いまだに、この人はどうしてわたしに構いたがるのか分からない。損得勘定で動くような人種には見えないが、本当に謎だ。にへらにへらと間の抜けた笑い顔でコンタクトを取ろうとしてくる。

 まあ、わたしの師匠も似たようなものだけれど。

 ことりちゃんは可愛いから、大きくなったら美人さんになるよ。僕が言うんだから絶対ね。妬けるなあ。

「おーい、ことり?」

 そういえば、師匠も結構な不審者だった。最近は会っていないから安否すら知らない。

 目の前にぷらぷら揺れていた手を素早く叩き落とすと、葉山楓は小さく呻いてその場にしゃがんだ。

「はっやいなあ。楓くん、生きてますかー?」

 前髪くんがかがんで少年を突っ突く。わたしの叩いた手を逆の手で包み、やつはコクコクうなずいた。それから、前髪くんはその状態でわたしを見上げる。

「こいつ、身体は頑丈なほうだけど手加減してやってくれな?」

「……」

「ほら、痛いのは誰でも嫌だろ」

 それは、そうだが。
 自己防衛の際は仕方がない気もする。

 一応うなずいた。

「よし」

 さあ立てと言って葉山楓を引きずるように武道場から出ていった彼を筆頭に、7組生徒たちはぞろぞろと教室に戻り始めた。わたしは着替えなければならないため、剣道の道具が詰め込まれている倉庫へ制服を持って向かった。

 もそもそと着替えて、リボンを結ぶ。ブレザーを羽織り、ボタンを留めて。髪の毛を手櫛で梳き、倉庫から出た。

 人はいない。
 少しばかり嫌な予感がした途端、扉のほうがガチャガチャと鳴った。

 嗚呼。

「……何とかなるかな」

 見てはいないけれど、今の音は確実に鍵を閉められたことを示している。思わず溜め息をつきそうになったが、誰かが気付けば迎えに来るだろう。あまり、期待はしていないが。それ以前に、部活があれば勝手に開くはずだ。自力で脱出も出来る。

 首を回してから、建物の隅に詰まれたマットの山を目指して歩こうとして。

「ええっ!?」

 響いた絶叫。
 わたし以外にも人がいたらしい。扉のほうを見やると、見覚えのある団子頭の少女がガンガンそれを叩いていた。小枝だ。

「ああ、あ、開かない……どうしよう!」

 震える声は半泣きの証拠だろうか。彼女の背中をぼんやり見つめ、わたしもいるということを伝えるべきかどうか迷った。彼女の努力の叫びを聞き付けて、誰かがやってくるかもしれない。そのときに一緒に出られれば楽なのだが……良心が痛む。可哀相だ。

 くるりと方向転換して、呼び掛けた。

「小枝」

「!」

 勢い良く振り向いた彼女の髪の毛がさらさらとなびいた。今にも泣き出しそうな顔だ。不安だったのだろう。

「ことりー!」

 トタタと駆け寄り、抱き付かれる。落ち着いて引きはがした。

「泣きそう?」

 尋ねる。

「泣きそうだよ、こんなところに置き去りなんて嫌だもんっ」

 なるほど。
 まあ、泣くほどではないものの、それはわたしも嫌だ。ぽんぽん頭を撫でてやる。小枝はうう、と眉を下げて肩を落とした。

「もっと慌てないの?」

 顔を上げた小枝に聞かれて、しばらく悩んだ。

「死ぬわけじゃ、ないよ。慌てたら疲れるから」

 納得してもらえるだろうかと思いつつ、どちらでもいいかと割り切ったところで彼女はうなずいた。

「ああ、そっか……そうだよね。死なないよね」

「うん」

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