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 スティーブンの仕事部屋には入ったことがなかった。ヴェデッドもこの部屋だけは掃除しない。ライブラの事務所と似たようなディスク、壁一面の本棚にはファイルに書籍、小箱なんかがつめられている。
 その部屋でレオナルドは持ち物を取り上げられ、椅子に手足を結束バンドで固定された。
「何するんですか」
「痛いことはしないよ。日に2回は食事とトイレもさせてあげよう」
 そう言ったきりスティーブンはレオナルドに何も求めなかった。とにかく椅子に座らせ続けた。目の前にテレビを置いて観賞会までした。
 5時間も立つ頃には体が痛くなったが、概ね快適だった。夜には食事を手ずから与えてくれたし、トイレもきちんといかせてもらった。扉をあけっぱなしで監視されたのは少し居たたまれない心地がしたが、もともと恋人だったんだしある程度のことならあまり羞恥心もない。別にそういうプレイをしたことあるから、とかじゃない。ない。
 スティーブンのえげつなさが発揮されたのは日をまたいだころからだ。彼はレオナルドに一睡もさせなかった。うたた寝をすると、本を朗読させたり、体をゆすって刺激を与えて目を覚まさせた。
 そうやって睡眠をとりあげられたレオナルドは、40時間で頭がまともに動かなくなった。60時間をこえるころには、頭痛と吐き気、指先が震えた。
 そして70時間に届く前には、聞かれてもないのに自分のおかれた現状を全てスティーブンに話してしまっていた。



 気絶するような眠りから目が覚めると、レオナルドは両腕両足を拘束されたまま床に転がされていた。人でなしの文字が頭にチラついたが、寝返りがうてるだけ待遇は改善されているかもしれない。いや、でも床って。
 いったいどれくらい寝ていたのか分からないが、朝日のなかで妙にすっきりした頭をしている。けれど寝る前のことはおぼろげだ。一体何をどこまで喋ったのかさっぱり覚えてない。
「スティーブンさんこええええええ……」
 痛いことはしないよ、と笑った顔をしておいて、やったことはまごうことなき拷問だ。
 恋人としてべったべたに甘やかされてきたレオナルドにはトラウマものの恐怖だった。
「寝て忘れよう。レオナルド、綺麗な思い出だけ持って帰るんだ」
 そして言葉通り、開き直ったレオナルドはそのままスティーブンの帰宅までぐっすり熟睡した。床で。寝心地は自分のベットと大差なかった。
 鼻をつままれた息苦しさに飛び起きると、あきれ果てた顔のスティーブンが上からのぞきこんでいた。
「少年、図太いにもほどがあるんじゃないか」
「……おかえりなさい」
「……うん、ただいま……」
 なんだか可哀想な子を見る目をされて、レオナルドはおもいきり舌を突き出した。どうしてか溜息つかれてしまった。それでも一瞬でまた怖い笑顔にきりかわる。
「さて少年、一昨日の続きだ」
「何話したか覚えてないっす」
「あぁ、目が虚ろになってたもんな。大丈夫、今度は僕が質問するから、それに答えてくれればいい」
 このやり方は知ってる。昔ザップに酔いつぶされた夜と翌朝に、スティーブンにやられた方法といっしょだ。理性のない状態で喋らせてから、今度は時間を開けて頭がしっかりした状態のときに再度話させる。
 照合して、1回目と2回目の差異を探すのだ。あえて喋らなかったり、食い違う部分があれば、そこが隠したい重要な部分。
 逆に内容だけじゃなく一言一句すらすべて同じなら、セリフを読んでいるだけで嘘ばかり、という仕組みになっている。
「じゃあまずは」
「あの! 僕が言いたくないことだけ先にいっときます。僕の恋人に関してはいっさい喋りません聞かないでください絶対にやめてください」
 どうせかなわない相手なんだから、最初にこっちのボーダーを提示してしまったほうがいい。
「ははは、いくらかわいらしい人だからって盗らないよ」
「そういうんじゃねーですよ」
 でもこの反応なら喋ってないんだな、と判断して息をついた。安心した仕草に何を思ったのか、スティーブンは片眉をあげた。
(けっこう表情にでちゃってるけど、スティーブンさん油断しすぎだろ)
 察するに、これは使える、と思ったようだった。なんに利用できると思ったのか怖いところだが、レオナルドの“かわいらしい恋人”は彼自身だからお門違いだ。
 それからは1つずつスティーブンの質問にこたえていった。
 義眼をどうやって得たのか、ライブラへどうやって入ったのか。誰と仲がよかったのか、どんな仕事をしてたか。他人の仕事を手伝ったりしたか。
「……君、義眼がなかったらライブラにとって用済みじゃないか」
「だからこっそり『外』に帰ろうとしてんじゃないすか! それを引きとめてんのはあんたでしょ。さっさと金でも巻き上げて放り出せばいいんすよ」
「素直にそうするには、君の話は荒唐無稽すぎるからなぁ。ライブラに取り入る気がなくても、情報の持ち逃げの可能性はまだあるしね。あと君が持ってる程度の金はいらない。通帳も財布もすかんぴんじゃないか」
「悪かったな貧乏で! とにかく証拠がありゃいいんすね。寝室のベッドのマットレスの下に僕のカメラが入ってるから、確認してくださいよ」
 スティーブンはスーツの尻ポケットから、するりとオレンジのカメラを取り出した。前後不覚になったレオナルドの証言からとっくに回収していたらしい。
「僕が帰ってくる前にいくらでも仕込みは可能だな」
「中の写真みてください」
「とっくに見た。湖の写真と、もしかして彼女が恋人か?車いすの子が映ってた」
「えっそれだけ!?」
「というわけで君の証言の物的証拠にはならない」
 いくら『外』から持ち込んだものだとはいえ、撮ったデータは書き換えの対象になるらしい。
「じゃあ、スティーブンさんの携帯のアドレス帳からレオナルド・ウォッチを探してみてください」
 バイト仲間の携帯には番号が登録されていたんだから。カメラとどういう違いがあるのか分からない、レオナルドが携帯を身に着けていたからかもしれない。とにかくアドレスは相手の方にも残っているのだ。
 面倒くさそうな顔を隠しもしないで、スティーブンは携帯を操作した。
「ウォッチウォッチ……いや、そうか」
 取り上げておいたレオナルドの携帯にスティーブンの番号を打ちこんでかける。
 仮に世界の書き換えなんて現象がおこっていたとして、本当にスティーブンの携帯に番号が登録されていたとして、レオナルド・ウォッチなんて名前はないだろう。スティーブンは時々わざと相手を偽名で登録してる。クラウスであったり、ダニエル・ロウ警部補であったり。神々の義眼なんて特殊な人物ならまず本名でいれてない。
 かくして、スティーブンの携帯にはレックス・ウォーカーという名前で入っていた。
 スティーブンは大仰にためいきを吐きだして、結束バンドをハサミできる。
「とりあえず、信用(仮)を勝ち得たな、少年」
「(仮)て」
 この数日で元恋人のマックスだった高感度を下方修正しつつ、レオナルドはうなだれた。帰っていいよ、とは言われなかったので。


150722



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