赤い実はじけた


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五章 夢の話 side F


◆断罪の覚悟

 急ぎの要件ということで、朝も早い刻限に訪れたフランを通すと孤児院長から手紙を託されたのだと話す。至急、目を通して欲しい面会状だというそれに目を通した側仕えの顔色は悪い。フランの緊張したような態度に嫌な予感を覚える。私の元に手渡されたそれを読み進めると、だんだん気分が悪くなり、自分でも血の気が失せていくのがわかった。面会状などとは生温い。まるで果たし状のような鬼気迫るものだった。
(いや、流石にそれは深読みが過ぎる)
 本来なら神殿内に残る青色が減って普段より過ごしやすくなる私だが、一般的には忙しいとされる収穫祭の時期である。それを知りながら忙しすぎて会う暇もないことを嘆いているのだとしたら随分と気の利いた嫌味である。おまけに弟子の成長を促す例えにユーゲライゼの加護を求める一文があり、巣立ちを補助することの裏側で、別れ話を示唆しているように思えて仕方がない。婚約の話はフランにしか告げていないのだから、他の者が元になる原稿を代筆したのだとしたら、これらに他意はないはずだ。そんなはずは無いと思いながら、それでもどこかで確信している己がいる。
「これは、マインが考えたのか?」
 マインの字であるのに貴族の婉曲な言い回しが多分に使われた手紙。違って欲しいと願いながらフランに確かめる。
「さようでございます」
「…………ッ」
「マイン様の用意された原文を側仕えが意訳し、マイン様が書き起こしをされました」
「原文……」
 おそらく下町の直截な言葉で綴られた、かなり苛烈なものだろう。マインが何をどこまで察しているかは不明だが、私は正しく彼女の怒りに触れて、申し開きを求められているのだと理解した。それすらも断るようならば、縁を切ることも辞さないという意味だろう。
 恐れていたことがついに起こる時が来たのだ。私は受け入れの態勢を整えるため、自身の側仕えに仕事の分配その他の指示を出し、彼女には今から来ても構わない旨をフランに告げて戻らせた。
 いつもの席に座って普段通りの態度を心掛ける。冷静になれ。ここで取り乱してはならぬ。微かに震える手を悟られぬよう拳を強く握りしめ、あらゆる可能性を考えながら、彼女の訪れを待っていた。

 しばらくすると、マインの来訪を知らせるベルが鳴り、扉が開かれるとマインが楚々とした歩みで入室する。久しぶりに神官長室で顔を見ることになった彼女だが、報告の通りに淑女としての所作が磨かれていた。下級貴族の側仕えに近い仕草から、中級貴族程度のものに上がっている。やはり彼女は飲み込みが早い。このままいけばすぐに上級貴族の動きも、領主候補生のそれも身に付けてしまうのではなかろうか。
 歩み寄ってきて私と目を合わせ、挨拶もそこそこに本日はあちらで話し合いを≠ニ、隠し部屋での密談を求めてくるマイン。いよいよかと恐れる気持ちを抑え込み、私はいかにも余裕があることを見せつけながら「いいだろう」と抑揚に頷いてみせた。

  ◇  ◇  ◇

「神官長は、馬鹿ですか?」
「……は?」
 隠し部屋に入ると早々に態度を崩し、いつものように長椅子によじ登るマイン。まるで小動物のような動きである。そして対面で向き合って開口一番、彼女から言われたことに、私は開いた口が塞がらなかった。
「父さん達から聞きましたよ! わたし、本当は貴族の娘だったらしいですね。他所から旅商人のオットーさんに運ばれてきた子で、本当の親が見つかるまで預かる予定だったとか。その間に熱で記憶を失って、父さん達を本当の家族だと信じて育ってきたとか……そんな都合のいい話あるわけないじゃないですか! 神官長の入れ知恵にしては随分とぬるい設定ですよね? わたしがみた夢の話を使って貴族の落とし胤にする計画だと思いますけど、勝手に決めちゃうなんてひどすぎます! 隠し子設定を変更にするにしても、どうして教えてくれなかったですか?!」
 マインは威嚇しているつもりなのか、ふんすふんすと鼻息荒く小さな拳を握りしめながら話していた。気が抜けるのでやめなさい。
 どうやら彼女は事実をまともに受け取らなかったらしい。
「はぁ……そうではない。君に話さずことを進めたことは確かだが、君が貴族の血を引いているというのは本当なのだ。オットーと繋がりのあった旅商人たちの足跡を調べたところ、君の夢にでてきた人物に相当する者たちがいたのは事実だ。ろくに商売もせずに荷運びを優先する姿が目に留まったようだな。とても高価な荷を運んでいたらしい。君には受け入れ難いことやもしれぬが、私は納得している。そうでなければ君の年齢に対して桁外れに多い魔力量が説明できぬし、平民にしては整った容姿や、教わらずに身に付いていた所作のこともある。夢には神託というものもある。その証拠に現れたお守りも、全て辻褄が合う……」
「まったく辻褄が合ってませんよ! そもそも夢に出てきた女の子は六歳で、確かに小さい子でしたけど、トゥーリの妹とするには無理がありすぎますッ。それだとトゥーリが五歳くらいの時にわたしが預けられたってことじゃないですか。流石にその歳ならトゥーリだって覚えているはずです。だけどトゥーリが覚えてないってことは、もっと小さい頃の話として父さん達は考えてます。それこそ赤ちゃんの頃くらいの話だと思ってるんじゃないですか?」
「しかし、ギュンターに確認したが、そんなことは一言も……」
「まさかと思いますが、〜〜ではないか?≠ニか本当は〜〜なのだろう?≠ニか、そういう話し方をしませんでしたか? 言っておきますけど、平民が貴族からそんなふうに言われたら、それはこうしなさい∞そういうことにしろ≠チていう命令ですからね? 暗黙の了解ってやつですよ。まさか神官長ともあろう方が、そんな常識を忘れていたりしませんよね? もしかしてオットーさんにもそうやって無理やり話を通したんですか?」
「……無理矢理……しかし彼は……」
「貴族の説明や相談を、文字通りに受け取る平民なんていませんよ。どうにか不興を買わずに逃れるために、必死に話を合わせて取り繕ったのではありませんか?」
「では、彼が最後に安堵した様子だったのは……」
「嵐が去ってホッとしたんでしょうね」
「…………私はそれほど世間知らずではないつもりだが」
「貴族と平民の間には、とんでもなく分厚い認識の違いがあるみたいですからね。オットーさんも、まさか神官長が平民の意見を聞き入れてくれる方だとは思わなかったでしょうし。ちょっと怒りに触れただけで、首が飛ぶのが普通みたいですし……」
「下町の平民にとって貴族とは災厄のようなものか」
「そうですね。ある日いきなり訪れて、こっちの都合も聞かずに理不尽な命令をしたり、失敗すれば弁解も聞かずに処分する。貴族は平民を人と思ってない……そういう存在だと聞きました」
(農村の者とは随分と印象が違うのはそのせいか……?)
 私は知らずに負担を強いていたことに驚いた。きちんと話をしたつもりだったのだが、それすらも一方的な思い込みということになる。最初に直答を許した時に、多少の不敬があっても罰することはないと宣言しておけば良かったのだろうか。
 しかし、初対面だったオットーはともかく、ギュンターとは何度もマインを挟んで話し合ってきた。私の性質も多少は理解していたはずだ。

 それなのに何故?
 マインと話す時のように、なるべく直截的な言葉を選んだつもりだ。
 どこで行き違いが起こったのだ?
 マインのために、本当のことを話して欲しいと頼んだことが原因か?
 まさかそれが彼女の安全のために必要なことだと受け取られたのか?
 マインが実の子ではなかったと言わせることで、これから貴族として生きる彼女の弱みや汚点が少なくなると?
 そう思わせたということか?

2023/04/02



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