episode.1


 天使くんが隣りに引っ越してから一か月、私たちはそこそこ仲良くなったように思う。
 白状しちゃうと、夕飯を作ってくれるっていう天使くんを毎日招いていたからなんだけどね(一方的に通わせてるだけで、私は天使くんの部屋である203号室に入ったことはないけど)。

 天使くん、料理は上手だし、かわいいから目の保養になるし、話してると楽しいから、甘えてる部分があるんだろうな。
 春に一人暮らしを始めてからは、寂しいなんて気持ち、押さえてきたつもりだった。でも、最近はそれがどんどん崩れさっている。
 部屋に誰かがいると、安心するのだった。

 ドンドン、と、最初よりは優しい叩き方で、天使くんは夕方に私を迎えに来てくれる。これが毎日の楽しみになっていた。

「なつきさん、買い出しに行きますよ」
「はーい」

 時間に合わせて準備をしているから、彼を待たせるようなことはしない。

「オレも随分と懐かれたものですよねー」

 いつものように、商店街へ向かって二人で歩く。

「天使くんは私のお抱えシェフだからね」
「なつきさんはオレのペットです」
「餌!? 夕ご飯はただの餌なの!?」
「はい」

 笑う天使くんは今日もスーパーキュート。そして、今日もあの良く分からないジャケットを着ている。


 最近では細かく聞かないようになったけれど、天使くんがお隣りさんになった日のことを、私はあまり覚えていない。
 商店街を案内してからの記憶がかなりあやふやなのだ。何をしていたんだっけと彼に聞いても、まあそのへんをぶらついていただけですよの一点張りで、その曖昧さは今も晴れてはいない。

 何かとても大きな出来事があったはずなのに。

 気が付いたら家に居て、ベッドできちんと眠っていた。そこまではいい。不可思議なのは、そのわきに天使くんが居たことと、彼と出会ってから三日は経っていたということ。
 熱を出してずっと起きなかったんですよと教えられてはいるのだけど、納得いかない。面倒を見ていたと言われてもしっくりこない。

 忘れようと思うけど、気にしないふりをしてるけど、脳の芯に何かが残ってるみたいに、そうさせてはくれないのだった。

「明日はオレ、やらなきゃいけないことがあるので、今日はカレーにしますよ」
「カレーかー。いいね、天使くんのカレー初体験!」
「コック泣かせの天使スペシャルです」
「やったー!」

 具やルーを買い込み、私たちは激安アパート……じゃなくて、私たちの家へ帰った。

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