赤い実はじけた


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「其方らは体の弱い巫女見習いを守るために付けられた護衛だ。二人がかりで子供の転倒すら防げずして何が護衛か! 自らの無能さを棚に上げ、お守りの反撃を起こすほど子供を怯えさせ、あまつさえ根拠のない育ちを持ち出して護衛対象を貶めるとは何事だ!」
「……知っての通り、今この国には貴族が不足している。それは魔力を扱える者が不足しているということだ。神殿から貴族社会へ戻ったシキコーザならば、それをよく理解しているはずだな?」
 ローゼマインはここで初耳の情報を得る。神殿長とどういう繋がりなのかと思えば、シキコーザは元々青色神官見習いとして神殿で育ったらしい。だからこそ、平民育ちであるローゼマインが青の衣をまとっていることに反感を示したのかもしれない。神殿にいる青色神官は、平民と同列扱いされるの極端に嫌がり、灰色に対して乱暴に振る舞ったり見下したりする者ばかりだからだ。
「実際、この儀式を執り行うことができるのは、今の神殿においては私とローゼマインしかいない。他に儀式が行える青色神官がいれば、幼い巫女見習いがこの場に出される筈がないであろう。そもそも、洗礼前であろうとなかろうと、子供の後ろには親族がいるものだ。その程度のことも思い至らぬ愚昧さには呆れる他ない。其方の見え透いた自己弁護に反感を持つ一族が誰であるか、我々を見てまだ解らぬか?」
 騎士達がハッとなって前方に視線を向けていた。怒り心頭で立っているフェルディナンドは当然のことながら、最前列にいるカルステッドまでが怒りに満ちた険しい目をして護衛の二人を睨んでいるのだ。
 上級貴族のカルステッドと、領主の異母弟であるフェルディナンドは従兄弟同士にあたる。その二人に共通した親族となると、どう考えても領主一族に非常に近しい存在ということになるのだが。それを今ここで示唆してしまっても良いのだろうかと、ローゼマインは計画の進行を思い巡らせる。
 ゴクリと唾を飲み込んだような、息の詰まったような音があちこちから漏れ聞こえる。
「何度も言うが、ローゼマインは儀式を行うための青色巫女見習いとしてここにいる。其方が脅し、危害を加えようとしたのは、ただの子供ではない。特例で青の衣を与えられた巫女見習いだ。この際だから述べておくが、病弱な彼女は何年もユレーヴェで治療をし続けてきた。実年齢なら貴族院に入学している頃だ。健康になることを優先し、体の成長に合わせて洗礼式をあげることになったにすぎぬ。それでも七歳相当の今ですら私の執務を補佐できるほどに賢く、大人と同等の責任ある役職をこなせるほどに優秀だ。其方の何倍も役に立つと言えよう」
 フェルディナンドが珍しく饒舌になっていた。そして、そのなかで何度もローゼマインが青色巫女見習いであることを強調している。それは、平民ならば、シキコーザを罪に問えない事の裏返しだろう。
 ローゼマインは自分の身を守ることになる青色の衣装をギュッと握りながら、子供相手に国中で効果のある契約魔術を交わし、貴族の実子であるという出生の証明にこだわったフェルディナンドを思う。魔力を扱うのだから、青色として遇するように交渉しろと、最初に助言してくれたベンノの慧眼にも頭が下がる思いだ。今更ながら、おかしな子供相手に真剣に考えてくれていた人達への感謝が込み上げる。

「そなたらは命令違反、任務放棄した上に、護衛対象を脅して怪我をさせた。事実無根の噂で貶しめて侮り、神殿及び領主の決定に逆らう意思を見せた。そして何より、護衛を任された騎士が護衛対象を害するということで、騎士団の誇りを傷つけた。軽い罪で済むと思うな。処分については、追って領主から沙汰があろう」
 フェルディナンドは二人から視線を外すと、くるりと騎士団の方を向いた。そして、一番前で跪くカルステッドを冷たい視線で見下ろす。
「カルステッド」
「はっ!」
「このような無能を護衛に選んだこと、それから、命令を聞くことさえ知らぬような新人への教育不足については其方の罪だ。追って処分を言い渡す」
 フェルディナンドと一緒になって怒っていたように見えたカルステッドだったが、自分に対する処分があることも覚悟していたようだ。素早く真剣な顔付きに戻り、静かにフェルディナンドに向かって頭を下げた。
「この度の不始末、騎士団を率いる私の不徳の致すところでございます。フェルディナンド様のお手を煩わせることになりましたこと、深くお詫び申し上げます」
 カルステッドが深く頭を下げると、ほとんど同時に後ろに整列して跪いていた騎士達も一斉にフェルディナンドに向かって頭を下げたのだった。

2023/04/03



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