を添えて、ゆっくりと片足を持ち上げて状態をキープした。


「相変わらず綺麗な肌だな」
「へ!?そうですか!?」
「真っ白だ」
「あー、そりゃ、インドア在宅ワークの青白さ舐められては困りますよ!」
「別になめてはないが…、それにとてもすべすべしてる」
「(!?)」
「俺の今の担当はボディビルダー三人と、それから男の大学生二人なんだが、どいつもこいつも筋肉ダルマでな。その人達とは全然違ってびっくりする」
「(そういうことか。筋肉ダルマは昴さんもじゃん)」
「よし、両足終わったな。じゃあ俺に背を向けて、上になっているほうの腕を上げてくれ」
「はーい」
「力を抜いてくれ。これは腕の裏側の筋肉を伸ばしている。自分から働きかける筋肉の動きじゃなくて、対外的な力を加えて筋肉を刺激することはかなり重要なんだ」
「気持ちいいー!」
「そうだろう。…あ」


急に昴さんの力が緩まる。
何か合ったのかと体を起こすと、私の胸元のジャージのチャックが空いていることを指摘された。


「横になった時に胸が見える」
「え!嘘」
「わざわざ嘘なんかつくか。胸が大きいのも考えものだな…運動のじゃまになる」
「(セクハラやんけ!)」
「なんだ?その目は」
「いえ…」

ストレッチが終わって、飲み物を持ってきてもらった。
体に染み渡る水分の美味しさを実感している間に、昴さんが新しい柔軟のプログラムを紙に書いてくれた。


「言っておくが、無理はするなよ。寧々さんはちゃんと頑張るから、心配だ」
「大丈夫ですって!」
「…ならいいが。次回は来週の月曜だな。楽しみにしてる」
「(楽しみ…だと…この人天然なのかな?)」

気がないならそういう風に言わないで欲しいな…なんて思う反面、こんな営業社交辞令トークをいちいち真に受ける自分もどうかと思うのだった。






翌木曜日




「こんにち…うわっ!」
「…」
「昴、さん?」
「…座れ」

部屋に入るなり、昴さんが私を凄い顔で睨みつけるので、思わず足が止まった。
いつもより一段と低い声で、いつもの場所に座れと言われて、とりあえず荷物をおいてそこに着席した。
テーブルを挟んで目の前に座る昴さんはどう見ても…怒ってる。

「…月曜日予約入れてたのに行けなくてすみません。しかも、連絡が後日になってしまって」
「俺が怒っている理由、わかるか?」
「え?だから連絡が」
「連絡なんてどうでもいい」

昴さんがさらに低い声を出す!
そんな姿見たことがなかったので、びっくりしてしまった。

「リーダーから聞いた、倒れた事を。あんなに言っただろう。やりすぎるなと」
「(電話で言わないでって言ったのになんで話しちゃうんだよー!リーダーは!
…あ、でもそうか、昴さんの責任になって…そりゃ、怒られるのか)」
「なんとか言ったらどうなんだ」
「あの、ごめんなさい」
「…」
「けど、私貧血持ちなんで、倒れることとかわりとあって。今回ちょっと酷かったけど、今までもあったことだったし」
「…そんなの言い訳にはならないだろう。俺は、ちゃんと…」

昴さんが言葉を無くす。
私は申し訳無さやら、やらかしたー!っていう気持ちやら、ごっちゃになって、自己嫌悪に陥った。

昴さんは今、コーチより上のランクに上がるカナメの状況に居たってことをそういえば前にリーダーに聞いた気がする。
私が昴さんの考えた練習メニューによって倒れたなんて見当違いの事がジム内で噂されているんだとすれば、昴さんのこの怒りも分かる。


私、とんでもないことをしたのかもしれない。
もしかしたら昴さんは…。


「はぁ…」
「…昴さん、これからはこういうこと無いようにするんで!
その…私、昴さんに担当で居てもらいたいんです。
だから、…もし担当辞めたいとか思ってるなら、考えなおしてほしいです…」
「何の話だ?俺が担当辞めるとか、そんなの…そんなの考えてるわけ無いだろ」
「え!えっと?だって…」
「むしろ、あなたが俺をクビにするなら、わかる。なんでそんな考えになったんだ…」
「…」

沈黙が居心地悪い。
昴さんはまた大きなため息を付いて、私に向き直った。
だが次に発せられた言葉は意外なものだった。

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