赤い実はじけた


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八章 癒しの儀式 side R


◆誇張と秘密

「ローゼマイン、疲れが出る前に儀式を終わらせる。できるな?」
「はい。もう大丈夫です」
 一通りの叱責を終えた後、フェルディナンドがそう言って、バサリと青いマントを翻した。右の手甲に触れて、再び羽付きライオンの騎獣を出す。それに合わせて騎士団の人達も立ち上がり、それぞれの騎乗するための動物を次々と出していく。賑やかでカラフルな移動動物園みたいだ。
「ローゼマイン、こちらへ」
 手を差し出すフェルディナンドのところへ優雅に見えるように心がけて歩き、わたしは手を差し伸べた。するりとフェルディナンドに抱き上げられてライオン君に乗せられると、今度は頭をぶつけまいと最初から手綱をしっかりと握った。わたしの後ろにフェルディナンドが軽やかな動作で飛び乗ると、片手を上げて号令をかける。
「行くぞ!」
 フェルディナンドの板に付いた指揮を取る仕草に、わたしは不思議な気分になった。当たり前だけど文官と武官では声のかけ方が全然違う。普段の冷静で落ち着きある指示とは正反対の、力強くて勇ましい発声だ。
 彫刻のようだった白いライオン君が命を得たように動きだす。大きく羽を震わせて、あっという間に上空へと駆け上がっていく。木々の上を悠然とした足取りで駆けて、先程の巨大トロンベが暴れていた場所へと向かうのだ。
「マイン……私は君に謝らねばならない」
 上空を移動する間は、他人から聞かれる心配がないためか、背後からフェルディナンドの低い声が囁くように響いてきた。わたしは意味が分からず、前に向いたまま少し首を傾げる。
「あのような悪意に晒すつもりなど無かったし、些細な怪我すらさせるつもりは無かった。まして、お守りが逆効果に働いて君を危険に晒すなど、考えてもみなかった。任務中の騎士団が私の命に背くとは考えなかったのだ。そのせいで、君にこのような危害を加えてしまった。全て私の落ち度だ……」
 フェルディナンドは声に後悔と口惜しさを滲ませながら、わたしの髪の毛をするりと梳いた。そうして悲しげにため息をつく。どうやら側頭部からの一房が、途中で切れて短くなっているらしい。こうして指摘されるまで全く気付いていなかったが、あの鎌鼬(かまいたち)のような風の反撃魔法が起きた時に切れたのだろうか。
 わたしは髪が少し切れたくらい気にしないけど、フェルディナンドは違うらしい。彼にとっては万全の態勢を取るために付けた護衛やお守りが、結果的にわたしを害することになったようなもので……もしかしたら護衛を付けたこと、苦労して作ったお守りを渡したことすら後悔しているのかもしれない。
(そこまで神官長が気にすることじゃないのに……)
 護衛が暴走したのも、悪意ある噂が広がっていたのも、わたしが平民育ちなのも、虚弱なことも、全くもって彼のせいではない。フェルディナンドが責任を感じる必要などないのだ。
「わたくしも気が動転していたのです。自分の立場や身分について考えて反論する前に、彼らが上司の命令に背いていることを指摘するべきでした……だから、神官長の責任ではないですよ?」
「いや、君に関することは全て私の責任だ」
 きっぱりと神官長がそう言った。なんとも厳しいご意見だ。この人は本当に自分のためには自己弁護もしないのだろうか。平民であるわたしを貴族として自分のもとに取り込んだ以上、わたしを上手く使うのも、責任をもって守るのも、契約主で後見婚約者である神官長の役目なのだと言う。
(役目で、務めで、お仕事なのか……神官長にとって、印を持つわたしを守って暮らすのは義務≠ナしかないのかな……)
 神官長は有能だ。むしろ万能といった方がいいだろう。そして、そのせいで大変な作業も細かい面倒事も人に任せることができず、自分から次々と仕事を抱え込むタイプだ。無理をしてでも熟してしまう彼も問題だが、熟せるからと次々にしなくても良い仕事まで任せてくる周囲も問題だと思う。
 けど……これは、本当はわたしが口出しすべきことじゃないんだろうか――

「ローゼマイン、そろそろ着く。魔力や体調に問題はないか?」
「はい」
「ならば良い。儀式が君の身体に負担をかけることは重々承知している。だが、君が青色巫女見習いとしてここに来た以上、仕事ができることを騎士団に知らしめなければならない」
 ただの平民育ちの子供ではなく、領主にも認められた青色巫女見習いだ、と神官長に庇われたのだから、わたしはその地位に相応しい仕事ぶりを見せなければならないということか。
「私が庇い、直々に指導した上級貴族の子であり、魔力豊富で優秀な存在だと……特例で青の衣を纏うに相応しい存在であることを見せつけてやりなさい。君が神殿にとって、領地を守る騎士団にとって、必要な存在であると突きつけてやれ。……騎士団が必要性を認めれば、それは君を守る力にもなる」
「はい。でも、緊張しますね。初めてだから……本当に成功するか、心配です」
 やらなければならないのは勿論わかるけど、本当にわたしにできるか不安だ。本物の儀式を行うのは、今回が初めてなのだ。
「案ずるな。君なら出来る。今日まで君を見てきた私が保証する。迷わず挑みなさい。何なら騎士団が認めざるを得ない引き立て役を準備しても良いぞ」
「……え?」
「私は勝てない勝負はしない主義だからな」
 ひやりとした声にぶるりと身震いをした。さっきの殺気みたいな空気が蘇る……どうも神官長は敵相手には苛烈で容赦がない人のようだ。厳しさが愛の鞭を超えている。それに、おそらく自分のもの認定しているわたしを攻撃されたということで、彼の怒りは全く解けていないようである。
「あの……ダームエルは最初からずっと親切にしてくれました。身分差を盾にされて一度は引き下がりましたけど、最終的には助けようとして、シキコーザを諫める言葉を何度もかけたりしてくれました。だから、引き立て役?にするにしても、できれば罰則も……手加減してあげてくださいね」
 命令に違反したのは確かだし、任務放棄や騎士団の誇りを傷付けたというのも重大なことなのだろう……けれど、騎士団長も認めていたように、新人への教育不足があったのなら、全てが本人の責任ということでもないと思う。神官長はすっごい怒ってるみたいだけど。教わるべきことをきちんと教わらないまま現場に出されてしまったのだとしたら、いくら人手不足だとしても……いや人手不足だからこそ、簡単に切り捨ててはいけないと思う。他の新人さんの気力にも影響するだろうし。誰の得にもならない、不幸なだけの結果になったりしたら、やり切れないよ――

2023/04/03



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