◇

 グールが時間差をおいて二種類でてきたことに、クラウスはいくつか可能性を提示した。
 ひとつめ、蛇は結界の外でグールになった。もともと別の場所にいた全く関係のないグールで、結界の穴から中に入ってきた。これ以上の被害はでない。
 ふたつめ、蛇は結界の中でグールになった。その場合、ブラッドブリードがまだ結界の中にいる可能性がある。もちろん結界の穴から既に出て言っているかもしれない。
 みっつめ――
「つまり、結界の中にブラッドブリードがいるかいないかって話なんだろ?」
 スティーブンは、頭がこんがらがるようなクラウスの話を切って捨てた。一晩一緒に騒いでみて、相手のペースに無理に合わせるのをやめたらしい。
「む、その通りだが」
「少なくともこれまでブラッドブリードはいなかったと思うよ。いたら誰か被害にあってる」
 ブラッドブリード本人がいるのなら、ネズミの強襲があれだけつづいておいて、そのネズミが死んだらぱたりと襲撃が止むのはおかしい。
 クラウスが来るまでは何もない日々だったのだ。
 クラウスは体を精いっぱい縮こまらせながらスティーブンの言葉に頷いている。
「まだ不慣れで申し訳ない」
「いいさ。今回君の仕事は、そこの判断をしてくれるんだろ?」
 付近を練り歩いて、血脈門の開いた痕跡を探す。それが見つからなければ仕事は終わりだ。
 きっとグールはブラッドブリードが通ったあとの爪痕みたいなものだったということになる。
「じゃあチームを組んで、見て回ろう。探し方を教えてくれ」
 クラウスが言うには、血脈門が開くとうっすらミステリーサークルが出来るらしい。高エネルギーが渦を巻いて、周囲の地面や草に独特の模様が刻まれる。
 もしそれらしい痕を見つけたらクラウスを呼んで確認してもらう地道な作業になる。
「俺たちも下に降りようか?」
 人手は多い方がいいだろうとダンが手をあげたが、スティーブンはレオナルドをみて首をふった。
「いや、今まで通りにしてくれ」
 ダンもレオナルドをみて「それがいいね」と頷いた。スティーブンとダンの思惑はたぶんまったく違うだろう。スティーブンは素人のレオナルドを危険から遠ざけて関わらないようにしてくれたのだ。
 いつも通りダンと二人ではずれの建物の屋上にのぼった。
「神々の義眼って、ブラッドブリードを探すことはできるの?」
 レオナルドは一瞬答えるのをためらった。レオナルドは未来へ帰るつもりでいるが、ダンが義眼を惜しんでいるのを肌で感じていたからだ。
 ブラッドブリードの赤いオーラが見えること、諱名が見えることを教えたら、彼はどうするだろう。
「ジュニア……俺ら以外の人がいるかどうか調べてくれるだけでいいんだ」
 仲間が死ぬのはみんな嫌だ。レオナルドだってその気持ちは一緒だ。
 ただレオナルドは今まで一度もそんな場面にであったことはなかったが、ダンは何度も仲間の死を見送ってきたらしいと、会話からなんとなく知っていた。ダンが以前「グールが感情を持ってたら嫌だ」と言ったのは、グールを彼が殺すからだ。鼠や蛇じゃない、かつての仲間だったグールもいたからだ。
 義眼があれば戦いが楽になると知って、誰にも言わずに手離そうとしてくれてる。
 レオナルドはおもいきり目元をこすって、力強く頷いた。
「やります!」
 開いた瞼から青い光が漏れて、円盤状の模様が目の周りに浮かび上がる。
 義眼が展開して、スティーブンたちが入ってる密集林たち全てを視界にいれる。
「えっ」
「どうした? なにかいた?」
「蛇が」
 ついこの前確認したときはもうグールなんていなかったのに、今は赤ずんだオーラをした蛇が蠢いていた。どれも前回の蛇に劣らず巨体で長さがある。
「三匹蛇がいます……全部心臓の位置が違う」
 蛇は生息環境によって心臓の位置がことなる生体だ。木の上ですごすものは頭にちかく、水中ですごすものは頭から遠ざかった位置に心臓をもつ。
 赤いオーラが集中してるのは、やはり鼻と心臓と尾だ。攻撃パターンは似通ってくるだろう。一匹だけ胃にオーラがたまっているのがいた。あれには注意が必要だ。
「人型はいる?」
「ちょっとまってください」
 赤い羽根のようなオーラを探してみるが、目立つようなものはない。蛇をふくめ赤い色を数えてみる。
 五つある。蛇の数より二つ多い。
「……手が二つ……なんだろうあれ」
「手?」
「肘から先だけ。間違いない。ブラッドブリードの手です。この前までいなかったのに」
「……クラウスがくるときに一度結界を解いた。そのとき入ってきたのさ」
 結界のすぐ近くにずっといた。最初の蛇はたぶん結界の外でグールになって穴からはいってきた。今まで大きな被害報告がなかったのは、腕しかないからだ。体がそろってないせいで、ろくに吸血できない。何度も何度も蛇だけの血をすって、蛇は転化が進んでいった。
「スティーブンに知らせる」
「クラウスさんにも」
 ダンは頷いてみんなに無線をいれた。血脈門どころかホンボシのおでましだ。
 血法を使えるスティーブンとクラウスが二つの手にそれぞれ向かう。バディを解いて一人でだ。手だけでもグールにすることができるのならば他の隊員は避難しなければいけない。
 そのかわり蛇の討伐に向かう。
 スティーブンが一人で倒した蛇を、スティーブンなしで倒さなければいけない。
 六人で三匹。
 ブラッドブリードの腕がジョルジオとノーマンにものすごいスピードで近づいていく。
「ダメだ、やめろ。やめろ!」
 レオナルドが届かない声をあげる。
「ジョルジオ! ノーマン! そっちにいったぞ!」
 ダンが無線に叫んでいる。銃で応戦しても相手のスピードが落ちない。まっすぐ二人に向かっていく。体が欠損していて自分の体と大量の血を求めてる。
 腕はジョルジオの首にまっすぐ飛びついて、皮膚をさいた。首から噴き出した血が腕の千切れた部分に集まっていく。
 レオナルドは人がグールになる瞬間を初めて見た。
『ひっ!』
 繋がった無線からはノーマンの悲鳴が聞こえてくる。グールになったジョルジオによって乱射された銃がノーマンの体を貫く。防弾チョッキのない腕と足からは血が流れる。
 木々をなぎ倒すようにクラウスが飛びこんできた。ジョルジオの体は一撃で吹っ飛ぶ。
 クラウスは右手を前に、左手をさげて迎撃の構えでブラッドブリードの腕と向き合う。
 吹っ飛ばされたジョルジオはまだ心臓が潰れていない。背を向けてその場を離れて別の場所にむかう。
『一匹しとめた!』
 ロイドとカルロスの二人だ。これで蛇は残り二匹、胃にオーラが溜まっている蛇のもとにブライアンとフランクが辿り着く。ロイドとカルロスも向かう。
 そこから先は悲惨だった。蛇の胃液はあらゆるものを溶かした。注意を促すために繋げた無線に、先に到着していた二人の肉を焼かれる悲鳴が流れてくる。
 それでも他の指示をするために無線を一旦きらなければいけなかった。その間にその二人が死んだ。
 レオナルドが唇を噛んでいると、ダンが双眼鏡を置いて無線をレオナルドに預けてきた。
 バッグからいくつか道具をだして、ポケットにつめこんでいく。ガンホルダーにはハンドガン。ロープの端についているフックを腰にひっかけて、反対側のフックを屋上の端に固定する。
 紐をひっぱりながら背中から降りる構えをみせた。
「ダンさん!?」
 今にも飛びだそうとしているダンが、何かに気づいたように顔をあげた。
「黙ってたんだけど、魔法陣ならみつけてあるんだ。最初の蛇を倒したところにあったよ。全部おわればあのあたりは焼却予定だから、その前にいってみな」
「なんで、今そんなこと」
「なぁジュニア、俺たちはスティーブンを失うわけにはいかないんだ」
 慌てて見てみれば、スティーブンの向かうブラッドブリードの元には蛇が一匹いる。おまけにグールになったジョルジオが向かっているのも見えた。
「大丈夫さ。俺、今アドレナリン出まくりで全然怖くないんだ」
 ダンの手は震えてた。恐怖ではなく武者震いで。
「レオナルド、スティーブンを頼んだよ」
 トン、と壁を蹴って降りていく。ボールがバウンドしていくような動きで、あっというまに着地したダンはまっすぐスティーブンの元に駆けていった。数分でスティーブンの元にたどりついている。
 ダンに何かを言われて驚いたスティーブンの顔が、レオナルドの目に焼きついた。
 ダンはジョルジオの胸をハンドガンで打ち抜き、蛇にも弾を喰らわせた。レオナルドから心臓の位置をきいている。狙い通り当たったが、かたい鱗にはじかれたのをみて迷わず銃を捨てる。ブラッドブリードがダンに飛び付いてきて体を抉るのを、彼は笑った。血を吸われて彼はじきにグールになってしまう。
 それでもダンは足をとめない。蛇につっこんでいきながら、ポケットから別のものを取り出してピンを抜く。
 レオナルドは耐えられなくて目を閉じた。ドン! 爆発音が当たりをゆさぶる。
 目をあけたときには、爆発でブラッドブリードも蛇も全て四散していた。スティーブンの驚いたままだった顔が、すぐに目つきをかえて無線を手にとっている。
『少年! もう一本の腕の場所を教えてくれ!』
「っ! 南西に距離八百!」
 言ったそばから、クラウスが木っ端みじんに吹っ飛ばしていた。腕だけを十字架に密封する。
「今クラウスさんが倒しました。ロイドさんとカルロスさんが最後の蛇と戦ってます。そのまま右に千ほど進んでください」
 レオナルドは一度無線をおいて、頭を床に打ち付けた。歯を食いしばってコンクリートに爪を立てる。
「くそ、くそ、くそ!」
 涙は流れてこなかった。スティーブンが睨みつけたように、レオナルドも顔をあげて無線を掴む。
「クラウスさん、ノーマンさんは動けません。敵はあと蛇一体です。彼を置いてそっちにむかってください」
 ロイドとカルロスの方は振り回されている尾のせいで近寄れてない。それでいい。近づけば胃液だ。
「ロイドさん、そいつは胃液で全部溶かします。防げないので絶対によけてください」
『了解。簡単に言ってくれる』
「タイミングはこちらで指示します。しばらく吐いてないので、今絶賛溜め中だと思います」
 スティーブンとクラウスも向かっている。
「持ちこたえてください」
 二人が盾にしている木が尾にすっぱりと切られて倒れる。
 蛇が口をひらいて、牙から唾が垂れて落ちる。義眼をさらに開くと胃のオーラが煮え立っている。
「もうすぐ胃液です」
 ロイドはなんでわかるのかと尋ねてこなかった。銃を握り、用心深く蛇の様子を窺う。
 ぐっと蛇が一度頭を下げた。矢のように二人に突っ込んでくる。ロイドとカルロスはそれぞれ左右に分かれてかわす。蛇は体をしならせ、尾でロイドを、口をカルロスに向けた。
「させるか!」
 ロイドは高くジャンプして尾を避けたが、カルロスが逃げ切れない。レオナルドは義眼で蛇の目を思い切りひっくりかえしてやる。
 ぐるりと白目をむいた蛇は、吐き出しかけた胃液を口からまき散らして自分の体を焼いた。
 痛みに暴れた蛇の体が、鞭のよう二人を打ちすえる。
「ロイドさん! カルロスさん!」
 蛇の目はまだ裏返しているが、本来蛇の目はあまり周囲をみることはない。鼻と舌で相手を感じることが多い。たたきつけられて意識を失ったロイドに向かって鎌首を持ちあげた。
『パン!』
 足を変な方に曲げたカルロスが木に背をあずけ、蛇を撃った。銃弾は鱗にはじかれて効果はないが、蛇の狙いはロイドから外れた。カルロスはただ蛇の気をひくために撃ちつづけた。二発目、三発目、四発目、空砲。もう弾が出てこない。
 それでもカルロスは引き金をひきつづけた。何度も、何度も。
 蛇に覆いかぶさるように口をあけられて、カルロスの構えてた銃がだらりとおろされる。
「やっ」
 レオナルドが息をひきつらせた時だった。
『アヴィオンデルセロアブソルート!』
 無線から途切れがちに声が聞こえて、蛇が綺麗に氷に包まれる。
 彼が間にあった。
 レオナルドの無線を握りしめている手が、力が入りすぎて震えている。自分の息がやたら速くなっているのが耳に付き始める。
 遅れてやってきたクラウスが、蛇を硬く包む氷に左から一発ぶち込む。心臓部分を貫いてしとめた。すぐにロイドにかけよって脈をはかり、体を担ぎあげる。
 スティーブンはカルロスの前から動かない。
 様子が変だ。
 スティーブンはカルロスの瞼をおろして、前髪をととのえただけだった。
『ノーマンを拾って一度戻る。少年、先にもどって手当ての準備をしていてくれ』
「そんな……嘘でしょう?」
 無線から返事はこない。
「うそだ、うそだぁ……!」
 無線をまだ握りしめている指が離れない。
 しばらくの間、ずっと動かないカルロスをみていた。
 それでものろのろと立ちあがって、足を引きずるようにブースへ向かいはじめる。生きている人間には手当てが必要だ。


 部屋割を無視して、ロイドとノーマンは一番近い部屋に運び込まれた。ロイドは彼自身の部屋、ノーマンはダンが使っていた部屋だ。
 ロイドは頭を強く打ったせいか、意識が時々戻ってもはっきりしない。ぼんやりと目をあけてはまた閉じる。
 ノーマンは出血量が多いせいでかなり危険な状態だった。止血をし、輸血袋をもってきて点滴をする。明日にでも結界の外の病院につれていかなくてはならない。
 二人を安静にした後は、森に打ち捨てたままだった仲間たちを回収してまわった。ジョルジオとダンだけは血を吸われていたので、散らばっていたブラッドブリードの肉と一緒に燃やした。灰になったブラッドブリードの腕は、本体がよほど力をつけない限りしばらくの間活動できない。
 ノーマンとロイドにはクラウスが付き添ってくれている。スティーブンは一人になりたいと部屋にこもった。
 日が沈んでレオナルドはクラウスにご飯をとどける。寝込んでいる二人を確認すると、最後にスティーブンのもとにいった。彼はベッドで、うなだれて自分の足ばかりを見ていた。
「少年か」
「はい、あの、スティーブンさん」
「すまない。君を巻き込んで嫌な思いを味あわせちまったな」
 レオナルドは首を振った。そうじゃない。アドルフのときのように、今回ばかりは自分のせいだなんて言わない。誰のせいでもなかった。
「気を利かせてくれたのはわかるよ。でもほっといてくれ」
「スティーブンさん、あの、僕」
「出て行けといってるんだ」
 イラついたことを隠しもしないでスティーブンは吐き捨てた。レオナルドは持ってきた食料をサイドチェストに置いた。
「嫌です。出ていきません」
「はぁ?」
「あなたを一人にしたくない」
「なんだそれ」
 スティーブンは乱暴に足を踏みならして、床に氷をはる。今にも食いつきそうな野犬の目つきをして、明確な殺意。いつかのババ抜での脅しなんて、子供だましに感じられるほどだった。
 今なら彼は本気でレオナルドを傷つけるだろう。
 それでもレオナルドは絶対に目をそらさなかった。彼を一人にしたくない。一人には――なりたくない。
「お前、じゃあ俺を慰めろよ」
 スティーブンから初めて聞く乱暴な口調だった。
「出ていかないなら服を脱いで足を開け。俺のをしゃぶって、尻をさしだしてみろ!」
 怒声にびびって体を跳ねさせたレオナルドは、両手で服の前を握りしめた。守るような仕草に、スティーブンは眉をしかめて顔をそらす。
 レオナルドの返事はかすれて、小さかった。
「……部屋で、準備を、してきたんです」
 胸元を握って震えていた手が、えりをつかんで服を体から抜く。ズボンに親指をかけ、一息に下着ごと滑りおとした。
 レオナルドは最初からスティーブンと二人で奈落の底まで転がり落ちるつもりだった。一糸まとわぬ姿を彼にさらす。
 信じられないものをみているようなスティーブンの膝にまたがるようにベッドに乗り上げると、彼の服にも手をかけた。
 ボタンが全然うまく外せない。手が震えているせいだ。
 なんとか一番上のボタンをはずしたところで、スティーブンがレオナルドの手を包みこんで止めた。代わりに彼自ら下までのボタンをはずしていく。
 シャツを落として露わになった体はたくましく、小さな傷痕がいくつもついていた。はじめてみる刺青は、心臓の上に太陽が描かれているもので,首筋に見えていたのはフレアの一部だったようだ。
 ベルトも外されたのをみて、レオナルドはスティーブンの膝を降りて隣に座りなおす。おそるおそる、彼に言われた通りにしゃぶろうとして頭をさげると、頬を掬い上げられた。
 そんなことはしなくていいよというように、見つめあって、スティーブンはレオナルドに唇を触れ合わせた。怒鳴りつけたのが嘘のように、彼は優しくレオナルドにキスをする。
 触れて、離れて、また触れて。
 そうして、スティーブンは丁寧にレオナルドを抱いた。



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