3


「あれ?」
 その日、いつものように双眼鏡で義眼を隠して上から皆を見ていたレオナルドは、小さな違和感に思わず声をあげた。
 グールネズミ達は徐々に数を減らしてきていた。交戦する回数も随分減ったためか、闘っているスティーブンたちの間でもときどきそのことが話題に上ることもあった。
 レオナルドは少し前にこっそり義眼で正確な数を数えてみたが、十一体にまで減っていた。
「ダンさん、グールが、なんか変です」
「ん、もう見つけたの。どこにいる?」
「北東です、距離千四百……なんていうか」
 ネズミ達は一か所に固まって、ぐるぐると同じ場所ばかりで動いて、大きく移動しようとはしない。
 ダンは近くにいるロイドとカルロスにそのことを伝えて、二人が討伐に向かった。数が固まっているからスティーブンとブライアンにも同じような連絡をする。
 レオナルドはその間、改めて数を確認した。双眼鏡の下で義眼を使って隠れているグールネズミをオーラで見つけようとする。すると、さっき見つけた他にはグールネズミはもういなかった。身を寄せ合うようにしている五体しかいない。
 おおよそ半分が、退治もしていないのに数が減って、残った半分は一か所に集まっている。
「なんか、怯えてる?」
 それが素直な感想だった。さながら生き物が、外敵に出会って警戒している姿に見えた。
 けれどダンは、やめてくれ、と吐き捨てる。
「グールが感情なんて持ってたら俺は嫌だね」
 声に頑なな感じがして、レオナルドはそれ以上言わなかった。レオナルドはグール退治をしたことがない。ダンの心のうちを窺い知ることはできなかった。
 そうはいってもネズミ達の動きは妙だ。それだけでも皆に伝えておいた方がいいかもしれないが、それをこの流れでダンに頼むのは気が引けた。
 なにかもっと目に見えるものを、と改めて目を向けて、レオナルドはぎょっとして叫んだ。
「蛇だ!」
 灰色の巨大な蛇がずるずると動いている。それが、ネズミ達に忍び寄っていた。とんでもなく長く、太い。人間でも丸のみにできそうだ。地面に同化する体に、真っ赤な目だけが宝石のように光っていた。
 レオナルドの眼には、纏うオーラがほのかに赤みを帯びているのが見えた。
 ダンも慌てて無線に叫んでいる。
「新手のグールだ! オピオンがでた!」
「ダンさん。あいつ腹がちょっと膨らんでる、ネズミを食ってるんじゃ」
「スティーブン、ジュニアが言うには、最近ラタトスクが数を減らしてるのはあいつが原因じゃないかって」
 無線からスティーブンの苦々しい声が返ってくる
『あー、つまり、そういうことか……』
「うん、グールがグールを食うなんて、結構まずいよ。転化が進んでるやつかも」
 レオナルドは青い光が漏れないよう双眼鏡を強く押し当てて、少し詳しく義眼の視界を開く=B
 蛇に諱名は見られない。ただ心臓部近くのオーラが一段と赤く、力強い。
 何度もブラッドブリードの諱名を見るうちに、レオナルドは彼らの赤い羽根が背中から出ているわけではないことに気づいた。真っ赤なオーラは彼らの全身を薄く包み、余ったほとんどが心臓から放たれて後ろに広がる。おそらくそこがブラッドブリードの核だからだ。
 諱名だって、心臓から読みとる。心臓をもたない体の一部だけでは諱名はよめない。
 今までのネズミの心臓は赤く染まってはいなかったが、今度の蛇は、その心臓部のオーラが、赤い羽根が羽化を始めるかのように膨らんでいる。
「ダンさん、転化が進んでるって、どういうことですか」
「さらなる化け物に進化しそうってことさ」
「……ちゃんと教えてください」
 たぶん、レオナルドは知っておいた方がいい。ライブラの講義でならったのは、血を吸われたらグールになるから戦闘中は近づきすぎないように、という大雑把なものでしかない。
 詳細を知らないままに見るのと、知っていることを元に見るのじゃ、全然違う。
 ダンは少し悩んだが、蛇は皆のすぐ側にまで迫っている。信じないかもしれないけれど、と前置きをして教えてくれた。
「俺たちは吸血鬼を退治する専門家なんだ」
「信じます」
「やつらはブラッドブリード。生き物の血を吸って仲間を増やす。それを転化という。詳しく解明されてないけど、転化には何か作法があって、その作法通りに行わなければ、ああいう化け物になるんだ」
 血を吸う回数、場所、吸い方、転化の方法には諸説あるが、どれも推測の域を出ない。十三回吸わなければいけない、だとか。首、両手首、両足首、五か所を吸わなければいけない、だとか。
「グールはただの化け物さ。でも転化が進んでブラッドブリードに近づくと、逆に行動パターンが普通の生き物みたいなる。あの蛇がネズミを食べたなら、そうとうヤバい」
「どうやばいんですか」
「体はもっと化け物みたいになるんだ。まず力が強くなって、怪我の治りがはやくなる。知能もあがる。最悪のケースだと体が変形したり特殊能力をもったりする」
 わかりやすい所で言えば、火を吹くドラゴン。これは大トカゲが転化した一例だ。世間一般で有名なクリーチャーは、ブラッドブリードの吸血によって生まれたグールたちの、実際の逸話であるケースが多い。特に手に負えなかったものや大きな被害を出したものに退治の話が残っている。
「特殊能力、ですか」
「しかも今日は完全に調査不足」
 切迫した状況のはずなのに、ダンの声には余裕があった。
「大丈夫なんですか?」
「うん、俺達にはスティーブンがいるからね」
 最初の頃こそ十代だと思ったダンが、今では随分大人に見える。スティーブンの能力はレオナルドもよく知っているし、十分すごいとも思う。けれどダンのように自信を持つことはできない。
 ダンは一瞬だけレオナルドに視線をあわせるとニッと笑って、またすぐに蛇と睨みあった。
「見てて、あいつチートだから」
 五匹の猪サイズのネズミを蛇が飲みこみ、それでもその筒状の胴体はまだ満腹にならないようだ。
 いち早く辿りついたロイドとカルロスにその牙が向けられる。レオナルドの目には、鼻と尾にオーラが集まってるのが見えて、牙よりもそっちの方が心配だった。
 どう伝えよう、と迷ってる間にロイドが銃で何発か銃弾が撃ち込んだ。蛇の傷口はあっという間にふさがっていく。
「再生してる。どうするんですか?」
「心臓を狙う。グールはブラッドブリードと違って不死じゃない、心臓が核だよ……やっべ、蛇の心臓ってどこだ」
 距離をとって闘っているロイド達のところに、スティーブンとブライアンが遅れて到着する。
 スティーブンがまず蛇の頭を凍らせる。やっぱり牙を危険視したようだった。大きくしなった尾を高く飛んでかわす、近くの木がすっぱり切れた。
 伝えなくてもこれで尻尾は警戒するだろう。鼻先の方も、氷で封印されている。
 もう一撃、ブライアンに向かってきた尾を、前に飛び出たスティーブンが氷の盾で受け止め、更に蛇の全身を串刺しにする。
「さすが」
 ダンが思わず感嘆した。
 しかし大きく痙攣した蛇は、ブラッドブリードほどのスピードではなくとも、傷をふさぎ始める。
『ダン、お前、蛇の心臓の位置知ってるか?』
「さっぱり。四肢があるやつはだいたいわかるんだけど」
 蛇よりスティーブンの方が強くても、急所の位置にやっぱり困っているようだった。
 スティーブンは危なげなく攻防をつづける。まぐれで心臓に当たるのを待っていようかと、大人しく様子を見守っていたが、蛇の頭を覆う氷が融け始めている。鼻から出してる何かで自分の顔ごと溶かしている。蛇の骨が見え始めたころに、内側から氷に亀裂が走った。その場の四人は全員尾の方に意識が向いている。焦るレオナルドだけが、鼻先がついにのぞいたのに気付いた。
 双眼鏡をかなぐり捨てて、無線をダンの手ごと口元にひっぱってどなりつけた。ダンの目が驚愕で見開かれる。
「鼻からなんか出ます!」
 叫んだのとコンマ数秒差で蛇の頭を覆っている氷が弾け飛び、黄緑色のガスが当たりを覆った。その色を切り取るように一閃する光がある。
「スティーブンさん! 右から尾! 前から牙です!」
 無線越しに、ガギン! と大きな音がした。つい反射的に息を飲んだが、瘴気の中全員が鼻と口を押さえ、それを大きな氷塊が守るようにそびえたっているのが見える。
「口から二mくらいのところ、そこが一番治りが早いです。他のところはまだ抉れてるのに、もう肉が盛りはじめてる」
 レオナルドからの無線で、スティーブンの視線と、唇が動いた。エスメラルダ式血統道。記憶を辿って頭にリピートされた声と、無線から流れてきた声が重なる。
『エスパーダデルセロアブソルート!』
 ステップのように三本の氷の刃が連続で地面からつきだして蛇に叩きこまれる。
 のけぞった蛇は尾をふりかぶって、そのまま力つきて沈黙した。
 黄緑色の視界が晴れた頃に、他のメンバーもようやく集まりだしている。特に渦中にいた四人は肩をたたきあっていた。
 レオナルドもダンに笑顔を向ける。ダンもほっとした顔をしていたものの、しだいに顔を曇らせて無線をおいた。
「……ジュニア」
 トーンを落としたその声に、はっと気づいて開きっぱなしだった目を閉じた。
 白目のない光る青い眼、みられてしまえばもう誤魔化しようがない。
「神々の義眼……ほんとに存在するとは思わなかった。保有者だったんだね」
「……すみません、黙ってて」
 視力がいいのも、視野が広いのも、ダンはずっと不審に思っていただろう。同じことをしているからこそ、レオナルドの異常ぶりに時々ぞっとするような顔をしていた。
「なんていうか、おかげで助かったよ。話にきいてただけのときは、目がいいだけだと思ってたけど、やっぱり義眼って凄いんだね。自慢したらいいのに」
「これは自慢できるようなもんじゃないです」
 ミシェーラの犠牲と、自分の臆病が招いたものだ。今でも放り出して逃げだしたい気持ちになることがある。
「内緒にしてくれませんか。あの、皆には」
「義眼ってばれたら狙われる? あいつらなら守ってくれるさ」
「そういうことじゃなくて、とにかくダメなんです…………ごめんなさい」
 ダメ、というよりも、イヤなのかもしれない。
 お願いしますと言う声が、自分でも泣きそうだと思った。ダンは小さく溜息を吐く。
「俺は、スティーブンには言っておいた方がいいと思う。あいつは隊長だ。――夜にまた話そう。皆のところに行かなきゃ」


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