赤い実はじけた


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五章 夢の話 side M


◆急転直下の展開

 わたしは朝から少し怒っていた。少し前に神官長からの指示で召し抱えることになった側仕えのことで一悶着があり、解決したと思ったら淑女としての所作やら作法やらのスパルタ教育が始まって、その間も避けられているうちに、昨日は実家で大問題が起こったのだ。全部ぜんぶ神官長のせいである。なんの予告もなくこれらのことが一挙に身に降りかかってきて、すごく疲れたし大変だったのだ。彼には日頃から言っていた貴族としての先触れは?と問いたい。
(今日こそ神官長を問い詰めてやるんだから!)
 わたしは鼻息も荒く孤児院長室に向かっていた。そして、フランやローラに教えてもらいながら、これでもかというほど丁寧に貴族言葉で(嫌みたっぷりに)面会状を書く。要約すると大至急お会いしたい≠ニいう意味の手紙だが、これこれこういう理由でお忙しいとは思いますがとか、わたくし如きの事情に巻き込んでしまうのは申し訳ないだとか、察しが悪い弟子だがお知恵を拝借したいだとか、誰かさんのおかげで心を痛めているのでどうかご慈悲をいただきたいだとか、神様表現を駆使して遠回しに怒ってますアピールをしている文面である。
 書き上がった面会状を読み直し、ようやく少し気が晴れた。これでも会ってもらえなかったら、それこそ神官長なんてもう知らないのだ。お嫁になんてならないって離縁状を突き付けてやろう。わたしはそんな出来もしないことを本気で考えていた。
「……マイン様、本当にこちらの内容でお届けしてよろしいのですか?」
「良いのです。わたくしを避けようとなさるからこうなるのです。少しは思い知れば良いのですわ」
 困惑顔の側仕えたちに、わたしはニコリと微笑んだ。フランが届けに行っている間、わたしはローラの煎れてくれたお茶を飲んで心を奮い立たせる。フランのお茶はホッとするような優しい香りの癒される味わいで、ローラのお茶はふんわり爽やかな香りが後味に残って元気が出るような味なのだ。女の戦闘準備にピッタリである。ちなみにロジーナのお茶は洗練されすぎているのかよく分からない。普通に美味しい。
 茶器の波紋を見つめてこれから話すべきことを考える。そうすると自ずと思い出されるのは昨夜の家族会議のことだ。父さんがやけに早く帰ってきて、夕飯のあとに大事な話があると言われ、なんだろうかと不安に思いながらその時を迎えた。そして打ち明けられたのが、わたしの出生の秘密について……実はわたしは小さい頃に事情があってオットーさんから預けられた貴族の血を引く子供で、高熱で記憶を失って、時期が来るまでギュンターとエーファの本当の娘として育てることになったのだと。
 いつかは貴族の本当の家に返す予定だったけど、その時期≠ニいうのがいつなのか、誰の家なのかは父さん達には知らされてなかったらしい。だから神殿で神官長に目をつけられて奪われそうになった時、あんなに必死に抵抗したそうだ。
 だけどその話をオットーさんにして、オットーさんが神官長と話し合ったことで、わたしの本当の家族と連絡が取れたそうだ。それがまさかの神官長の親戚で、話し合いの末にそのまま神官長が後見人として預かることになったらしい。そうして、あの契約が成り立った。だからあんなに好条件で、わたしを守るための契約でしかなかったらしい。

     ◇

『うそ……それじゃあ、マインはわたしの妹じゃないの? もうマインのことを妹って呼べないってこと?』
 真っ先にトゥーリが泣き出した。
『それは違うぞ、トゥーリ。マインはおまえの妹だ。たとえ血の繋がりがなかったとしても、俺たちは家族だからな!』
『そうよ、マイン。貴族になっても、わたしが生みの親じゃなくっても、あなたは、わたしとギュンターの、大切な娘の一人だわ』
『そうだ! マインが何者だろうが関係ない! これまでも、これからも、俺たちはずっと家族だ。困ったことがあったら父さんが必ず助けてやるからな!』
『父さん……母さん……トゥーリ……』
 わたしは泣いた。号泣した。
 父さんと母さんの言葉が胸にグサグサと刺さって涙が止まらなかった。ずっと秘密にしててゴメンね≠ニ謝ってくれたけど、違うのだ。謝るのはわたしの方だった。
 だって、わたしは本当のマインじゃない――
 本当のマインは、わたしが目覚めた時に消えてしまったから――
 だからこそ、血の繋がりは関係なくて、誰の子だろうとおまえは俺たちの娘だと言ってもらえて……勝手な話だけど、ウラノなマインを認めてもらえたような、ルッツみたいに受け入れてもらえたような気がしたのだ。本当に、父さんも母さんもトゥーリも器が大きくて、優しくて、愛情たっぷりで泣けてくる。
 わたしは今でこそ事業で稼いだお金を家に生活費として入れることができるようになってきてるけど、それまではずっとずーっと足手纏いのお荷物で、余計な世話ばかりかかる子供だったのに。
ありがとう∞大好き
トゥーリはわたしの自慢のお姉ちゃんだよ
貴族になっても、三人はわたしの家族だよ
 泣きながらそう訴えて、わたし達はぎゅーぎゅーと抱きしめあった。そうして寝る時も四人でくっついて眠り、翌朝にはいつも通り元気に「おはよう」と声かけしあって笑ったのだ。

    ◇

 わたしは嘘をついていた。三人に、自分がマインではないことを、ずっとずっと黙っていた。そしてこれからも話すことはないだろう。だって話したとしても、あの三人ならどんなわたしでも受け入れてくれると知ってるから――
 わたしは父さん達に嘘をつかせてしまった。マインの記憶はわたしの中にきちんと引き継がれている。わたしに出生の秘密なんてあるわけない。誰かにそう言わされているに違いないのだ――
 旅商人だったオットーさんがわたしを預かってくれと頼んだ?
 コリンナさんに一目惚れして、他の街で使うはずだった開店資金を無計画にも全て使ってしまったあのオットーさんが?
 あり得ないよね。初対面のときも全くそんな素振りなかったよ?
 そりゃあ芝居の一つや二つはできるかもしれないけど、断言できる。仮にも貴族の娘(しかも大切な預かりもの)を、こんな貧民街に置いておくなんてことしないはずだ。信用第一の商人として、大事な荷物や商品を危険な場所に長く預けて放置するはずがないのである。
 わたしはこういう、一見すると特に問題がないと流してしまえるような、緻密な計画を立てて自分の思い通りにコトを進めようとする人を知っている。それに、他所の地の貴族令嬢を旅商人が運んできて信用できる人に預けたって……どこかで聞いた話だよね? っていうか元ネタの提供ってわたしだよね? 無断で使用するなんて著作権の侵害ですよ、神官長!
 そういうわけで、わたしは怒っているのである。
 本には向かないとか言いながら、こんなことに使うなんてズルすぎる!
 おまけに父さん達に本当の娘じゃない≠ネんて言わせて……二人とも、わたしのために飲み込んでくれたんだろうけど。たぶん神官長も、わたしのためにそういう筋書きにしてくれたんだろうけど……だけど、わたしの事なのに。相談も確認もしてくれないなんて……そんなの駄目だよ。夫婦は対等じゃないといけないんだからね!

 ローラのお茶をのんびり飲み終えた頃、フランが慌てたように戻ってきて今から来ても構わない≠ニ、異様に早い対応を知らせてくれた。

2023/04/02



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