わたしたち三人の視線の先。
 着席した沙夕里はスクールバッグから荷物を取り出している。英語、数学、今日予定されている授業の教科書類だ。それは、学校に来たのだから当たり前の、ごく自然な行為。
 もしも、今、沙夕里のことを知らない人が通りかかったとしたら。その人はもちろん、彼女のことを女子生徒の一人だと思うのだろう。何の変哲もない、真面目そうな、という修飾語まで付けて。

 しかしながら、そこには欠落があるのだ。目に見える、欠落が。
 目に見える変化が、目に見えないものに影響されているであろうことは、それが多かれ少かれ、この年齢の人間には推し量ることができる。
 だからこそ、わたしたち以外のクラスメートもしばらく唖然としていたのだ。それほど露骨な変化なのだ。

 沙夕里に、あの癖毛くんがへばりついていないという状況は。

「三日前までは鬱陶しいくらいべったりだったじゃない。意味不明」
「もしかして、あの二人、一線越えた?」
「うわっ!」

 教室の隅のほうでぽそぽそ話していた咲乃が不意打ちの声に驚き、少し肩を揺らした。

「こここーすけ。んなわけないでしょ」
「やっぱ、ないかあ」

 心臓に負担が掛かったらしい咲乃はそのあたりに手を添え、息を吐き出す。小枝が大きな目をぱちぱちしばたき、ちょっと首をかしげた。

「いっせん?」
「まーた幸輔来てるのか」

 小枝のかしげられた首が元に戻った。

「6組は英語の小テストだって聞いたけど?」

 その頭は、てっぺんの団子を避けて、両耳の上のほうに添えられた手によって傾きを修正されていた。
 その手の付け根から腕へと視線を上げていかなくても、小枝の立派な団子の上には手の主の顔がきちんと見える。紛うことなき、アーティスティックな前髪。

「オレはこーいう時間のために学校来てるの」

 にやっと笑って、イケメンくんは前髪くんに答えた。

 小枝は頭に添えられた手など気にすることもなく、にこにこーっとしている。イケメンくんからひっそりと距離を取った咲乃は、またひっそりと深呼吸。

「ほら、一か月もかからないで有名になった伝説のバカップルがあれじゃあさ。一応、様子見したくもなるって」

 沙夕里はまだ用具を机に詰めている。あの癖毛くんはというと、自分の机にべたっと突っ伏していた。その机は沙夕里ではないぞ、わかっているのか。

「まあ、そこは気になるけど。お前、聞けるのか?」

 前髪くんの呆れたような問いに、イケメンくんは首を横に振った。

「オレは広瀬に嫌われてるから無理だね」

 肩まですくめている。

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