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「あーそっか! そうなるわけかよ! ちくしょう!」
 アパートに帰ると、レオナルドの荷物はポーンと外に放り出されていた。それをわらわらとあつまった見物人に囲まれている。
 人を押しのけて荷物の前に立つと、異様にすくない。衣類数着とノートに筆記具、ノートパソコン。
 盗まれたのか? ノートパソコンをおいてベッドや冷蔵庫みたいな重たいものを?
 見物人の何人かは興奮気味に噂話をしている。
「きみわりーなぁ」
「気がついたら部屋にあったんだろ、この荷物」
 あぁそういう扱いなわけね。聞き耳をたてたレオナルドは苦笑する。
「でも金は振り込まれてたんだろ? 大家の記憶違いじゃねーの?」
「前あっただろ、ほら集団記憶喪失。ああいうさぁ」
「住人全員がしらねーってんだろ?」
「だからこの辺のやつらがそろってさぁ」
 少し当たり、と音にはせず舌の上でころがす。口にしたやつは、自分のいったことが真実だなんて思ってないようだけど。
 詮索好きそうな異界人を振り返って、レオナルドはにっこりわらって話しかけた。
「あのー、つかぬことを窺いますけど、あなた最初からここにいたんですか?」
「荷物が放り投げられた時からいたぜ」
「誰か住んでたにしては物が少ないですけど、もう手が速い人が盗っていっちゃったんですか?」
 これ、と荷物を指さしたレオナルドに異界人は、お前お人好しな顔して悪い奴だなと呆れた口調で苦言した。
「誰も触っちゃいねーはずだぜ。なぁあんたやっぱり幽霊かなんかだと思う?」
「まさかぁ。逆空き巣じゃねーすかー?」
「意味ねーだろ、逆空き巣って」
 異界人のいうことを信じるなら、世界の書き変えで消えたものがある。というよりも、逆だ。書き変えられたはずなのに、残ったものがあるということだ。
 荷物の内容から考えて、おそらくレオナルドがHLに持ち込んだものだけが残り、後から買いたしたもの、人から貰ったものが消えている。
 雑に投げ捨てられているものたちの中から、実家の鍵やUSBを一緒に入れている筆箱だけを手にとって尻ポケットにつっこむ。それをかわきりに見物人が一斉に押しかけて争奪戦をはじめた。
 パソコンは惜しい気がしたが、そんなものを持って歩いていたら、どうせ襲われて盗まれる。怪我をする可能性を減らすだけ、諦めた方が利口というやつだ。
 レオナルドはあまり物を惜しむ性分じゃなかった。HLにも、カメラさえあればやってけると小さな旅行鞄一つだけで飛び込んだ。帰るときだって、結果的にそうなっただけじゃないか。
「………………カメラ?」
 音をたてて頭から血がひいていく。くらくらと眩暈がした。
 ライブラに入るまではいつも身につけていたデジカメを、ライブラに入ってからは置いて出ることが多くなった。しょっちゅう怪我をして壊しかねなかったし、秘密結社のライブラの活動風景(主に戦闘シーン)は部外秘で撮れないからだった。自然と打ち上げや新年会くらいでしか持ちださなくなった。
 あれはHLの外から持ち込んだものだ。なくなったりしてない。今も、スティーブンのベッド、マットレスの下に隠れているはずだった。
「やばいやばいやばいやばい」
 回収しないと。
 ちょうどよく、レオナルドは今あの部屋の合鍵をもっている。
 頭を抱えてその場にしゃがみ込む。叫び出さなかったのは理性が頑張ったからだ。
 しばらく髪をかきむしった後、前を睨みつける。行き交う足がいくつも目に映るが、脳みそまではとどいてこない。
 日中スティーブンは家にいない。ヴェデッドも今日は来ない日だ。
「やるしかない」
 こわばった顔をはたいて、方向転換した。



 ランブレッタがないかわりにバスにのって、スティーブンのマンションには日の高いうちに辿り着いた。レオナルドがいたおんぼろアパートと違って、値の張るマンションだ。富裕層が多く住む場所で、すり減った靴に色あせた服のレオナルドはあまりにも浮いてる。
 エントランスではちあった人が、レオナルドより先にいくのを躊躇った。
 エントランスの通行は正規の方法でなくても、他の誰かがドアを開けたのに紛れて、一緒に通ってしまうことができる。レオナルドは相手が何を懸念してるか気づいて、素知らぬふりでさっさとカードキーをつかった。
 ……ますます怪しまれた気がする。
「おじゃましまーす」
 エレベーターでのぼって、家主もいないのにそっと声をかけて中に入る。レオナルドが覚えてるまま、少しだけ物足りない気がする部屋。例えば棚の中に1つしかないマグカップ、コーヒーメーカーの横にミルクと砂糖がない、それと――あぁこんなの無意味すぎる。
「そういえばカメラの充電器もどっかおいてたっけ」
 カメラの電池は長くもつからほとんど使わなかったが、一度使わせてもらって置きっぱなしにしていた気がする。
「やべー」
 どこにあるのかさっぱり覚えてない。
 スティーブンの部屋はマンションの高層にある。こういう建物は上の階ほど部屋数が多く、広い間取りになる。
 ひくり、と口の端をひきつらせながら、レオナルドは袖をまくった。

「ない、ない、ない! あーもう! どこなんだよ!」
 玄関先からはじまって、ダイニング、リビング、寝室、普段いくところを全て探して、またリビング。
 充電器ぐらい諦めようか、そう思い始めながら棚の下を覗いていると、ふいに後ろから聞きなれた声がした。
「絶対零度の地平(アヴィオンデルセロアブソルート)」
 反射的に床から顔と手を離したが、床ごと足元は太ももまでを瞬時に凍らされた。直接氷が肌に触れることだけは回避したが、あまりの低温に足先の感覚が急激に失われていく。
 体をひねって後ろを向けば、見たことのない顔をしたスティーブンが立っていた。笑顔なのに、威圧される。
「……ど、どうしてここに」
「おいおい、どうしてもなにも僕の家なんだから当たり前だろう。まぁ強いていうなら、家のロックが解除されたから、かな。それも作った覚えのない合鍵で。いったいどんな魔術だい?」
 レオナルドはその質問に答を持たなかった。スティーブンをごまかしきれるわけがない。けれど、本当のことを信じてもらうのは絶望的だ。
 向けられたことのない冷たい氷と視線に体を震わせながら、それでもレオナルドは再会に胸が高鳴らせてしまった。どうしたって彼を好きだと思い知る。
「だんまりを決め込むなら、お仕置きが必要かな、少年」
 カメラなんて、気にしなければよかったんだ。けれど中には、たくさんの写真が入ってたから。
 充電器だって買いなおせば済んだんだ。ただ、いつか彼が見つけた時に、首を傾げながらレオナルドのものを捨てるなんて嫌だった。


150722



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