+ + + 弁当袋をぶんぶん振り回しながら、小枝はかなり上機嫌のようだった。咲乃も楽しそうな顔をしている。 クリーム色の階段を、上履きでペッタペッタとリズムでも刻むように上りながら、わたしたちは屋上へ向かっていた。 昨日の約束を忘れたわけではない。今日の昼食はそこで取るつもりだった。 沙夕里はといえば、彼女の拒絶に完全にへこんでむくれてしまった癖毛くんに謝罪をして弁解を計るためにここにはいない。 何故彼女があのような行動を取ったのか。咲乃に聞けば答えは単純で、それはつまり、好きなひとに汗だくの自分を触れさせたくなかったということらしい。そういうものなのだ。 しかし、癖毛くんにはそれが理解できても感覚的にはひどく傷付いたため、少し拗ねているそうだ。 咲乃には心配ないとも言われた。昼の休憩が終わる頃には仲直りしているだろうと小枝も笑っていた。 「屋上かあ、行くの小学校以来かなあ?」 「あたしは中学のときに秘密で行ったことあるけど、いいわよね。屋上」 「ねー」 ピクニックに出掛ける子供のようである。 まあ、小枝は確かに巨大なピクニックシートを持参していたけれども。 階段は途切れた。 目の前には鉄の扉が現れる。 ぼそぼそと話し声が聞こえた。誰かいるらしいが、わたしはそれに構わずノブを回して扉を開けた。 「ったく。ちゃんと授業出ろっつってんだろ……」 そこにいた人物が、ガチャリという音に気付いて振り向いた。 「……椎野?」 不良くん。 出掛かった別名を飲み込むと。 「うわあ、びっくり。こんな所に詩歩(しほ)くんがいるなんて!」 小枝が、くりくりした大きな目をぱっちりしばたいて驚きを表現した。 「なに、ツキシマ。あんたの知り合い?」 生意気そうな、アルト。 わたしが不良くんを無視して歩を進めると、隣接した中学校の屋上に、詰襟の学生服を着崩した格好の男子中学生がいた。こんな暖かい季節にニット帽を被っている。素材はまさか、毛糸ではないだろう。 ちなみに、その男子中学生の立っている屋上というのは、フェンスで囲ってある範囲外だった。柵を越えなければ、この高校の屋上まで近付けないのである。 相手と目が合う。 虚無でも映したような瞳だと思ったのは、気のせいではないだろう。 わたしの視線の先にあるものに興味を示したのか、小枝がちょこちょこと寄ってくる。 そこへちょうど、少しばかり強い風が吹いた。 「きゃ……」 軽く目をつむり、短いスカートを左手で押さえる。 [しおりを挟む] ← |