赤い実はじけた


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 巨大トロンベが育った場所は、大きな円形に土が剥き出しになっていて、森の中に突如現れた巨大な赤茶色のお皿みたいだった。見た目には浅めのクレーターだけど、どこまでトロンベに魔力を奪われているのか……根深さまではよく分からなかった。
(わたしの魔力で本当に足りるのかな……)
 やはり心配してしまう。補佐役の神官長が後を引き継ぐので、無理のない範囲で、出来るところまで魔力で満たせば良いらしいけど……あまりにヘッポコだと、やっぱり立場的にマズいよね?
 わたしは箱の中にしまってある魔力をどこまで解放すべきか考えた。全て使い果たすと倒れてしまうだろうから、最後の一つだけを残して圧縮袋を開けば良いだろうか。それとも袋の半分くらいは残すべき?
 決めかねて心の中で唸っているうちに、ちょうどそのクレーターの真ん中あたりに羽付きライオン君が降りていく。わたしは神官長に抱っこで降ろされて、再びエスコートされる形でその地に立つことになった。そして次々と騎士団の人達も降りてきて、動物達がすぅっと手甲に戻っていく。いつか、わたしも騎獣を作ってあんな風に使いこなすようになるんだろうか。
 騎士団の全員が整列すると、みんなが兜を外して跪く。なんでも、兜を被ったまま儀式に参列するのは神様に対して不敬になるのだそうだ。そんなわけで神官長も兜を外して足元に置いている。
 わたしは兜が不敬うんぬん言う前に、血なまぐさい姿のままで良いのだろうかとシキコーザの状態が地味に気になっていた。彼を傷付けたのも一応わたし――のお守りなわけだし、わたしのせいだと言えなくもない。そもそもの原因はシキコーザだけどね!
「あ、あの、神官長……!」
「なんだ?」
「シキコーザ様に、癒しを与えても良いでしょうか」
「……は?」
「お怪我の様子が痛々しくて……」
「血止めはされているのだ、問題ない。騎士ならあの程度の傷など怪我の内にも入らぬ。そもそも被害者の君がなぜ施しをせねばならぬのだ――」
 神官長はぶつぶつと文句を言いながら、アルノーから神具の杖を受け取っている。この長い杖は今回の儀式に必要な、水の女神様の象徴である。輝く金で作られた杖の先には、大人の手の平くらいはありそうな緑に透き通った大きな魔石が光っていた。
(相手が癒しと芽吹きの女神様なら、なおさら流血沙汰は好まないんじゃないのかなぁ)
「神官長……」
 わたしは再び小さく懇願するように呟いた。
「君は儀式のことだけに集中しなさい」
「でも、顔を隠すのすら不敬にあたるのですよね? 水の女神様でしたら、癒すべき対象である傷や痛みを好まれないのでは? それをわざわざお見せするのは不敬ではないのでしょうか」
「……私はそこまで関知せぬ。……好きにしなさい」
 神官長が諦めたようにため息をこぼした。なんだかわたしが悪いみたいなワガママ言ってるみたいになってるけど、怪我を放置するのは良くないんだよ? 治せるならさっさと治しちゃったほうが安心安全で良いと思うんだけど。
「シキコーザ」
「はっ!」
 神官長が騎士団の方へと声をかける。呼ばれたシキコーザはガシャガシャと鎧を鳴らしながら早足でこちらに向かってきた。ほんの少し、動きがぎこちない。やはり傷口が痛むのだろうか。
(うぅ〜……やっぱり痛いのは見るのも嫌だよぉ……)
 わたしは申し訳なさと傷口の生々しさに俯きそうになるが、なんとか踏みとどまって彼を見ていた。シキコーザに反省した様子は特になく、睨むような目は相変わらずだったが無視を決め込む。
「シキコーザ様にルングシュメールの癒しを」
 いつも神官長がしているのを真似て、指輪のある方の手をシキコーザに向けて祈る。指輪に魔力が吸い取られるのと同時に、ブワッと緑色の光が流れるように溢れてシキコーザを取り巻いていく。みるみる傷口が癒えて、鎧までくっつきそうな勢いを見せ始めたところで魔力を引っ込める。すると光の奔流も止まった。祝福の時と同じだ。やはり祈れば魔法が使えるらしい。貴族は必ず付けているというのも納得の便利道具な指輪である。
(流石に鎧まで直してあげる必要はないよね?)
 わたしが初挑戦したルングシュメールの癒し効果に満足していると、シキコーザがギョッとして、有り得ない現象を目にしたような驚いた顔をしていた。
(え、なんで? 神官長も普通にやってたよね? そういえばさっきも驚いてたような……実はこれ、珍しい魔法なのかな?)
 だからシキコーザの傷口は放置されていたのだろうか。それとも討伐後で魔力の残りが少なくて、たまたま出来る人がいなかったのか……理由はよく分からないけど、傷口の癒しが完了して満足したわたしは、神官長の後ろに戻って指示を待つ。相変わらず魔力はそれほど消費してない感じだし、儀式に問題があるとも思えない。
 神官長は、どこか呆れたような哀れむような、複雑そうな表情をして……シキコーザ、わたし、と順番に見た。
「シキコーザ、其方が儀式を行いなさい」
「フェルディナンド様?」
 神官長がシキコーザに向かって神具の杖を差し出した。シキコーザは動揺したままで、よくわからないと言うように目を瞬いている。そんな彼を神官長は冷たい目で見下ろしながら、わざとらしく溜息を吐いた。
「任務も放棄していたくらいだ。魔力は余っているだろう? その上これほどの癒しを与えられたのだ。本来ならば私が先だって手本を見せる予定だったが、其方の方が適任だろう」
 神殿育ちなのだから、まさかできないわけはあるまい?と、まるで挑発するように「ローゼマインに手本を見せてやってくれ」と言い、神官長は半ば強制的に杖を差し出して握らせる。予想外の展開に困惑していたらしいシキコーザだったが、わたしの視線に気付いた途端、ぐっと背筋を伸ばして真剣な顔付きになった。見返してやる、とか考えてそうなキツい目だ。

「癒しと変化をもたらす水の女神 フリュートレーネよ 側に仕える眷属たる十二の女神よ――」
 朗々とした声でシキコーザが祈りの文句を唱え始める。すると杖のてっぺんにある大きな魔石が輝き、地面に突いた先端の部分からシキコーザを中心に、ゆっくりと赤茶だった土が黒く染まっていった。土が黒く変化した後は、新芽の緑がポコリポコリと顔を出し始める。
「わぁ……」
 わたしは思わず感嘆の声を上げた。まさか神具を握って暗記させられた祝詞を唱えるだけで、本当に土の様子が目に見えて変わるとは思っていなかったのだ。土地の魔力を回復させる∞魔力で満たす≠ニは、こういうことなのか。なんだか昔見た教育番組の一場面みたいだ。「時間の進みを早送りで見てみましょう」とかいうアナウンスが脳裏に響く。
 じわじわと土が色を変えていき、少しずつ植物が芽吹いていく。まさに芽吹きの女神様と行う神事だ。感動しながら土地の癒しを眺めていたが、それも半径十メートルくらいの円になると止まってしまう。わたしが「お手本は終わりかな?」と思ってたら、神官長の厳しい指摘が入る。
「まだだ。全く足りていない」
 魔力を止めようとしたシキコーザを叱責し、神官長は杖から手を離すことを許さなかった。杖を握っている限り、体から勝手に魔力が引き出されていくようだ。指輪のように止められないのだろうか。どんどんと杖に魔力を吸収されていったシキコーザは、意識が朦朧としてきたようで、その場にガクリと崩れ落ちて膝を付いてしまった。
「フン、偉そうに威張っていたがやはりこの程度か。騎士団の人材不足も深刻だな」
 その場に倒れたシキコーザには目もくれず、神官長がぐらりと揺らいだ神具の杖だけを掴む。そして杖を支えたまま、神官長はわたしを指名した。
「残りはローゼマイン、君の仕事だ」
「……はい」
 一瞬、自分も彼のように使い潰される未来が見えたような気がしたが……神官長にとってあれは手本≠ニいう名の見せ付けで、当て付けで、引き立て役。……と、見せかけた八つ当たりだろう。

 わたしは覚悟を決めてフリュートレーネの杖を握りしめた――


   ◇  ◇  ◇

2023/04/03



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