ダンと二人、密集林にほど近い建物の屋上に陣取る。ダンはバッグにいくつか荷物をいれていて、手には無線と双眼鏡。双眼鏡はレオナルドももらった。
「ジュニア、先に言っとかないといけないことがあるんだ」
「うす」
「俺達が退治する敵について」
 神妙に声を落ちつかせて話すダンに、ごきゅんとレオナルドの喉がなった。ブラッドブリードとは対峙したことがある。何度か密封にも関わった。それで、今度のブラッドブリードはどういうやつなのだろう。
 そもそもレオナルドは、諱名を使わない退治の方法を知らない。
「俺達の敵は――チュパカブラなんだ」
「…………チュパ、え? チュパカブラ? あの山羊の血を吸う?」
「うん、まぁ、山羊の血は吸わないけど」
「背中にトゲがある、あのチュパカブラ?」
「うん、まぁ、背中にトゲはないと思うけど」
 それってチュパカブラって言わないんじゃないか。チュパカブラはツチノコやネッシーと同じで、空想上の生き物だが見た目や特性は広くしられている。ツチノコだったら腹の膨らんだ蛇、高く跳ねる、といったように。
 チュパカブラだったら背中にトゲがないと。
「そうだなぁ、イメージ的にはゾンビって言った方がわかりやすいかも。俺たちはグールって呼んでるんだけど」
「グール」
 レオナルドはチェインの録画でしか見たことがないが、ライブラで軽く講義されたことを思い出す。ブラッドブリードに転化の手順を踏まずに血を吸われた人間の末路だ。
 ダンが吸血鬼についても説明する気があったなら、チュパカブラの伝承には吸血鬼に血を吸われた者の慣れの果てという説があることを教えていただろう。
「……ゾンビっていったら人間の死体ですよね」
「そうそう。今回は動物ゾンビだから人型はいないけど、どっちにしろ化け物さ。みたらすぐわかる」
 人型がいないという言葉にレオナルドは少し安心する。ブラッドブリードは今回の討伐対象ではないらしい。
 それに人型のゾンビ――グールがいたら、それは誰か(もしかすると彼らの仲間)がブラッドブリードに襲われたということだ。
 化け物、といったときにダンは目を伏せた。
「今回は何のゾンビなんすか」
「えー受け入れが早いなぁ……今回はラタトスク系、ネズミのゾンビ」
「うへぇ、大変そう」
「めっちゃでかいんだ。猪くらいでかい」
 そろそろくるぞ、とダンが林を見る。黒い塊がいくつも木立の中を走りぬけていく。十体近くを、メンバーたちはサッカーの陣形ように広がって迎えうつ構えでいる。
 レオナルドは双眼鏡で目をかくした。グールネズミの位置と仲間の位置の把握、伝達。時々ライブラでやっていることと同じ。レオナルドにはお手の物だ。
「ジュニア、全体の位置を把握しながら適宜双眼鏡を使うんだよ」
 スティーブンがレオナルドに期待したのも、まず裸眼による情報収集力だった。双眼鏡はサポートの役割しかない。
「うす」
 申し訳ないがアドバイスは聞き流す。双眼鏡は普段の感覚を僅かに狂わすが、義眼を隠すためだ。


 結果としてレオナルドはチームに絶賛された。
 ネズミの厄介なところは、強い顎と硬い歯による攻撃もだが、どこに潜んだかすぐに分からなくなることだ。ネズミ達は巨体と重量のわりに素早く動き、上から見ていても木陰や地形によって見失ってしまうことがある。
 そのネズミ達の動きをレオナルドは見切り、メンバーの位置も広すぎる視界でとらえきった。正確な数と位置を把握し続け、離れた位置にいる男たち全てをカバーする援護には安定感がある。
 作戦の後にダンは、まるで右と左が同時に見えているようだね、と感嘆した。双眼鏡をつけっぱなしで、視力の良さはあんまり関係なかったことも苦笑される。
 それは義眼ありきのものだ。ズルをしているようで、レオナルドは小さく笑っておくだけにした。
 スティーブンも、「お見事、これからも頼むよ」と声をかけてきたが、こちらは上辺でしかないだろう。ゴーストワゴン事件解決の際、包帯まみれのレオナルドがスティーブンと初めて会ったときと同じ調子の声だった。その時もうさんくさいと思っていたが、二年彼の部下をやった後に改めて聞くと、よくわかる。
 線引きして距離を置いていることを、おおっぴらにする気はないようだが、上手に隠すつもりもないらしい。

  ◇

 すべてのネズミ達が一度に仕掛けてくることはない。数グループが入れ替わり立ち替わり、まるで当番でも決めているように短いスパンで押し寄せてくる。
 レオナルドは一般人であることにもお構いなしに作戦に組み込まれ、夜中にだってネズミからの敵襲にたたき起された。
 もとの時間に戻らなければ、という気持ちはレオナルドにもあったが、正直なところ当てはまったくなかったし、昼間はほとんどダンとセット、夜は鍵付きの部屋。スティーブンたちの目を盗んで何かを調べることはできなかった。
 そもそも抜け出せたとして、どこにグールが潜んでいるのかわからない。一人で出会ってしまったらそこでジ・エンド、人生終了だ。
 スティーブンがレオナルドを作戦に使うたびに、会話が増える度に、やっぱり打ち明けてしまおうかとも思った。
 事情に慣れて冷静になってきた本心は、もしかして未来を変えられるのではないか、という気持ちが強くなっている。義眼をもたずにすむかもしれない。
 諱名が読めることさえ隠せば、スティーブンはレオナルドとミシェーラがあの日あの場所に立ち寄るのを阻止してくれるかもしれない。
 ミシェーラの目を取り戻せるまたとないチャンスだ。
 そう思うのにレオナルドは気分が沈んでいく。この方法は、あまり使いたくなかった。
 悩んで、考えるのをやめた。
 しばらくはスティーブンたちのグール退治の協力に専念して、終わってから考えよう。どうせ戻る方法すらまだわからないのだから。


 男たちの夜はお酒が入って、うまくいった作戦の日にはみんないい気分で歌って飲む。レオナルドも少し度数がきつい酒をもらう。
 四人がテーブルを囲み、レオナルドもそこに招かれて座った。ポーカーが分からないといったから、レオナルドにあわせてゲームがババ抜きに変更された。変更のお詫びにレオナルドがカードをきる。
「ジュニア、今夜俺の部屋に来ないか?」
「フランクさんの部屋? なんかあるんすか?」
「いいことがある」
 若干前のめりに話しかけてくるフランクに、レオナルドは首を傾げた。どの部屋も装飾は変わらないと思うが、上階のほうがベッドがやわらかいとか違いがあるんだろうか。それともラジオをもってるのかもしれない。
 正直テレビがない生活にうんざりしていたレオナルドは、カードをきる手はそのままに顔をあげた。
「あの、じゃあ」
「やめとけ少年。フランクのそれは夜のお誘いだぞ」
 円陣にまざるように、スティーブンが隣の椅子に腰をおろした。スティーブンを見て、フランクを見る。彼は視線を泳がせて、叱られた子どもみたいな顔をしていた。他のメンツはスティーブンが入ってきたことで急に言葉をにごして苦笑しているだけになった。
「夜の、って、え!? 僕男なのに!?」
「男ばかり集まって何日も過ごすとな、あるぜ。そういうこと」
そうなのかと周りを見まわすが、誰も否定はしないようだった。
「え、スティーブンさんも?」
「そう見える?」
「あ、いえー女性に苦労してないように見えますー」
「そうだろう、そうだろう」
 1、2、3、4、とカードを配り始める。ちょっと迷ったが、素振りにはださずにスティーブンの前にもカードを配った。
 六人でババ抜きなんてすると、手持ちのカードは八枚か九枚になる。そうなると最初に手札はあまり揃わない。レオナルドは一枚も減らすことができなかった。
 ぱらぱらと中央に数組だけが捨てられるなか、スティーブンは三組すてて残り二枚になっている。
 イケメンには運すら味方するのか。
「フランクさん、ラジオとか持ってるかもって思ったんですけど」
「ラジオならブライアンが持ってるよ」
 隣のジョルジオがレオナルドからカードをひきながら答えた。向かいのノーマンがにやにやとレオナルドをみる。
「で? ジュニアどう? フランクはいい男だけど」
「僕はじめては女の人がいいっす」
「えっはじめてなの?」
 それは悪かったとフランクはあっさりひいた。腕を捻ったことも謝ってくれたし、ベッドに誘われたのにはびっくりしたが、悪い人ではない。引き下がらないのはノーマンの方だった。
「おいおい二十二だろ? もうフランクで童貞捨てちゃえよ」
「退治が終わったら女性を紹介しようか?」
 今度はスティーブン。
「……ぼかぁ恋愛がしたいんですよ」
「そう? 諦めた方が早いんじゃない?」
 そんな失礼なことをいいながら、スティーブンがノーマンからカードをひく。ノーマンは噴き出すほどに笑って、スティーブンの機嫌が一気に下がった。
 次にスティーブンからカードをひくのはレオナルドだが、いやな展開になった気がする。
 スティーブンは手にしたばかりのカードを手札の中央、カードの半分が飛び出るくらいに刺して目立つようにする。それをレオナルドにむけて、にこりと薄く歯を見せるように微笑んだ。目はいっさい笑ってない。今にも人を殺せそうな目つきで「このカードをひけ」と睨んでくる。
 レオナルドは恐怖に負けて、無言で強要されたそのカードをひいた。
 案の定、ジョーカーだ。
(すげぇ負けず嫌い)
 泣く泣く振りかえって、今度はジョルジオにカードをさしだす。うけとったまま右端にいれて、手札をきる余裕もなかった。
 ジョルジオは、ちょっと迷って、手札に差し込んだだけの右端のジョーカーをとってくれた。ババだってわかっていたはずなのに、どうしたんだろうと思いながら、またスティーブンのカードをひくために振り返った。
 スティーブンはレオナルドと顔をあわせると、耐えきれないというように笑いだした。
「は、あっは! はは! 君ってやつは、とんでもないな!」
「えっ、え、なんです? なに?」
 あたふたとジョルジオとスティーブンを交互に見る。するとスティーブン以外の他のメンバーまで笑いだした。
「な、なんすか!?」
「顔に出すぎだよ。そんなに僕が怖かった?」
 鼻をつままれながらそう言われてしまう。レオナルドは、ジョルジオがわざとババをひいてくれるほどに、スティーブンの睨みに怯えきった顔をしていたらしい。
 だって本当に、ちびりそうなくらい怖かった。
 目の前にいるスティーブンは、レオナルドが知っているより九歳も若くて、未来よりは歳が近いが、既に牙狩りで隊長を勤めている男だ。ライブラでも追いつけない人だと十分思っていたが、どうにも同じ年のころからすでに大きい開きがあったらしい。
「ひどいっすよ。皆で笑って……」
 レオナルドの情けない口調に、フランクがフォローを入れてくれる。
「一般人を本気で脅すスティーブン隊長が悪いですよ」
「そりゃそうだ。僕が悪かった」
 お詫びにとスティーブンはショットグラスの酒をイッキに飲んで陽気に笑い、もうしないと言った。ただ彼は、二度目のババが回ってくる前にカードをそろえて勝ち抜けしてしまって、約束が果たされたのか逃げられたのか、わからないところだ。

 レオナルドは寝る前にブライアンにラジオを借りようと思ったが、彼はフランクと階段をのぼっていった。




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