ジム | ナノ


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在宅ワークがどれほど私の体を脆弱にしたか。



ある朝、私は体のだるさで目が覚めた。
前日過度な運動をしたわけでもないのに、痛む体の節々。ネットで調べたら、どうやら運動不足が原因だそうだ。
と、いうわけでラジオ体操を日課に取り入れることにした。

翌日、私は体の痛みで目が覚めた。
…これは筋肉痛という名の痛みだ…!


そして今日、私は駅前のスポーツクラブに入学したのだった。



「なるほど。えーと…寧々さん、だったな。最近はそういう人結構多いんだ。一緒に適度な運動をして、体を健康に保とう」
「はい!よろしくおねがいします」


担当のインストラクターは昴さん。私より2つ歳上の男性だ。
短髪、日焼けした肌、筋肉質な体躯、きっと男性が理想とする体型をしている。
健康的な彼の体はしっかりと引き締まっており、分厚い胸筋が大きめのジャージの上からでもわかった。
肩もとても広くて、背も高くて(184cmだそうだ)、存在感が凄い。

昴さんはそのつり目をさらに細く顰ませて、私がじろじろと体を見ることに怪訝な顔をした。
低く落ち着いた声が、どうした、と私に投げかける。
反射的に安易な疑問が口をついて出た。


「やはりおモテになるんですか?」
「何だ急に」






▽CHOCOLATE LIFE





「そういう個人的な話は控えてくれ。何かと問題が起こりやすいからな」
「あぅ、ですよね。すみません気になって」

昴さんがしかめっ面で私を見下ろす。
この手の質問はうんざりだとでも言わんばかりの態度はなかなか威圧的だ。
概ね面倒な生徒にあたったとでも思っているのだろう。
わーん馬鹿馬鹿印象最悪だよう!…と少女漫画ならモノローグが流れるところだ。


「良い機会だから予め言っておく。俺は生徒と恋愛はしない。寧々さんが魅力的じゃないとかそういう話じゃない。相手が誰であっても、そう決めているんだ」
「ほぇ…大変なんですね」

『こら!』

私達の会話を後ろで聞いていたコーチリーダーが昴さんをなじる。
リーダーは優しそうな30代の男性で、どうやら昴さんの接客に些か不満があるようだ。

『お客様を困らせたらいけないといつも言っているだろう?
昴はそうでなくても愛想がないんだから』
「…すみませんリーダー」
『俺じゃなくてさ、寧々さんに言わないと駄目なんじゃないの』
「ぐ…。寧々さん。すまなかった、そういうつもりじゃなかったんだが」
「大丈夫です!私も安易にこんな質問しちゃったのがよくなかったですから」
『寧々さん、ごめんね。こいつこんなだけど腕は確かだから』

リーダーの爽やかな笑顔に、これもまたモテそうだと思う。
なんというか女慣れの塊みたいな存在だ。
人当たりがよい、害のなさそうな、そんな雰囲気を持っている。
それは昴さんとは全くの対照と言っていいほど両極端なタイプだった。

『俺ならアタックしてきてもいいからね!』
「チャラい…!」
『おや寧々さん、なかなかズバズバモノを言うね。あってるけど!』
「はぁ…すみませんがリーダー。あっち行ってて下さい」
『えー…。寧々さん、あんまり怖かったら俺に言ってね。担当変わるから!』


スタッフルームに消えるリーダーを見送って、昴さんがため息をつく。
リーダーと比べて昴さんは硬派といった言葉が似合う。
どうやら昴さんはリーダーが苦手と見た。

他のコーチもリーダーみたいに軽そうな人が多い印象だ。
ジムのコーチも人気商売だから、きっと彼らも必要に迫られてそうしているんだろう。ただリーダー曰く、昴さんが担当している人は男の人が多い。
それもガチ勢ばかりだそうだ。


「とにかく。うちのパーソナルプログラムの概要は知ってるな?
マンツーマンだから個人の事情にあったトレーニングが出来るのが強みだ。寧々さんはどうやら運動不足のようだな。まずはゆっくり体を動かすところから始めよう」
「ゆっくり、ですか」
「そうだ。だから今日は機材も何もない部屋に俺たちは居る。
 トレーニング機材を使うのは…そうだな一ヶ月は先だな」
「え!そんなですか!」
「あぁ…まずは柔軟体操だ。これは家でも毎日朝と晩にやってもらいたい」
「体育の時間の準備体操みたいなものですか?」
「ちょっと違うな。もっとゆっくり、固くなった体を解していく。
 そのために今日ひと通り体操をして、あなたに合った柔軟のプログラムを組みたいと思う」
「はい」

私達以外誰もいないトレーニングルームの真ん中に立つ。
在宅ワークで時間の融通がきく私は、忙しい時間を外して予約しているためか、メインのトレーニング室でも人はまばらだった。
これが土日や夕方になると人でごった返す。
他の人に気を使わないでいいのはかなり精神的に楽だった。だってもう何年も運動をしていない私だ。なまりになまってる体を、人に見られたくないに決まってる!


「じゃあ腕を上げて、深呼吸から。俺を見て動いてくれ」

1,2,3…腕を上げるなんて余裕!
かと思いきや何回も繰り返すうちに息が上がってきた。

「まじなのか…」

昴さんのつぶやきはおそらく、私に聞こえないように小さな声で言ったらしいがばっちりと聞こえてきた。あぁ…なんだろうこの気持ち…。

ひと通り体を動かすと、次は床に座るように言われた。
昴さんが私の後ろに回って、肩に手を置かれる。体温の高い大きな手のひらが、私の肩を隠した。

「じゃあ後ろから押すから、痛いなら直ぐに言ってくれ」
「は、はい…!」

ーぐいっ

「ぎゃう!」
「え…」
「痛い!です!痛い!」
「そ、そうか?じゃあこれくらいならどうだ」
「いっ…!!」
「え…」
「痛い!です!まじで…!」

恐る恐る昴さんを見ると、なんというか見たことのない表情をしていた。

「あの…昴さん?」
「いや…すまない。今までいろんな人を見てきたが、寧々さんほど体が固くなっている人は初めてだ」
「(うわなんか凄く傷ついた!)」
「とりあえず今から柔軟のプログラムを紙に書くから、絶対に朝晩やることだ。待っていろ」
「はい…(困らせただろうか…)」
「一緒にやれば、大丈夫だ」

私は申し訳なく思うと同時に、頑張って健やかな体に成ることを決意した。
昴さんはとても真面目で一生懸命だったから、彼の指導に応えたいと、そう思った。



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