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 術師からの返答によると、張られていた結界はやはり穴が開いていたらしい。アドルフは結局見つかってない。
 ネズミ以外にも蛇のグールが見つかったことで、付近に血脈門が開いた危険性が憂慮され、本部から新たに応援がくることになった。ブラッドブリードの専門家、ブリッツ・エイブラムス――は外せない任務があったために、弟子のクラウスがくるらしい。結界を貼り直すタイミングで中に入ってくる。
 スティーブンがそう説明して、ダンはちらりとレオナルドと目をあわせた。
 クラウスが来るまでは、つかの間の休息となる。
 念のためにネズミと蛇の残党、または新しいグールを探したが、そんなものはどこにもいなかった。レオナルドが付近を内緒で確認したから間違いない。
 ダンにだけそのことを話したが、言われずとも他のメンバーもそのつもりでいるらしかった。
 夜中ネズミ達に強襲されることもなく、昼は外をみてまわり、夜は酒を飲んで賭けをした。
「ジュニアはダメ! ダメだって!」
 ダンが叫ぶように非難するが、周りはお構いなしにレオナルドを輪の中に引っ張り込んだ。
 四つのカップが伏せられていて、そのうち一つにはクルミが入っている。カップシャッフルだ。賭けごとが得意なカルロスが唇をなめて、四つのカップを器用にうごかしてシャッフルしていく。
 ぴたりと手の動きをとめてカップを整列させたカルロスは、さぁ選べ、と挑発的な視線をよこす。
 ダンは呆れたように溜息をついて、レオナルドはにんまりと一番右端のカップを持ちあげた。中にはちゃんとくるみが入っている。
「僕の勝ちっすね!」
 得意げなレオナルドに周りがはやし立てるが、ダンは軽くレオナルドの耳をひっぱった。
「ジュニアはこういうの強いんだからつまんないよ。だから俺、ダメっていったのに」
 義眼のことを知ってるダンには別にすごいことには映らない。
「見ることにかけちゃ天才だな、少年は」
 スティーブンの言葉にちょっとドキっとした。言わんこっちゃないとダンがじろりと目で訴えかけてくる。
「何かやってたのか?」
「……手品とか、ですかね」
 誤魔化すように耳の裏をかくレオナルドは、皆の視線が集まってきたのを確認して、耳においてた手を皆の前にもってきた。
 人差し指と中指には、先ほどまではもってなかったコインが挟まれている。
「えっ」
 素直なジョルジオが声をあげて手元を覗きこんできて、見せつけるように手首をかえした。机と平行に開いていた手を、一度裏返す動作をいれてから垂直にジョルジオに向ける。
「あれっ」
 今度はコインが消えている。
「あーあジョルジオさんが驚かしちゃうから逃げちゃった。どこにいったかなぁ、でておいでー。コインちゃーん」
 立ちあがって、すっかり観客になっているスティーブンたちの間を練り歩く。ここかな、違うかな、そういって隊員たちのポケットに手をつっこんだり、腕をもちあげて下を覗いたり。酒瓶の下を確認しながら酒を飲んだりもした。
 最後にジョルジオのところにやってきて、レオナルドはついつい顔がほころんだ。顔にでるなんて、マジシャンとしては詰めが甘いが、どうしても楽しくなってきてしまうのだ。
「あぁいたいた」
 ジョルジオの襟に指を滑り込ませ、コインをもって抜き出す。横で見ていたスティーブンが手をかざしてきたから、コインをわたしてやる。
 裏返したり、指にはさんでいるが、コインにはなんの仕掛けもない。コインはロイドにもまわって、やはり彼も同じことをした。
「意外な特技もってるもんだなぁ」
 返されたコインを改めてみて、レオナルドはちょっと冷や汗をかいた。そのコインはレオナルドがもっていたもので、珍しくゼーロコインではなくドルコインだった。未来の年号が刻んであるやつ。
 慌てて隠すように袖の下に滑り込ませてしまう。
「はい終わり!」
「なんだよ、もう一回! もう一回みせてくれ」
 カルロスが悔しそうに食いつくが、レオナルドは首を横に振る。危ないところだった。スティーブンに気づかれていたら大変だった。
 どうしてももう一度という意見が多かったから、今度はレオナルドは輪ゴムを使った。
 両手の指に二本の輪ゴムがお互いひっかかるようにかけて、確実にひっかかっていることを皆に見せる。何度か輪ゴムを伸び縮みさせ、手首を回したり指をこすり合わせたりする。
そうするうちに、ふっと両手を離せば、輪ゴムがいつの間にかもう一本を通り抜けたように、ひっかからずに離れてしまっている。
「今のはわかった!」
 叫んだカルロスに輪ゴムを渡してやる。見る角度によってはバレバレの手品だ。
 彼が皆に解説している間にレオナルドは新しい酒を取りに棚へむかう。
 コインが誤魔化せてなによりだった。タネがわかったところで、バレないよう自然な動作でやるにはけっこう訓練がいるから、カルロスがやろうとしてはうまくいってない。
 酒を選びつつ、背中で彼らの様子を聞きながら小さく笑っていると、スティーブンも後ろについてきた。
「あれ結構難しいな」
「やってみたんですか」
「うん、どれくらい練習したんだ?」
「エレメンタリーのころからだから、もう十年以上っすかね」
 年数を聞いて、スティーブンが唸る。
 あまり外で遊べないミシェーラに見せようと思って練習したものだ。最初はやっぱり下手くそで、見ればタネが分かっちゃうくらいお粗末な出来だった。そういうときはミシェーラと一緒に練習して遊んだ。
 そのうち手品やお絵描きなんて遊び方はテレビゲームに移っていったが、クリスマスや年始の大きなイベントなんかでは決まって披露していた。
「今度俺の誕生日でやってくれよ」
「誕生日いつっすか」
「四カ月先」
 そんなに先まで、ここにいるだろうか。いったいいつまでこの時代にいるんだろう。
 ふっとわいた不安を打ち消すようにレオナルドは話を変える。
「今度来るクラウスさんって、スティーブンさんの知り合いですか?」
「いや? 噂はいろいろ回ってるから、まぁ優秀なのは優秀なんだろうな」
 優秀どころの騒ぎじゃないですよ。とは言えなくてこっそり笑った。
「付き合いやすいやつだといいな……」
 レオナルドはスティーブンを見上げる。アドルフの件でも、フランクのことでも、彼はどこか自分の対人能力を卑下したところがあったと思う。
「スティーブンさんって、でもけっこう社交的っすよね?」
「意図的に社交的にはなれる。まぁ会話なんて技術だよ。人心掌握は、ちょっとまだ下手だっただけで、それだって技術だろ?」
(この人こんなんだからダメなんだろうなぁ)
 と、レオナルドはこっそり溜息をついた。でも技術だって断言してるだけじゃなくて実際こなしちゃうから、余計にダメなんだろうと思う。


 数日後にクラウスがやってきたときは、スティーブンはあからさまに顔をひきつらせた。
 十七歳、と聞いていたがレオナルドも驚いた。でかい、顔が怖い、とにかく熊のよう。さすがに九年後のクラウスよりは一回り小さいが、いずれ二メートルを超える彼だ。すでに百九十センチはあるだろう。十分すぎるほどの威圧感がある。
 呆然としていたスティーブンはロイドに脇を小突かれて我にかえっていた。
「や、やぁクラウス。はじめまして。僕が隊長のスティーブン・A・スターフェイズだ」
「はじめましてミスタ・スターフェイズ。貴殿の噂は存じている。エスメラルダの使い手とともに戦えるとは光栄です」
「あはは……そうかい? かのブレングリードにそう言われるなんて」
 堅苦しいクラウスの挨拶にスティーブンは言葉をつなごうとするが、なかなか苦しそうだった。完全に気おされてしまっている。
 スティーブンは流した返事も得意のはずだが、アドルフの件が尾を引いているのだろう。なんとか打ち解けようとしては、最終的にげっそり疲れてしまっていた。会話の技術というやつもうまくいかなかったらしい。
 クラウスの相手を、クラウスとタイプが似ているまじめなジョルジオとブライアンにまかせて、スティーブンはレオナルドをひっぱって部屋の隅にいった。
 いじけてしまっていた。
 がっちりレオナルドをヘッドロックのように羽交い絞めにして、指先で輪ゴムの練習をしている。ダンはこちらを見ると、こっそりサムズアップしてくるだけだ。グッドラックとでもいいたいのだろう。
 レオナルドはしょうがなくその状態のまま酒をちびちび飲んでいる。
「そういえば少年。ラジオ借りれたか?」
「あぁそういえば。ブライアンさんがもってんすよね。でもあの人、いっつもフランクさんと連れだっていっちゃうんですもん。夜は話しかけるタイミングがねーっす」
「カルロスには聞いてみたか? あいつ野球と競馬のためによく勝手に持ちだしてるぞ」
「それ先に言ってくださいよ」
「ブライアンは怒らないからなぁ。おっ、今のちょっとうまくいった。みたか? 今のはよかっただろ」
 スティーブンのマジックはこのまえ初めて知ったとは思えないほど上達していた。すこしやれば、ある程度形にすることができてしまうのだろう。これだからスティーブンは嫌な男だ。
 意地悪なことを言ってしまったのは出来心。
「スティーブンさんでも苦手な人っているんすね」
「いるさ! アドルフは苦手だった。クラウスだって、何を話せばいいんだ? 十七歳、お貴族さま、くそまじめ。三重苦だ、いやんなっちまうね」
「その手品教えてあげればいいと思いますよ。クラウスさん不器用そうだから、たぶんできませんし」
「なるほど、一理ある。それにしたって少年はあいつより年上なのに、なんで敬称つけるんだ?」
 なぜ、と言われてもレオナルドは困る。どう誤魔化そうと思ったが、スティーブンは自分で勝手に結論を出してしまった。
「まぁあいつ怖いしな」
「スティーブンさんでも怖いんすか」
「だって見ただろ、あの筋肉!」
「努力家なんでしょ」
 事実クラウスはこちらが心配になるほど勤勉な性格をしている。
 筋肉がついてるっていうことは、それだけで努力家の証だとレオナルドは思う。日ごろトレーニングをさぼらずにしているから、あれだけの体ができあがるのだ。
 スティーブンは言葉に詰まって反論できないようだった。
 認める気持ちはあるんだろう。苦手意識ができてしまっただけで、九年後には彼はクラウスをとても信頼して尊敬してる。
「スティーブンさん、僕のもう一個の特技教えてあげましょうか」
「なんだなんだ、次はどんな手品だ」
「ふっふっふ、実は僕は百発百中の占い師なんですよ」
 スティーブンが途端に胡散臭いものを見下すような目でレオナルドをみた。魔法陣でとばされて、最初に会ったときみたいな冷ややかな目つきだ。
 ライブラの方で初めてあったときレオナルドは包帯だらけで何も見えなかったし、義眼をつかってまで見ようとはしなかったが、もしかするとこういう目を向けられていたのかもしれない。
 ヘッドロックを抜けだして向き合うと、大げさに両手をスティーブンの頭にかざした。
「むっ、むむむっ……ほほ〜これはこれは。ふんふん、なるほど。おおっ! これはすごいですよ〜」
 手品と一緒、エンターテイメントは大事だ。大げさな身振り手振り、それっぽいことをいうパフォーマンス。
「見える、見えますよ〜」
 顔をしかめてから、驚いたふり。だんだん口がにやけてしまうからやっぱりだめだ。
「おい顔が笑ってるぞ」
「よーし貴方の未来が分かりましたよ」
「お前なぁ」
 呆れた口調ではあったが、しょうがないなと言うような許されている感じがした。茶番につきあってくれるようだ。
「スティーブンさんは、未来でクラウスさんとすっごい仲良くなれます」
 ライブラのことは内緒、義眼のことは内緒。でもこれくらいならいいだろう。どうせスティーブンだって真に受けない。
「あ〜これは痛そう! 顔におっきい怪我をします。でも相変わらずイケメンですよ、憎たらしいなぁ」
「おっと、それは強敵に出会うのかな」
「いや女性ですね、女性に刺される」
「僕がそんなヘマするわけないだろ」
 当然、いつか彼は顔に傷を負う。でもそれは女性関係ではないだろうとレオナルドも思った。単にザップがよく女性関係で刃傷沙汰になるから、そこから適当に設定を借りただけだ。
 そういえば、とレオナルドは思いだした。ザップが言っていたじゃないか。彼には忘れられない相手がいるのだと。もしかして、その人とはもう出会ってるのだろうか。
「スティーブンさん。今誰かに恋をしてないですか?」
「今? 恋ねぇ……特に思い当たらないけど」
 それならきっと、これからするのだ。何年たっても探し求めてしまうような相手が彼の前に現れる。なんだかレオナルドまで切なくなってくるようだった。
「ありますよ、これから身を焦がすような恋が。心残りを残すような恋です」
「それじゃあ僕がふられるってことかい?」
「そうかも」
 最初にその話をきいたとき、スティーブンが女性にふられるなんてあるわけないと思ったが、今は割と、スティーブンが本気になる相手ほど、彼をふっちまうんだろうなと思っている。彼の恋はかなわないのだ。
 なぜかそう思うと気持ちが和らいだ。この意地悪な気持ちも出来心だろうか。
「どんまいです。でもちゃんと新しい恋はするみたいですよ。大丈夫大丈夫、スティーブンさんは前に進みますよ」
「いったいどこから持ってきた設定だ」
 ドラマか小説の登場人物だと思っているようだった。
「だから未来のスティーブンさんの話ですって」
「女にふられて刺されて、クラウス・V・ラインヘルツと親友?」
「そうそう、十年たっても親友ですよ」
「そいつはすごい」
「二十年たっても三十年たってもたぶん親友ですよ」
 スティーブンは腹をくくって立ちあがった。手には輪ゴム二本、それとレオナルド。
 すくい上げるように手を握られて、椅子を鳴らしながら引っ張られる。酒を飲んでいるはずなのに、なにやらまじめな話になっているクラウスのところに一緒に突撃して行った。
 上達した手品をみせたスティーブンにカルロスが歯ぎしりして悔しがる。クラウスは、レオナルドの予想通り目を輝かせてスティーブンをみた。それがレオナルドにはちょっと誇らしかった。




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