3月13日、結婚式当日。レオナルドの準備は万全だった。
 レオナルドの耳につけたイヤホンには、教会の中の様子が流れてくる。盗聴器はスティーブンが服の内側に隠してもちこんでいる。
 たった今、新婦入場がはじまった。
 レオナルドは息をすって、ゴーグルをひきあげる。女性の幻覚をまとって突入の準備をする。荒々しくドアを開けたらあらかじめ用意した録音の声を大音量で流す。私を愛してたんじゃないの!? 死んでやるー!
 以上、レオナルド退出。スティーブン、追いかけて退出。後日スティーブンがそれらしい話をでっちあげるそうだ。
 なんだかんだ、今日までレオナルドはスティーブンのために尽力した。
 まず、新しい義眼の使い方に苦労した。女性の幻覚をつくりだすこと自体はすぐにできた。けれどソニックやスティーブンから見たら一部がぼやけていたり、顔がのっぺらぼうになっていたり。“誰から見ても”自然な女性にするのには苦労した。しかもそれを動かさなければいけない。女性のしぐさ、服の皺のでき方、そういうことばかり考えてたせいで、街中で女性を注視するようになってザップからはムッツリスケベと絡まれた。
 そして声も集めなければいけない。K・Kはなんど録音しても、殺してやる! というアドリブをいれてくるために使えなかった。チェインは演技がかりすぎてて、ニーカは大声を出すのが得意じゃない。レオナルドはビビアンに頼んで声を録音させてもらった。ビビアンはハスキーな声のトーンを少し高くして見事にヒステリックな女性の声を作った。迫力満点で、声だけ聞いてれば別人にしか思えない。
 結局、これだけ頑張ってしまうくらい、レオナルドはスティーブンが好きなのだ。この恋はいつか殺すのだと自分に言い聞かせながら、くだらない期待をしたり、彼が結婚しないことを喜んでる。
 報われない恋のために、馬鹿みたいだ。

 レオナルドはおもむろにゴーグルを下げて義眼を閉じた。女性の幻覚が消える。嘘の告白を嘘の女性にさせるくらいなら、レオナルドが“嘘の告白”をしてもいいじゃないか。

 隠れている茂みから立ちあがって、教会の扉に突っ込んでいく。トップスピードで脈打つ心臓のせいか、扉まで随分距離があるように感じた。自分の足がひどく遅い。そういえば以前、走り方が下手くそだとスティーブンに言われた。
(神様、クラウス様、ミシェーラ様!)
 心の中でよく分からない祈りを叫んで扉を勢いよくあけた。
「その結婚ちょっとまったー!」
 牧師が声をとめて、会場が一瞬静まり返る。視線が全部レオナルドに集まって、たじろいだ。真っ白なタキシードをきたスティーブンも、呆然とした顔をしている。
「ス、スティーブン・A・スターフェイズさん! 僕は! その、僕は……」
 最初の勢いは扉を開いたときにとっくに消えてしまって、今じゃ足がガクガクしてきた。
「僕は必要でしょう!?」
 声が裏返ってしまったものの、勢いは取り戻した。参列者の、怪訝な、不快さすら滲ませ始めた目を負けじと見返して、力を込める。
「僕は結社に必要なはずだ! でも、でもあなたが結婚するなら死んでやる! 死にますからね!?」
「レ、レオ」
 おろおろと戸惑うスティーブンの声に、顔を見れなくなる。
「……あなたが好きなんです」
 馬鹿だ。大声で言わなきゃダメなのに。こんなに弱弱しくちゃ、本心だって思われる。
 レオナルドは踵を返して走りだした。
「レオ!」
 スティーブンが追い掛けてきて、とんずらする。予定通りだ。式場がいっきに騒がしくなる。
 一緒に逃げるというより、レオナルドはスティーブンから逃げるように必死に足を動かした。
 後で言い訳しなきゃ。女性じゃなくてもインパクトあるんじゃないかと思った、ちょっと驚かしてみたくなった。そう伝えれば彼はきっと誤魔化されてくれる。ちょっとした気の迷いだったことにするんだ。
(大丈夫、大丈夫、嘘だから)
 突然腕をひっぱられて、足が宙を蹴った。
「う、わ!?」
「レオナルド」
「えっ」
 気がついた時にはもう後ろからスティーブンに抱きつかれていた。協会からはまだ数十メートルしか離れてない。いくらなんでも追いついてくるが速すぎる。
 この場から逃げないといけないのに、レオナルドを捕まえてどうする。
「ちょ、スティーブンさん!」
「好きだレオナルド! 俺と結婚してくれ!」
「はい!?」
 慌てて振り向くと、スティーブンを追ってきていた関係者が目を剥いている。レオナルドも目を剥いた。
(スティーブンさん、設定にノってきちゃったのか)
 どうするつもりなのだろう、と思っていたら、スティーブンが身をかがめてキスをしてきた。
「んん!? ……あの、んっ……」
 一度唇が離れた好きに話しかけようとしたが、またすぐに塞がれた。一瞬離れた隙に見えたスティーブンの顔は、嬉しそうだ。
(あれ?)
 もしかしてこの人、とレオナルドの都合のいい妄想がまたむくむくと芽をだしてきた。けれど自分のネガティブな部分が臆病な声を同時にあげる。
(でも、いいか……)
 結婚式を潰すための、今だけの演技だとしても、ほんの少し報われたような気がして、レオナルドはタキシードの背中に手をまわして目を閉じる。
 キスは最高に気持ちよかった。





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