赤い実はじけた


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五章 夢の話 side M


◆怒ってました(過去形)

「君の話は無茶苦茶だ。支離滅裂にも程がある……まずは一つずつ――」
「神官長こそやってることが支離滅裂です! 何なのですか? 今まで夫だなんだと散々いっておきながら、急に避けたりして。わたしを放置するからこうやって面倒なことになるんですよ! 前はちゃんとお話してくれたじゃないですか。それに最近は貴族のお勉強ばっかりで本を読ませてくれないなんてひどすぎます! 契約違反で訴えますよ!」
「落ち着きなさい。君は何をそんなに怒っているのだ。とにかく話を聞くので、私の話も最後まで聞きなさい……」
「神官長のせいですよ……ぜんぶ神官長が勝手に……」
「なッ、なぜ泣くのだ……」
「……神官長こそ、落ち着いてください」
 わたしは怒ってなじっているうちに、だんだん悔しくなってきて、気付いた時には涙が止まらなくなっていた。そしたら神官長が妙に慌てて慰めてきた。たぶん、慰めているつもりなのだろう……目元にハンカチを当てて、大丈夫か?とか、何なのだ?とか、ぶつぶつ文句を言いながらも頭を軽く叩いて撫でる。いかにも慣れてなさそうな、恐々としたぎこちない手つきなのが少し笑えた。普段、人を寄せ付けないオーラを放つ神官長らしいなと思って嬉しかった。
 ――そうか、わたしは嬉しいのか。
 神官長に怒りとともに不満をぶつけてスッキリしてみると、結局わたしは寂しかっただけなのでは?という本音が浮き彫りになる。
(そっか。わたし、構ってもらえなくて寂しかったんだ……うわぁぁ、それで怒って泣いちゃうなんて子供みたいだよ……)
 だけど、わたしのことを妻とか嫁とか言うなら、ちゃんと仲間に入れて欲しいのだ。本物の妻みたいに力になれないのは分かってるけど、わたしは神官長には感謝してるのだ。その気持ちくらいは受け取って欲しい。出来ることがあるなら頑張る……どうせなら仲良くやっていきたいじゃない?
 落ち着いて本が読める関係が理想的だ。だから無視されたり、仮面夫婦みたいな関係になるのは嫌だ。わたしのことを、神官長の家族だと認めて欲しい。というより、わたしの中では神官長はすでに家族同然なのである。だから腹が立って仕方がなかった。大事な人の(お世話になりっぱなしの人だけど)役に立ちたいと思うのは当然で、だから一方的に命令されるばかりの関係が不満で、口出しできない状況が嫌で、事情も何も知らされないことが不安でたまらなかった。
(神官長はわたしの未来の旦那様なんだから、無理してないか心配したり、神官長のことをもっと知りたいと思うのも当然だよね?)
 この人が秘密主義っぽいのも分かってる。でも、どこかでわたしにだけは教えて欲しいと思うワガママな自分がいて――
 わたしは神官長の特別な存在でありたいのだろうか。
 でも、そもそも奥さんってそういう存在だよね?
 支え合うのが夫婦だよね?
 神官長は幼女なわたしが大好きみたいだし……って、あれ?
 でも中身が幼女じゃないって知られたら幻滅されちゃうのかな?
 うわぁ、すっかり忘れてた……わたしってば前世の記憶があることをまだ神官長に話してなかったよ!
 それなら子供扱いされて、戦力外にカウントされて、難しい話し合いから遠ざけられても当然かも?
 夫婦に隠し事はなしとか言っておいて、わたしこそ重要な秘密を話してなかったとか!
(のおぉぉぉ〜〜!!)
 わたしは冷静になって考えた結果、頭を抱えることになった。おかげで涙もピタリと止まる。
 そして改めて神官長に向かってごめんなさい≠ニ謝った。急に土下座のポーズをしたわたしに、神官長は不可解だと言わんばかりに顰めた顔で固まって、疲れたように長い長い溜め息をついた。

   ◇  ◇  ◇

 目の前にはトントントンと、こめかみを叩いて考え込む御仁がいる。脚を組んでて偉そうだ。その偉そうな態度も似合ってるところがまた小憎らしい。
(いや、違った。実際この人は偉いんだった……)
 わたしは洗いざらい白状した。他の人には夢の中で神様に教わった≠ナ通している知識の出所について。わたし自身夢の世界≠ニ呼んでいる、前世で生きた記憶について。

 別の世界で本に埋もれて死んだこと。死んだはずなのに目が覚めたらマインの中にいたこと。マインが熱で苦しんでて、替われるものなら替わってあげたいと思いながら応援したこと。気付いたら自分だけが残されてマインになっていたこと。マインとしての記憶もあって、それからはマインとして生きてきたこと。だから、そういう意味では、わたしはギュンターとエーファの本当の子供ではないのだということ。だけど急に元気になったり変わった言動をとるようになった偽物のマインを家族は変わらずに受け入れてくれたこと。ルッツに疑われて、ルッツがマインの中に生きるわたしを認めてくれて、それからマインとして生きることを許せたこと。
 昨日の騒動で、やっぱり今の家族が大事な存在だと思ったこと。血が繋がってなくても家族だと言ってもらえたことが嬉しかったこと。だから、万が一にもマインが貴族の生まれでも、そんな事はあり得ないと思うけど……わたし達には関係ないし、わたしがわたしじゃなくなるわけでもない。
 夢の話については、もしかしたら夢の中にある神殿で神様にお祈りしたから見せてもらえた情報なのではという見解を告げた。ベルケシュトックという地名は知らなかったけど、そこを助けて欲しいという神様の命令?なのかもしれないし、今度はあの子として生きなさいっていう助言?なのかもしれない。現に、神官長はそれを都合よく利用したみたいだし。ほぼ間違いないと思い込んでたし。

 この世界は不思議がいっぱいだ――
 
 最低限の生活が整って、落ち着いてくると嫌でも考えてしまう。
 わたしは何のために、前世の記憶をもってマインとして生きることになったのかなって……。考えたらもう、それって本≠オかなくない?
 神殿に来てからは怒涛の日々で、どんどん状況が変わって、この世界のこともだんだん分かってきた。ここまでお膳立てされたみたいに偶然が重なってくるともう、英知の女神様が本作りを広めよ≠ニ仰っているとしか思えないよね?!
 だってこの世界は本当に神様がいて、祈れば祝福という奇跡が起こる、魔法の世界なのだ。神官長との、この不思議な魔法陣による繋がりもそうだし。癒しの呪文で傷を治したり、魔力で作った薬や結界、色んな機能の魔術具というものが存在したり……魔石になる獣とか、魔法使いも死んだら魔石になるとか。とにかくファンタジーな世界で、魔術が使える貴族たちは特に、なんでもアリな存在に思える。
 わたしはベテラン魔法使いっぽい神官長のお嫁さんになって魔術も修行して、領地に本作りと読書を広めるのだ!

2023/04/02



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