小さい頃。
 ぼうっとしていたわたしの脳裏に、今朝見た夢の断片が浮かび上がりそうになっては沈んでいく。確か、とても、幸福な夢……だった、気がする。思い出せるのはそこまでで、どんな夢だったのかはもちろん分からなかったが。

 物心がついたとき、という表現が適切なのか自信はない。しかし、気が付いたときには師匠がいて、わたしに人を──お母さんを守る術を教えてくれていた。体術の基本の型。基礎の基礎がしっかりしていれば、まず大丈夫だと毎日そればかり習って遊び半分に覚えた。

 日が出ている間は師匠と一緒にいたし、暮れると家に帰って昼寝した。お母さんが帰ってきたら、ご飯の支度を手伝って二人で食べて。一人でいることは少なかったように思う。

「ハルと仲良くなるまではさみしかった、なあ……」

 横になっていた小枝は、それだけ言うと深く息を吸って眠ってしまった。さらさらの髪の毛がマットの上に散らばり、光を受けてやわらかに輝く。まるで絹みたいだ、そんな感想が浮かんだ。わたしは顔の横の髪の毛をまとめていた赤色のピンを外して自分の髪を見た。あまり手入れしていないためか、触り心地は良くない。お母さんが、私に似たのね、と言って撫でてくれた遠い昔を思い出す。

 手櫛で髪を梳き、ピンを留め直した。

「一人……」

 ──じゃあ、僕はそろそろ行くね。ことりちゃん、いつでも此処においで。このベンチに座っていたら、淋しくないよ。

「……」

 考えてみれば、師匠は不思議な人だった。真昼でも真っ黒なスーツを脱がないし、そもそも、そんな時間に公園にいたということは仕事に行っていない証拠になる。

 意味もなく、若草色の畳を一つ一つ目で追っていたそのとき。

「お。いた、いた」

 外側から鍵を開けて、例の前髪くんが現れた。

「大丈夫か? 椎野さんと……それ小枝?」

 たすたすと畳を踏んで歩いてきた彼は、わたしの隣りに寝転んで静かに胸を上下させる彼女を見つけて安心したように笑った。

「おーい、起きろ。小枝。帰るぞ」

 肩を揺らしてみるも、呼吸すら乱さずぐっすり眠る小枝を見、わたしを見、小さく息をついた。手に持っていた武道場の鍵を放り、小枝を起こして背中に乗せた。苦笑いしている。
 わたしは開いていた窓を閉めて、その鍵を片手に出入り口へ向かった。それに手をかけ、前髪くんへ視線を投げて少し開く。

「通れる?」

「んー、もう少し開けてほしいかな」

 目分量で、だいたいこのくらいかと引き戸をスライドさせた。

「ども」

 おんぶしている小枝を持ち直し、彼は外へ出た。わたしも武道場をぐるりと見渡してから一礼、外から鍵を掛ける。

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