沙夕里を抱きしめていた腕の力を少しばかり緩め、癖毛くんが前髪くんへ目をやった。この子、一体大丈夫なの、と言葉もなしに聞いている様子。小枝の幼なじみとやらは、慣れてでもいるのか、ただ苦笑いするだけだった。 「オレも中塚の意見には賛成かな、山江ならきっと直る!」 「お、楓」 「ちょっと出遅れたけど仲間に入らせてもらうぞっ」 うわ。 五人でも多いほうだというのに、話の輪へ、例の不審者ともう一人、わたしの知らない男子生徒が加わった。撫でるだとかいう、今朝の言葉を思い出すだけでも、毛が逆立つ思いだ。 前髪くんと癖毛くんの間にスペースを空けさせ、何故か得意満面。機嫌良さそうに話題を振りまくるが、わたしはすべて聞き流していた。 それよりも、やつの隣りにいる男子生徒のほうが気になった。弾丸トーク中の葉山楓を一瞥し、どうしていいか分からないといったふうに視線を彷徨わせている。 一体、誰だろう。 異様に低い身長に、弱々しい印象を与える垂れ目。どれくらい身長が低いのかというと、……喩えようがない。140少ししかないのではなかろうか。全体的に小さいことを小柄と言うそうだが、彼はまさにそれだった。 その小柄さをさらに引き立ててしまっているのが制服だ。サイズを一つか二つ間違えたのか、袖はぶかぶか。それに、肩身が狭そうに縮こまっているものだから、小ささはなおさら強調される。 「それだれ」 癖毛くんがまた沙夕里を引き寄せて、葉山楓の話など無視して訝った。 「オレの新しい友達!」 どんと胸を張る。 「それじゃ答えになってないぞ。えーと、お前って確か……名字が複雑なやつだろ? 名前も難しい。アキラ、で合ってる?」 助け船でも出すかのように、前髪くんがその小人に問い掛ける。どうやら、彼にはその小人くんのフルネームの漢字のみが分かっているらしい。入学してまだ間もないというのに、既に名前を把握しているとは、敬服だ。 「あの……、ぼく、簸川聖です。ひかわ、ひじり。なかなか、読める字じゃないけど」 「ひかわ、ひじり。まあ、読めないけど、忘れない名前にはなりそうだよ」 自信を無くして悄気た小人くんの肩を前髪くんがバシバシ叩く。癖毛くんは未知の生物に威嚇でもするように彼を睨んだが、沙夕里はにこにこしていた。小枝が感極まったようにジタバタし始める。 「聖くんかあ。可愛い!」 彼女は小人くんの頭を撫でようと手を伸ばしたが、彼はさっと一歩後退してそれを避ける。 まるで、小動物を初めて目にした子供と、子供を初めて目にした小動物の図である。 「あっ、そっか。わたし、まだ自己紹介してないもんね。警戒されて当然かな」 「そういう問題でもないと思うよ、小枝ちゃん」 「ううん、世界はラブアンドピース。中塚小枝です、以後お見知りおきを!」 以前、そんな言い回しをした男子生徒がいた気もしたが、この際忘れよう。 小枝が小人くんにぴっと手を伸ばして、握手を求めた。まるで、わたしにしてくれたときと同じような微笑みまで付けて。 これを断る人間がいるだろうか。小さな彼は、周りに目を走らせてから、おずおずとその握手に応えた。 「……は、初めまして、簸川聖です。あの、よろしくね、中塚さん……」 「うん、わたしたちは友達だよ!」 「ともだち……」 「だから、ほら、頭撫でてもいいよね!」 「え?」 笑顔の小枝は、彼の小さな手を離すまいと力を入れた。目を見開いたのは他の誰でもなく、彼自身。 [しおりを挟む] ← |