彼の面倒見の良い姿が父親のようなものであるというなら、悪くないかもしれない。そういう存在がいないわたしにとって、同年代の男の子をそういうものの見本とするのは可笑しな話だったのだけれど。
 最初の印象は悪かったものの、彼の持つ空気はなかなかに落ち着くのだ。

「あ。そういえば、椎野さん」

 しばらくの間うなだれていた前髪くんは、不意に顔を上げてわたしの名を呼んだ。何ですかパパさん、とでも返せば、また頭を悩ますのだろうか。

「昨日の帰り、玄関で楓に会った?」

 ああ、彼は葉山楓の言う『見てる人』の一人だったのだろう。誰かを待つ友人を見掛けて、誰を待っているのかまで推測できるのは仲の深い証なのかもしれない。

「会ったよ」

「そうか。やっぱり椎野さんを待ってたんだな、あいつ。よかったよ、徒労に終わらなくて」

 徒労……。
 待っていたのに、目当ての人物と会えずに時間だけが過ぎていく。そういうことだろう。

 それを脇で聞いていた沙夕里と彼氏さんは、ぽそぽそと内緒話をする。

「渡辺パパさんには母性本能でもあるのかな。ね、邑弥」

「せめて父性本能って言ってあげて。ゼウスみたいなものだよ」

 小枝の幼なじみは、神々の父ゼウスだった。

「聞こえてるぞ。ちなみに俺は父親になった覚えなんかないし、神にもなってない」

「沙夕里っ、服に盗聴器が仕掛けられてる!」

「大変、そんなことしちゃダメだよ渡辺くん」

「お前ら二人してボケるなよ……」

 ぐでーと肩を落として吐き出した言葉には元気がない。それを人ごとのように眺めていると、予鈴が鳴った。クラスメートは教室に大半揃っていて、まだ、それぞれ談笑している。

 ガラリと扉が開いた。

「小枝なんか大っ嫌い!」

「わたしは咲乃のこと、大っ好きー」

 一方は眉を吊り上げて、一方は満面笑顔で並んで歩いてくる。

「そういえば、邑弥くんにはまだ挨拶してなかったっけ。おはよ!」

「おはようございまー」

「今日もバカップルしてるんでしょ。見慣れたっていうか見ないと一日始まらないし終わんないわ」

「どうもー」

 ほんの少し、いや、だいぶだったかもしれない。居心地の悪さを感じた。
 既にできている群れの中に突然放り込まれた動物の心地というか、何とも形容したくない気分だ。

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