「また後でね」

 ここだけのところ、わたしは彼女を甘い人だと思っていた。
 公共の場で人目もはばからずベタベタするカップルというのは、日本ではあまり歓迎されない。それに気付かないほど沙夕里は癖毛くんのことが好きだから、放っていて、癖毛くんも沙夕里が好きで好きで仕方ないから四六時中くっついているのだと思っていた。

 しかし、それはどうやら少し違ったようだ。

 沙夕里の一言で、癖毛くんはあっさり彼女から離れたのである。
 渋々という表情ではあったが、これは。

「……また、あとで」

 今生の別れでもないだろうに、大袈裟に眉を下げて悲しみを表す癖毛くん。

 そこに突っ立って沙夕里を見つめ、動こうとしない彼を、前髪くんと葉山楓、小人くんが何とか引きずっていった。

 わたしたち四人も女子更衣室へ入る──と。

「うーん。広瀬くん、かっこいいけどちょっと常識ないよね」

「羽柴さん、すごく大変そう……って、あ」

 入り口付近で着替えをしていた女子生徒二人が、わたしたちを見ると慌てて口をつぐんだ。
 誰かが口を開いて何かしら言うより先に、沙夕里が困ったように笑う。

「そんな驚いて黙っちゃわないでよ。私、気にしないから」

 女子生徒二人が目を見開いた。バツが悪そうな顔で沙夕里に謝る。

「ごめんね、あまりにも見たことないタイプの人だったから」
「邑弥のこと? うん、私もそう思ってる。そのへんにはいないよね」
「な、馴れ初めとか、また聞いていいかなあ?」
「それはちょっと、恥ずかしいかも……」

 などという会話をしているうちに、緊迫した空気は和やかなものへと変わり、彼女はあっという間にその女子生徒二人と友達になってしまっていた。
 わたしには到底できない芸当である。この様子からすると、彼女の人望は厚そうだ。

 穏やかで優しくて、寛大で。そんな人を誰が嫌うだろう。
 沙夕里が癖毛くんを選んだ理由は定かではなかったけれども、癖毛くんは人を見る目がある。

「沙夕里は成長したね」

 小枝がぽそりとつぶやいた。

「あたしが会ったときはもうあんなだったわよ?」

 咲乃が呼応する。

「あー、だから咲乃は邑弥くんをなめてるんだあ」

「何よ、それ。それより、さっさと着替えないと時間無くなるって」

「ん、そだね」

 小枝の言葉に突っ込むのは止めて、咲乃はわたしたちを急かした。

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