一本、誰かがそうつぶやくと、徐々に歓声が上がり始めた。個人的にはぴくりとも動かない担任さんのほうが気になるのだが。それなりの受け身は取れていたはずだろう。内心で頭上に疑問符を浮かべながら、わたしは首を回した。パキ、と音が鳴る。

「わたしっ、わたし見てなかったよー!?」

「かわいそーな小枝のことは放っておいて、と。お疲れ、ことり! 一発KO勝ちね」

「さすがだな」

 小枝、咲乃の順に言い、その次の少し低い声に眉を潜めて顔を上げた。

「君は……」

 どこかで見た気が、しなくもない。横幅とバランスの取れたのっぽ。変な方向にはねた前髪……癖毛か寝癖かは分からないけれど、こんなにはねた人は見たことがないくらいだ。まじまじと顔を眺めれば、優しそうな性格だということが伝わってくる。あくまで第一印象のため、腹の中を知ることはできないけれど。

「ハルの言う通り、女の子なのにやるねえ」

 また、知らない声。
 軽い調子で、わたしの気に食わないことを堂々と言ってのけた。

 振り返って顔を見るよりも先に口が動いた。

「男の子だからって、強いとは限らないよ」

 ゆっくり見上げれば、目をぱちくりとしばたく青年の姿があった。少し長めの髪の毛に切れ長の目、高くも低くもない鼻。中学生の頃に人気のあった男の子の顔とよく似ている。わたしには分からない感覚だったのだが、ちらと辺りを見れば「あの人、誰かな」なんて噂話がされたりしているから同じ部類なのだろう。

 とにかく、男尊女卑の類は好きではない。

「ああ、ごめん、ごめん。そういうつもりはなかったんだって。許してよ」

 どういうつもりなのか、きちんと分かっているのだろうか。いまいちあやしかったため、わたしはそれを曖昧に無視した。

「まったく! 幸輔(こうすけ)はいつも一声多いのよ」

 咲乃が言って、幸輔というらしい彼は彼女にも軽く謝罪の言葉を述べる。背の高い男子生徒は、それを見て実にあっさり笑った。視界の端にいた小枝は、なぜか膨れている。

「小枝……」

 理由を尋ねようとしたわたしの声は、

「はい、退いてー。救急箱が通ります」

 そんな要求に容易くかき消された。

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