一息吐いていた沙夕里は微妙な顔をして返す。

「それなんだけどね。行ったのが逆にいけなかったみたいで、付いていくから待ってろって、聞かなくて……」

 咲乃が苦笑い。「あいつならやりかねないわね」
 小枝もそれに賛同するだろうと思いきや、彼女は神妙な面持ちをして、責めるようにこう尋ねた。

「止めなかったの?」

 沙夕里ならば制止くらいはしたと思うが、さて。

「止めたよ。でも、」
「でも、じゃないよ。ちゃんと止めなきゃ意味ないよ」

 小枝は沙夕里を見据えて言い切った。咲乃が双方に目を走らせて、二人の間に割って入る。

「ま、まあまあ。もう来ちゃったんだから、どうしようもないじゃない?」

 手振り身振りでその場に流れる空気を変えようとしている。

 わたしも加勢すべきなのだろうか。
 互いの意見の違いで人がぶつかることは多々ある。曲げない気持ち同士、どちらも譲らない。それはきっと人のあるべき姿だとは思う。
 けれども、それでは対人関係を良好に保っていられないのも事実だ。

 咲乃からの視線に応じ、わたしもとりあえず二人の間に立ってみた。
 言葉を使うのは苦手だ。こういうときはどうするべきか、わたしの記憶の中から浮上したのは師匠の大きな手。

 小枝と沙夕里、両方の頭を軽くチョップしてみた。

「ことり?」
「ことりちゃん?」

 二人がほぼ同時に言うと、保健室へ向かっていた一行がぞろぞろと帰ってきた。

「お、っと?」

 一番に口を開いたのは前髪くん。
 はっとした様子の沙夕里がそちらを向いた。

「あの、邑弥、どうって?」

 今の沙夕里の頭はきっと、癖毛くんのことでいっぱいなのだろう。迷うことなく、前髪くんと葉山楓、小人くんにそう聞いていた。

「無茶しなけりゃすぐ治るってさ」
「そう、よかった」
「ずっと、羽柴さんの……名前。呼んでた、よ」
「そっか」
「呼びすぎってくらいだったぜ! 元気に決まってるって」
「それはちょっと」
「広瀬くん、本当に……その、羽柴さんの、こと、……すき、なんだね」

 おどおどしている小人くんは話し方一つ取ってもまだるっこしかったが、沙夕里はそれを焦れる様子もなく、一つ一つ頷きながら聞いている。

「簸川くん、優しいね」
「えっ……」
「邑弥と仲良くしてあげてね。普段はあんなだけど、本当はすごく頼りになる人だから」

 ……誰も思わないのだろうか。沙夕里はまるで、癖毛くんのことを。

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