2


 住人が一人もいない街中を歩いて、レオナルドは男のブースとやらに案内された。
 無人になった建物に荷物を運びこんで、拠点にしているようだった。内装すらコンクリートがむき出しで殺風景なものだったが、一階のロビー部分はそれなりに広い。奥にカウンターがあり、その後ろの棚には酒瓶がずらりとならんでいる。酒場なのだろう。
 客用におかれた机の一つに、同じように戦闘服を身にまとった男たちが六人ほど座っていた。
「フランク! アドルフはどうした?」
「……あー、はぐれたんだよ」
 次に男たちの視線がレオナルドに集まった。十二個の目を一斉にむけられて、反射的にレオナルドの体が緊張する。
「その子はなんだ? お前の子か?」
「でかい隠し子だな」
「母親はブライアンか」
 立て続けに揶揄がとんで、レオナルドを連れてきた男が苦笑する。
「彼はスティーブンだよ」
「スティーブンとの子かよ」
「やめてくれ、今度こそ殺されちまう」
 ちらりと促すような、フランクと呼ばれた男の視線をうけて、レオナルドは「スティーブン・ウォッチです」と名乗った。本来とは違う名前を名乗るのに、どうしようもない違和感が付きまとったが、一度ついた嘘を撤回することも難しかった。
「そこで保護したんだ。頭をうって記憶が混乱してるらしい」
「血が出てるじゃないか!」
 男たちはレオナルドの傷の具合を確認して慣れた様子で手当てをしていく。包帯をぐるぐる巻きながら、目の前ではレオナルドの処遇が話あわれる。
「どうする?」
「しょうがないだろう」
「そもそもなんで逃げ遅れた民間人なんて」
「どっちにしろ面倒みるしかない」
 レオナルドは黙って事のなりゆきを見ていたが、しばらくしてスキンヘッドの黒人が代表してレオナルドの正面にきた。
 曰く、彼らはちょっと特殊な退治の専門家なのだという。このあたり一帯がその退治≠フ対象になっているせいで、封鎖されて隔離状態にあるらしい。
 ところどころ言葉が濁されて肝心なことは教えられなかったが、つまるところレオナルドは彼らとしばらく行動を共にするしかない、ということらしかった
「隊長が戻ってきたら、詳しく身の振り方が決まると思うんだが……悪いな」
「いえ、その。僕の方こそなんかすみません」
 どうして逃げ遅れた民間人が、という言葉に、レオナルドは彼らが魔法陣に何ら関係ないだろうと見当をつけた。レオナルドはおそらく住民の避難が終わったあとでここに飛びこんできてしまったのだ。
「とにかく俺達はしばらく運命共同体だ。よろしく、スティーブン。俺はロイド、こう見えて好きな映画はラブロマンスだ」
黒人の男――ロイドに続いて、他の男たちも口々に名乗り出した。
「俺はフランク、さっきは腕捻っちゃってごめんな」
「ノーマン、まぁ楽しくやろうぜ」
「カルロスだ。君がレッドソックスのファンだと嬉しいな」
「僕はジョルジオ。趣味は読書です」
「ダンだよ。そばかす治す方法知ってたら教えて」
 そんなに目立つそばかすでもなかったが、その一言で周りに頬笑みがさざ波のように広がった。くしゃくしゃと赤毛をかき混ぜられている。赤毛は童顔だと言うが、ダンはレオナルドよりも年下に見える。
「お、帰って来た」
 一人がレオナルドの後ろをみて体を伸びあがらせる。隊長だよ、と耳打ちをされたレオナルドは挨拶をしようと振り向いて、その男を見たとたん体が凍りついた。
 入口には二人の男。ロイドがその二人にレオナルドの説明をしている。
 一人は何の疑いももたずにレオナルドに近づいて挨拶をしてくれた。
「やぁブライアンだ」
 もう一人はその後ろで、レオナルドを鏡にうつしている。癖のある髪に、整った顔立ち。
 彼の体がひょろりと長い印象がするのは撫で肩のせいで、下半身は鉄扉をぶちぬくような蹴りを放つことをレオナルドは知っている。
「災難だったらしいな、スティーブン少年。僕もスティーブンっていうんだ。スティーブン・A・スターフェイズ。この部隊の隊長をしている」
 どこから見たって、彼は間違いなくレオナルドの上司のスティーブンだった。ただし、ライブラの彼とは小さな差がある。
 髪は知っているよりも黒々と艶があって、目の周りには張りがある。年齢は二十代前半だろう。なにより左頬に彼のトレードマークである傷がない。
 急にフランクがヘルサレムズ・ロットを知らなかったことが気になり始めた。
(まさか)
 嫌な汗が背中を流れる。てっきりテレポーテーションの魔法陣でヘルサレムズ・ロットの外に飛ばされてしまったのだと思っていたが、こうなると事情が変わってくる。
 スティーブンはさっき、鏡を使ってレオナルドを映していた。その確認作業も、よく知っている。特殊な退治≠する彼らが、どういう組織なのか想像がついた。
 牙狩りだ。その彼らがヘルサレムズ・ロットを知らないなんて、あり得ない。そして、スティーブンそっくりの若い男。
「あの、今って西暦何年ですか」
 スティーブンの目は冷ややかでレオナルドを観察するものだったが、ダンが今気づいたと言う顔で相槌をつないでくれた。
「そうか君、頭をうったんだっけ」
「あ、はい。そうです、それです」
 突き刺さってくるスティーブンの視線を意識しないようにレオナルドは顔をそらす。ダンが教えてくれたのは、九年前の西暦だった。まだ紐育が崩壊しておらず、それどころかレオナルドはジュニアハイに通っている年だ。
 そのうち最後にもう一人男が帰って来た。スティーブンの値踏みの視線は少し厳しくなってそちらへ向かう。
「アドルフ!」
 叱責するような声音にアドルフと呼ばれた男の肩が跳ねる。
「またフランクとはぐれたって? フランクも、お前自身も危険に晒すんだって何度言えばわかるんだ」
 神経質そうな目がスティーブンを見ないようにうろうろと周りを見回した。
 スティーブンは溜息をつきながらいくつか小言をもらしているが、レオナルドにすら相手にその言葉が響いているようには見えない。ザップ相手に足音一つで黙らせている姿からは程遠い。


 その日の晩レオナルドは男たちの携帯食料を一口ずつ集める形でわけてもらった。
 一階のロビーは酒場だが、上の階はモーテルになっていて、余っていた部屋を借してもらう。外から鍵をかけられて、埃の匂いがするベッドにレオナルドはもぐりこんだ。寝返りの度に、巻かれた包帯がこめかみで擦れる。
(魔法陣のことは、言わない方がいいかも)
 スティーブンが鏡を取り出した姿を思い出す。きっと、ライブラに入ったばかりのころよりも強く警戒されている。
 未来からきたあなたの部下です、なんて言って信じるような人じゃない。今ですら控えめにいっても不審人物だ。おまけに未来の秘密結社からきましたなんて、設定が盛りすぎてて苦しい。
 タイムパラドックスを引き起こして未来を変えてしまうのも怖い。考えれば考えるほど地面が遠のくような気がする。
 トイレなんかにあった魔法陣のせいで、途方もないところに投げだされてしまった。

  ◇

 翌日の朝は比較的ゆっくりとはじまった。緊張からか日の出より前に目が覚めたレオナルドが、身支度を整え床を掃除し、ベッドメイクすら整えた後に部屋の鍵が開けられた。
 既にメンバーが集まっている一階に降りて行くと、昨日最後に現れたアドルフと目があう。彼にも自己紹介をしておこうと思ったが先に視線をそらされてしまった。
「おはようジュニア」
「おぉ、おはようスティーブンジュニア」
「なんすか、ジュニアて。僕みなさんとそんなに歳かわんないはずですけど」
 二十二ですよ、と実年齢をあかせば一瞬不自然な間が生まれた。朝食を食べていたり武器の手入れをしていたり、各々のことをしていたメンバーたちの視線がレオナルドに集まる。
 目は口ほどにものを言うらしいが、しっかりその主張は読みとれた。
「ほんとですって! 成人してます!」
「あー、名前が紛らわしいんだし。いいだろう?」
 フランクが場を濁すように言って、話を流そうとする。ダンも合いの手をいれた。
「どっちにしろ君が最年少だもの」
「えっ?……え、だって」
 ダンは下手をすると十代に見えるような外見をしている。その彼をもって、レオナルドが最年少だと言われてしまった。ダンは慣れた様子で肩をすくめてみせる。
「俺? 俺は二十六だよ」
 思っても見なかった年齢にレオナルドは唖然とした。他のメンバーはこういう勘違いに慣れているのか反応が薄い。ロイドが苦笑を投げかけた。
「まぁみんな歳が近いんだ。細かいことは気にしなくていいだろ? ん?」
「歳が近いのにジュニアって呼ばれるのは全然細かくないですよ」
 レオナルドは唸るように歯をかみしめる。スティーブンジュニアなんて、その人の息子につくような呼び名なんだから本物の<Xティーブンも他人事じゃない。彼はまるで苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
 ざっとメンバーの歳をきいてみれば、確かにレオナルドが最年少だったが、ノーマンとジョルジオは同い年だった。最年長はアドルフとロイドの二十八歳。ちなみにスティーブンは、二十四歳だった。
「少年、朝ご飯を食べながら昼からの作戦の説明を聞いてくれないか」
「……スティーブンさんは少年って呼ぶんですか」
「僕だってジュニアは反対したんだよ。でも結局君とセットでからかわれてるんだ」
 夜と同様、一欠けらずつをわけた朝食を皿にいれてもらう。
 スティーブンに説明されたのは、作戦の間一般人であるレオナルドをどうしておくか、ということだった。
 身元が不明な人間を一人にさせるわけにもいかないし、かといって一般人を現場につれていくのはもっと駄目だ。つまり、後方支援の方で手伝いをしながら監視されることになるだろう、とレオナルドは先読みした。
 その通り,スティーブンからは、ダンと一緒に全体の動きを俯瞰し敵の位置や動きを伝えてほしいということだった。
「敵がそっちに行くことはないと思う。まぁ、目の悪い君に期待はしてないよ。ダンの邪魔をしないでくれたらいい」
「なんでそんな誤解をしてるか知らないすけど、僕目はいいですよ」
「……目を細めてるのは近視の特徴だろ?」
「そうなんすか? でも僕見るのはすごいできますよ」
 スティーブンは言葉が通じてないみたいに首をかしげた。つられてレオナルドも首を傾げる。
 ノーマンが悪戯を思いついたように。ペンを片手に壁際に立った。大きくCの字を書く。視力検査のつもりらしい。
「おーいジュニア、これはどう?」
 レオナルドのかわりに、穴のあいた向きをカルロスが叫んだ。
「右だ! それじゃ簡単すぎるぞ!」
 ノーマンは次に少し小さく記号を隣に書いた。やっぱりレオナルドじゃないメンバーが勝手に答える。肩幅くらいあった記号が、どんどん小さくなっていく。手のひらサイズになると、壁から距離が離れているメンバーは答えられなくなってきた。
「ジュニア、見えてるか?」
「見えてますよ、上」
 ようやくレオナルドも参戦しだした。右、上、右下、左、男たちと一緒によどみなく進んでいく。手のひらサイズはそのうち小指のサイズになって、男たちの声はどんどん減っていった。最後にはカルロスとの一騎打ちになったが、そのカルロスもそのうち答えられなくなった。
 レオナルドは一人、まだすらすらと答え続ける。新しい記号を書くたびにどんどん壁の端によっていくノーマンの顔が引きつり始める。
「嘘だろ、まだ見えるのか?」
 レオナルドの目にはまっているのは神々の義眼だ。記号が潰れてしまうくらいに小さくなっても読みとれてしまうだろう。
 ノーマンがついに笑みを引っ込めて、今までと違う記号をかいた。ちいさく、爪の先ほどのそれを、レオナルドは間違えず答える。
「アルファベットのe」
 ついにノーマンがハンズアップして降参した。自然と拍手喝采が起きる。中には数人がレオナルドと同じ位置に来て小さな記号を見ては、口をあんぐり開けたりした。
 少し得意げになったレオナルドに、スティーブンが「なるほど」と呟いた。わぁわぁ騒がしい中でその声は聞こえなかったものの、彼がにっこりと笑ったのは見えた。
 その笑みの意味がわかったのは昼になってすぐ。後方支援のダンにくっついていくときに、スティーブンはレオナルドの肩に手をおいた。
「期待してるよ新人君」
「はい?」
 邪魔をしないで、という扱いから期待の新人にランクアップしたらしい。スティーブンの後ろに(使えるなら使っとこう)という文字が見える。
 そういえばこういう所がある人だったなとレオナルドは顔をひきつらせた。



*prev | next#
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -