赤い実はじけた


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 わたしは気合を入れて立つと神具の杖をグッと掴む。魔石のはまった美しい杖は、少し気を抜けば倒れそうになる長さだ。お手本も見せてもらえたし、儀式には安心して取り組める気がする。
(騎士団に見せつけつつも、できる範囲で……)
 神官長から言われたことを思い出し、わたしは目を閉じると身体の中にある固く閉じた箱から圧縮袋に入れていた魔力を全て取り出す。それから取り出した魔力を少しだけ残して畳んでしまうイメージで収納し、いつも以上の魔力で体中を満たす。いっぱいになった魔力を杖に流し込もうとする間もなく、溢れた魔力が出口を求めて勝手に杖へと流れ込んでいくのがわかった。手間が省けて便利だけど、どこまでも吸われそうで少し怖い。
「癒しと変化をもたらす水の女神 フリュートレーネよ 側に仕える眷属たる十二の女神よ 我の祈りを聞き届け 聖なる力を与え給え 魔に属するものの手により 傷つけられし御身が妹 土の女神 ゲドゥルリーヒを 癒す力を我が手に」
 杖にはめ込まれた大きな緑色の魔石が強い光を放ったようだ。目を閉じていてもそれが分かる。水流ように魔力が渦巻いて、自分を取り巻くように風が起こっていた。髪の毛が風に揺られて舞い上がり、衣装の袖や裾までぶわりと翻っていく。
「御身に捧ぐは聖なる調べ 至上の波紋を投げかけて 清らかなる御加護を賜わらん 我が望むところまで 御身が貴色で満たし給え」
 心を込めて真剣に祈る。さらに力強く魔力が杖へと流れていき、魔石を通じて土へと浸透していった。傷付いた大地に魔力が満たされていく――あるべき姿に戻っていくような、不思議な優しい感覚。
(これが癒しの儀式……やっぱり、本当に神様がいるんだ。まるで女神様に肌を撫でられたみたいだもん……)
 わたしが陶然としている間に、クレーターの黒い土の部分がザァーッと音を立てるような勢いで広がっていき、みるみるうちに新緑が芽生えて伸びていく。早送り映像のように、あっという間に赤茶色のクレーターだった土地に足首ほどの丈の草が生え揃う。
 魔力を止めなければまだまだ育ちそうな勢いだ。どこまでやればいいんだろう……ぼんやりと考えながら芽吹いたばかりの新緑の香りに包まれていると――
「ローゼマイン!……もう良い。十分だ」
「あ、はい」
 神官長も少しぼんやりしていたようで、ハッと気付いて慌てたようにわたしに儀式を止めさせた。わたしは放出していた魔力を押さえて流れを止めて、箱の中に閉じ込めていく。それと同時に杖の光は収まった。とても綺麗な光だった。
「神官長、これで大丈夫なのですか?」
「ああ、魔力が全体に満ちているからな。……正直やりすぎだ」
「……え?」
 最後の呟きはとても小さくて聞こえなかった。わたしは首を傾げたが、神官長は軽く首を振って、騎士団が整列した方へくるりと体の向きを変える。つられてわたしがそちらを向くと、信じられないものを見たかのように、呆然とした顔がずらりと並んでいた。シキコーザの驚き顔なんか比ではない。目が見開かれ、ぽかんと口をあけている者が多い。完全に貴族の仮面が外れている。
(あ、あれ? なにこの顔? 見せつけてやれ、って言われてたから頑張ってみたけど、もしかして……やりすぎた?)
 愕然とした表情をいくつも向けられて非常に居心地悪くなり、わたしはじりじりと神官長の後ろに隠れるように移動した。神官長もわたしの前へと一歩出て、コホン! と咳払いを一つした。厳粛な場に仕切り直すらしい。
「これが神殿と領主の承認を得た青色巫女見習いだ。異論のある者は?」
 ハッとしたように騎士団の者が一斉に目を伏せて、沈黙する。誰もが下を向いたまま姿勢を崩さない。これは異論がないことを示す姿勢なのだろうか。恭順とはまた違う意味なのかな?
 首を傾げるわたしの前で、神官長が軽く頷いた。
「よろしい……異論はないようだな」
 神官長がフッと笑うと、ようやく騎士達が顔を上げた。しかし、その上げられた顔は先程までの驚きに見開かれた目と違い、どこか厳しいような期待に満ちたようなギラギラとした目に変わっていた。正直いって迫力が恐すぎる。
「っ!?」
 思わず叫びそうになったけど、ゴクリと呑み込んで耐える。一斉に強い視線を向けられて全身が固まった。なんと言うか、品定めされているような気分だ。気を抜いたら噛みつかれそうな、取って食われそうな雰囲気である。震える足でもう一歩動き、わたしは騎士達の視線から逃れるために神官長の背後に隠れた。騎士団の人達はその身に野獣でも飼っているのだろうか。わたしはか弱い小動物か。そんな目で見るのはやめてほしい。
(わたしを食べても美味しくないよ!)
「あぁ、当然だが、この巫女見習いは我々の庇護下にある。それがどういう意味か、わかるな?」
 神官長が現実を思い出させるように取ってつけた一言で、瞬時に肉食獣のような飢えた視線が収まった。わたしは安堵に胸を撫で下ろしたが、それがどういう意味なのかサッパリわからない。子供のうちは狙われやすいという意味だろうか。それは派閥的に? それとも――
「わかれば良い。では、帰還するぞ」
 混乱したまま瞬きしているわたしと違って、他の人達は即座に帰還準備を始める。アルノーが神官長から神具を受け取り、フランがわたしの体調を確認して神官長に報告する。
 騎士団は兜を被り直し、騎獣の動物達を取り出して、騎乗する準備を整えていく。
「ローゼマイン、来なさい」
 神官長とカルステッドが倒れたままのシキコーザのところまで来るようわたしを呼んだ。駆け寄りたいのを抑えて、ゆっくりと優雅に歩みよる。貴族って大変だな。
「ローゼマイン、君から本日の事件に関して要求はあるか?」
 神官長は視線だけはシキコーザに向けて、わたしに要求を聞いた。一応、被害者であるわたしにも確認をとる形を装っているが、表情と態度は「ないと答えろ」と言っているのがわかる。わたしは少し悩んだが、ダームエルのことはすでに神官長に詳しく話してお願いしてあるし、ここは素直に従うことにした。
「わたくしからは特にございません。基本的には騎士団の規則に沿った罰で結構ですわ。ただ、あの……その場合、彼はどんな処罰を受けることになるのでしょうか。あとで教えてもらうことは可能ですか?」
 これ以上、妙なことを言って怒りを買いたくないし、不要だと言われた癒しをすることも許してもらったし、管轄外のことにまで余計な口出しをするつもりはない。けれど、自分がいたせいで起こった事件でもあるのだ。被害者として、結果を知る権利くらいはあるのではないだろうか。そんなわたしの懸念を感じ取ったのか、騎士団長のカルステッドが答える。
「ふむ。そうだな……領主の匙加減にもよるが、騎士団の規則に法るならば、良くて解任して蟄居の終身刑、悪くて処刑か……厳罰には違いないだろうな。被害者への報告は騎士団の仕事だ。問題ない」
 さらりと述べるカルステッドの言葉に、わたしは声も出ないほど驚いた。ショックで思わず俯いてしまうのを、跪いて頭を下げることで誤魔化す。
「……そうですか。ありがとう、存じます……」
 必死に無感動を装って答える。声帯まで驚いたのか、声は震えなかった。騎士団の決定に従うと言った通り、恭順を示したつもりだ。だけど胸を交差した手で押さえても、身体の震えは止まらなかった。

 神殿へと戻るまで、わたしは一言も言葉を発することができなかった。景色を眺める余裕もない。騎獣の上で、なにか神官長に声をかけられたような気もしたけど、思考がぼんやりとして上手く働かない。それに今は何も聞きたくないと思った。
 早く、早くお家に帰りたい――家族に会って話したい。騎士団に関わることは他言無用だから詳しくは話せないけど、それでも会って普段通りに話すことで慰められる気がする。家族にぎゅっと抱きしめられたい。
 ひたすらルッツのお迎えが待ち遠しかった――

2023/04/03



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