episode.1


 帰って、私の部屋でカレーを作る。小さなキッチンに立つ天使くんの羽の生えた背中をぼんやり見ながら、あの向こうに、何かがあったような、なんてことを考えていた。
 素敵な何か。虹の根元に眠る宝物みたいに、滅多に見つからないような、特別なものが、あの向こうに。

「柊ちゃーん」
「あ、大家さんだ」

 戸を叩かないで私を呼ぶ人なんて、大家さんしかいない。何かあったのかな。

「ちょっと出るね」
「わかりました」

 エプロン付けたらもっとかわいいのになあ、とか言ったら怒られるんだろうか。

「大家さん、どうかしたんですか?」

 パッと開けた金属の扉。
 心臓が、一際大きく躍動した。

「あ、なた、は……」

 大家さんの隣りには、黒いスーツに黒い髪、当たり前だけど黒い目をした男の人が立っていた。
 背負うのは、快晴とは呼べない夜空。

 でも、そんなことは関係なくて、関係なんかなくてね。

「あら。柊ちゃん、大門(だいもん)さんと知り合いだったの?」
「し、知り合いって言うかえっと、その」

 心拍数がね……!

「あー、ああ。この間の。へえ、奇遇」

 大門って言うらしい、その男の人は、やあと片手を挙げて気さくに挨拶をしてくれた。
 そうだ。私、天使くんを商店街に案内したとき、この人とぶつかって、転んだんだ。どうして、そんなこと忘れてたんだろう?

 でも、思い出せたから、いいや。大門さん、私のこと覚えててくれた。うれしい。

「こんな時間に悪いな。俺、今日から201号室に厄介になるから挨拶に来たんだよ」
「柊ちゃん、夜、突然隣りに明かりが点いたらびっくりするでしょう? だから今日のうちに紹介しようと思ってね」

「わ、わざわざ、ありがとうございます!」

 大門。大門さん。絶対、忘れない。
 笑った私に向けて、大門さんも笑ってくれた。うわわ、かっこいい。スーツでピシッと決めてて、かっこいいなあ。きっともう社会人なんだよね。お仕事、何してるのかな。

 あっ、私、にやにやしすぎて変な顔になってないかな!

「これからよろしくお願いしますね!」

 目が合うのが恥ずかしくて、少しだけ視線を下げた私の前に、真っ黒な包装紙に包まれた箱が差し出された。

「こちらこそ、よろしく」

 黒は大門さんの色。
 大人の色。

 よく似合う。

「なつきさん? 201号室に新しい人がって聞こえましたけど、オレにも紹介──」

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