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 財布をひっくりかえして、レオナルドは溜息をついた。ネットカフェに長時間とどまりすぎた。うすっぺらいどころか、すっからかんだ。
 雑費と、実家へ帰るための渡航チケットの分もあわせて、ATMではいつもより少し多めに引き落とす。健康的な朝はかつあげが少なくていい。
 朝食を取ろうと向かったダイアンズダイナーでは、いつものようにビビアンが「いらっしゃいませー」と声をあげた。
「大ハンバーガーと大コークくださーい」
 人の少ない店で、レオナルドはほっと一息つく。
 食べ物の匂いに誘われたのか、ソニックが服の中でうごめいた。そういえばずっとこの中にいれていた。
 ひょっこり顔をだしたソニックは、レオナルドにすりよってから厨房にむかって甘えるように声をあげた。いつももらっているおすそ分けを狙っているのだ。
 ビビアンは手をとめないまま目を丸くして声をあげた。
「うわっ珍しい! 音速猿が人になつくなんて」
「ソニックっていうんだ。僕はレオ」
「そう、レオ。ねぇソニックにも果物あげていいかな」
「あはは、いいよ。っていうかごめん。実はこいつ最初っからそのつもりみたい」
 ソニックはビビアンに首を傾げている。さっきの反応から、思っていたけど、もしかして。
「お前、覚えてるのか?」
 キッと鳴いてソニックは見えなくなった。それからすぐ戻ってくる。ちょっと店内を走ってきたらしい。ソニックはじっとレオナルドをみつめると、ちょっと移動してすぐに戻って見上げてくる。それを何度か繰り返した。
「ごめんよ、もう僕の目じゃお前を追えないんだ」
 ソニックはレオナルドの薄く開いた目から覗く色がもう光っていないのを見ると、机の上でじっと大人しくなった。
 もしかしてレオナルドにくっついてたせいで世界の書き変えに巻き込まれたんだろうか。覚えてないのなら、自分でどうにか生きていっただろうし、もしかしたらライブラのみんなが覚えていてくれたかもしれない。けれどビビアンがソニックを初めて見ると言うことは、きっと他のメンバーもレオナルドごとソニックの記憶が抜けてしまっている。
「おまちどー」
 レオナルドのハンバーガーより先にソニックの果物がやってきた。入れ物の紙コップに待ちきれないように飛び付いている。すぐにハンバーガーも用意され、仕事がひと段落したビビアンはソニックを興味深そうにみてくる。
「餌やってみる?」
「いいの!?」
 彼女の指が紙コップの上を迷うようにさ迷う。
「バナナやってあげて。喜ぶから」
 レオナルドのアドバイス通りビビアンがバナナをさしだすと、ソニックはためらわずにそれを受け取ってかぶりついた。
「わぁ!」
 楽しそうな1人と1匹を、レオナルドはハンバーガーにかぶりつきながら眺める。
「ねぇビ……店員さん。突然の頼みで悪いんだけど、君さえよければこいつの面倒をみてもらえないかな」
「え?」
「僕はこれからHLをでていくんだ。ソニックをつれてけない。もともと野生だったから1人でも生きていけると思うけど、それじゃソニックは寂しいから」
「なんか事情があるの?」
「いや、その事情が全部終わったんだ」
「……いつか帰るつもりでいたんなら、異界交配動物なんて手なずけるんじゃないよ」
「そうだね、ごめん」



 ダイナーを後にしたレオナルドは、盛大な溜息をついた。置いてきたソニックのあの寂しそうな顔が辛い。
 歩きながら自分のポケットをあさる。ソニックから推測したことだけど、義眼を返却したとき身に着けていたものは、おそらく書き変えが行われていない。
 持ち物は携帯、財布(小銭のみ)、服に忍ばせていた紙幣、通帳、そして――
「カードキー……」
 スティーブンの家のものだ。
「どうしよう」
 どう考えても、返す方法はない。かといって、その変に捨てるわけにもいかない。仮にもライブラの副官、スティーブン・A・スターフェイズの、超プライベート、自宅マンションの合鍵だ。とんでもない値段で裏取引されたっていい代物だ。悪漢の手に渡りでもしたら、彼が危ない。いやどう転がっても悪漢が返り討ちにされるだろうけど、家政婦のヴェデッドが危ない。
「これくらい、持っててもいいよな」
 使うわけじゃないけど、捨てるのもまずい。後生大事にとっておくのがいいだろうとポケットにつっこんだ。
 次に携帯を取り出して中を調べてみる。中にはメールの履歴やアドレスが入ったままだ。
「僕の携帯に残ってるからって、向こうもそのまんまとは限んねーよなぁ」
 ためしに職場のアルバイト仲間に電話してみる。
『はい、もしもし、えーっとレオさん?』
 名前を呼ばれたことにびっくりして、足を止める。間違えました、という準備していた言葉をなんとか飲みこむ。
『あの……? もしもーし……なんだぁ?』
 覚えてるのか――? 服を握りしめて、話しかけようとするが、彼のレオさんという呼び名がひっかかった。そんなに他人行儀に呼ぶやつじゃなかった。
 体の熱があがるまえに冷えていく。
「あ、の……この携帯ひろったんですが、どなたのかご存じないですか」
『はぁ? 売っちゃえば? 正直番号は登録してても、俺こいつが誰だか全然わかんねーし』
「そうですか、すみません」
 通話をきった指先が震えて、汗をぬぐうように服にすりつけて血を回す。
 そりゃそうだ、とこぼして歩みを再開した。誰だかわからない人間の1人や2人、レオナルドだってアドレスに入ってる。連絡先を交換したものの、それ以降連絡してない、一度会っただけの知り合い、とか。
 知らない名前がはいってたって、その場で首を傾げて終わるか、消去だ。メアド変更の連絡はしない。
 この程度が、レオナルドが残した爪痕なんだろう。
「帰ろう」
 ミシェーラが待ってる。荷物をまとめて今日中にはここを出た方がいい。生還率がやたらと低いのがHLだ、渡航を一日引き延ばしにしたせいで死んだらバカバカしい。
 今は義眼もないから、本当に危険なときに身を守る術もないんだし。


150722

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