SIT:06


 羽柴沙夕里と広瀬邑弥は恋人同士である、らしい。

 今さらだ。確認の必要などないのかもしれないが、わたしはその事実をいまだに信じていないところがあるため、頭に文章として浮かべてみたのだ。そうやって認識するよりほかに手段がない。
 いくら、毎日のように近距離で接していても、わたしは彼らをそのような括りで見たことがない。

 それは何故か。
 恐らく、わたし自身が「恋人同士」というものの概括的な意味を掴み得ていないからだと思われる。

 わたしが彼らを「恋人同士」として捉えていなくても、小枝や咲乃は彼らを「恋人同士」と呼ぶのだから、間違いない。彼女たちはわたしより遥かに人間的な経験値が高いから。

 もう一度思い込ませる。

 羽柴沙夕里と広瀬邑弥は恋人同士である。


 + + +


 先日の身体測定時、体調の悪そうだった癖毛くんは正午を回ると早退したそうだ。沙夕里にしがみつき、大丈夫だから帰らないと言って、子供のように駄々をこねていたらしいが。それを片桐護に引っ剥がされ、沙夕里と隔離された上で、帰宅を強いられたそうな。
 この話だと、早退したというよりも、早退させられたというほうが近い。

 そして今日の朝。
 沙夕里に抱きつくこともなく颯爽と学校にやってきた癖毛くんは、教室に一歩足を踏み入れた途端、ぶっ倒れた。

 意識がなくなったわけではなくて、足に力が入らないのだと。
 前髪くんが右肩を、葉山楓が左肩を支えて、そのまわりを小人くんがわたわたしながら、一行は保健室へ向かった。癖毛くんは終始、沙夕里沙夕里と虚ろにつぶやいていた……ホラーか。

 彼らのいなくなった教室は騒然として、沙夕里はあっという間に囲まれた。

「広瀬くん、どうしたの?」
「何があったの?」
「羽柴さん、知ってるよね?」
「倒れるのはやばいって」
「大丈夫なのかなあ?」

 始めのうちはおろおろしていた沙夕里も、すっと息を整えると、優しげに答えた。

「体調が悪かったみたい。学校、無理して来たみたいだから」

 休めばきっと治るよと、クラスメートに言い聞かせる。クラスメートたちも沙夕里のその態度に安心したのか、それともそれが大したネタではなかったからか、安堵だとか呆れた顔でそれぞれ散っていった。

「沙夕里。朝、広瀬の家に様子見に行ったんでしょ?」

 少し遠くでそれを見ていた咲乃に続いて、その隣りで一部始終を見ていたわたしと小枝も、沙夕里へ近付いた。

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