翌日にはスティーブンは明るい顔をしていた。
 関わらないようにしようと思っていたレオナルドの思惑なんてちっとも気づかないで、笑顔で手招きをされる。一緒に事務所にやってきたザップはその笑顔をみた途端Uターンして消えた。
 しぶしぶと近づくと、スティーブンは機嫌のいい顔でこう告げた。
「少年、君に任務を与えよう」
「仕事ですか?」
 昨日の結婚のことで何かあるのかと思っていたレオナルドは、肩すかしをくらって首を傾げた。緊急でもないのに、ブリーフィングを通さず任務を言い渡されることはほぼない。珍しいことだったが、ザップの逃亡を無視したのだから義眼があればいいのだろう。
「君の力をかりたい」
 予想通りだ、とレオナルドは思う。
「急ぎですか?」
「いや、日程は決まっている。3月13日だ」
 まだ少し先の話だ。日々事態が変化していくHLで予定がきっちり立っている。となると、きっと大掛かりなイベントか人物が関わっている。
「僕の結婚式を阻止してほしい」
「はぁそれはまた……はぁ!?」
 政略結婚でスティーブンが乗り気でないことは知っていた。労力をかけて台無しにするぐらいなら素直に断わればいいじゃないか。
 そういうとスティーブンは首を振った。お相手はライブラのスポンサーどころか、牙狩りのスポンサーの家の娘だ。スティーブンは定期的にその家に活動報告をし、当主のご機嫌取りをしていた。
 それが、いつのまにか娘から熱をあげられていたらしい。何度かやんわり逃げようとしたが、強く断わることもできなかった。
 危険と隣り合わせの仕事だ、大切なものを作るのは怖いのです、どうぞもっとふさわしい人と幸せに。そう相手をなだめ続けた結果が――結婚。
「つまり、切ない恋を最大限味あわせて、余計に惚れさせてしまったと?」
「おっしゃるとおりで」
 女性はロマンが好きだが、ロマンチストじゃない。現実的なところを男よりもよく考えている。いつ死ぬともわからない危険な男に恋はしても、結婚相手には選ばない。そいういう計算だったのだけど。
「このままじゃ僕は結婚することになってしまう」
 そう言った直後、事務所の扉が開いてクラウスが戻ってきた。スティーブンの顔は真っ青になる。
「スティーブン結婚するのかね」
「違う!! 違うんだクラウス!!」
「しかし今しがた」
「デモンストレーション! そう、結婚式のデモンストレーションをする知人に新郎役を頼まれたのさ!」
 押して参るがごとく嘘八百を言い切ったスティーブンは、言葉巧みにクラウスを説得して追い出した。そして顔を覆って嘆いた。
「君とクラウスに勘違いされるのは嫌だ……」
 いったいどういう基準で人選がなされているかわからないが、レオナルドもクラウス枠にいれられているらしい。
 自分は特別なのかもという昨日の妄想をレオナルドは慌てて打ち消した。
「なぁ頼むよレオナルド。僕を助けてくれ」
 こういうときに名前を呼んでくるのはわざとじゃないかとちょっと疑ってしまう。なんでもお願いを聞いてあげたくなる。
「……しょうがないっすね。何をすればいいんですか」
「ありがとう!」
 ぱっと輝いた笑顔に、得をした気分になるのだから惚れた弱みだ。
 スティーブンの作戦は単純だった。結婚式の最中、愛を誓う直前に女性が乗り込んでくるというものだ。
「女性?」
「義眼を使えば幻術がつくれるだろ。実在する女性にその役をやらせるのはまずい」
 まずい、の意味までは説明されなかったが、なんとなくわかる気がした。スティーブンは自分だけが泥をかぶるつもりでいるんだろう。
 イケメンの結婚式に乗り込む役なんて、周囲が演技だと理解してくれればいいが「まんざらでもなかったんじゃない?」なんて不名誉なことを言う人間もいるだろう。
 男が乗り込んできて新婦に「あんなに愛し合ったのに!」と叫んだ方が、スティーブンのほうはノーダメージで結婚式を台無しにできるのに。スポンサーのためとはいえ、そういう手段は選ばないのだ。
「それでその女性は『死んでやるー!』と叫ぶ」
「女性の声なんて出せませんよ?」
「レコーダーでなんとかなるだろう」
 雑な計画だと思ったが、だいたいいつもこうだった気もする。ざっくりした計画、あとは各自の判断で。スティーブンはアドリブが得意だ、レオナルドは言われたことを最低限こなしていればあとは彼がなんとかする。





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