手っ取り早く結果だけ言うと、簸川聖は二重人格者だった。

 いまだに咲乃を囲む集団から少し離れた場所で、わたしは一人、腕を組んで考えごとをしていた。廊下側の窓を背もたれにする。

 二重人格と言うのは、一人の人間に二人分の意識が入っているようなもので、表面に現れるのは片方の人格だけだ。何か弾みがあるのかは分からないが、その人格は唐突に交替する(しかし、先ほどの交替は小人くんの気絶によるものなのだとか)。

 主人格という、元の人格のほうの名は『簸川聖』、そしてもう一つの人格のほうは『アキラ』というらしい。

 あの小人くんは、二重人格者にしてはめずらしく、自分の中にある『アキラ』の存在を認知した上で治療を受けていないとのこと。

 何だか、ややこしい話だった。

「すごいよなあ、びっくりだよなあ! 聖、二重人格だって。色々、困らないのかな?」

 向こうでは、葉山楓と前髪くんが並んで談義していた。興奮しているのは葉山楓のほうである。話題は専ら、小人くんのことだ。

「困るだろ、そりゃあ。簸川にはアキラのときの記憶がないわけだし、実際そのせいで保健室行き」

「でもさ、アキラっていいやつだよな! 仲良くなりたいなあ」

「お前なら誰とでも仲良くなれるよ」

「そうかな!」

 ……彼らはややこしい話などしていなかった。

 そういえば、わたしのときもそうだった。奇異な視線を潜らなければならなかったのは数日だけで、あとはみんな、それなりに接してくれる。それがこのクラスの利点であり、欠点でもある。未知との遭遇と表現したら大袈裟かもしれないが、順応能力の高さは、時として自らに刃を向けるものだ。

 窓の後ろに気配。

「しーいーのさん!」

 わたしがそこから離れたのと、それががらっと開け放たれたのはほぼ同時。ひょこんと顔を出したのは、妙に整った顔をした少年だった。
 イケメンくんである。

「やあ!」

「……やあ」

「椎野さんって本当、かわいーよねー」

 ……?

「前髪で隠れちゃってるけどさ、うん、よく見れば、顔も結構いいし」

 ずいっと顔を寄せられて微笑まれたものの、いまいち言いたいことが伝わってこない。眉をしかめた。

「あーダメダメ、そんな顔しちゃ」

 後ろで、ああ幸輔が女口説き始めた、という声。

 突然やってきて何なのだろう、この人は。馴々しいにも程がある。正直、こういったやり取りは苦手だ。土足で踏み入られるような不快な感覚。仲良くもない人間に掴み所のない話をされて、そう、とても煩わしい。

 手を伸ばしてきた彼を睨み付けて咎めようとしたのだが、

「何やってんだよ幸輔!」

 誰かにぐいと腕を引っ張られたため、それは適わなかった。

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