[秋]


 ドイツは緯度が高い。夏は30度を越える日もなくはないが、基本的には涼しい部類にあたる。秋がくると寒くなるのはすぐだ。広葉樹が色を赤や黄色に変え始めるころには夕方の風に身を震わせるようになる。
 そのぶん、昼中は太陽の下にいるのは格別きもちがいい。
 スティーブンはワンピースに芝をつけながらごろりと腹をみせて横になる。その側には鎌があった。寝返りをうったときに肌を切るかもしれない。
 そう思ってクラウスが立ちあがって近寄ろうとすると、スティーブンはジト目をよこして場所を移動した。念のため鎌は手元に引き寄せるが、あからさまな態度にすこし肩を落とすことになった。
 クラウスはしばらく無心に庭いじりを続けながら、一歩ずれ、二歩ずれ、どんどんずれていく。そうすると、逃げたくせにスティーブンが近づいてきた。つかず離れずの場所に陣取って、また横になっている。
 ひと段落したところでクラウスは一度立ち上がって伸びをすると、倉庫の方から別の道具をもってくる。後ろをスティーブンがよろよろと二足でついてきた。距離があくと四足でおいかけてくるが、最近はよく頑張って足だけで歩いている。
 クラウスが持ってきたのはおおきなボウルと一輪車だ。別邸には一つだけ果物の木が植えられていて、それはクラウスが移り住むより前からあるものだ。
 クラウスの背丈より少し高いばかりの、小ぶりなものだが、実はしっかりとぶら下がっている。林檎だ。
 林檎は聖書では知恵の実、禁断の果実とされている。祖父が愛人とすごした家に不自然に植わっている林檎に、ついつい深読みしてしまいそうになる。しかしもしかすると愛人の女性が好きな果物だった、というだけかもしれない。
 虫や鳥に食べられていないものをボウルにいれていく。ふいに肘の後ろにスティーブンの鼻先があたった。近さに驚いたが、食べ物につられたのだろう。
 クラウスはひとつ手に取ってハンカチでふく。ぐっと指に力をいれると、林檎はたやすく砕けた。
 びっくりしたスティーブンが一度四足で遠くまで逃げたが、クラウスが自分の口に林檎を運ぶとのろのろと二足できちんと立って近づいてきた。
 ためしに林檎の欠片を差し出すと、スティーブンはそれを迷いもせず口に含んだ。しゃりしゃりと蜜が美味しそうな音で食べると、果汁のついたクラウスの指もなめとる。
「美味しいだろうか」
「ん、んー」
 意味はないだろうが、最近は受け答えのときに声を出すこともある。二つ目も同じように与えて、スティーブンの耳元をくすぐってやった。
 髪の毛を遊ぶように撫でると、とろりとスティーブンの目が細まって、クラウスはその表情に満足する。
 一つの林檎をわけあって食べた。ボールの中にはまだ大量に赤い実がある。ギルベルトが喜ぶだろう。ジャムにして紅茶に落としてもいい。アップルパイならスティーブンも楽しめるし、最近覚えたフォークとナイフの練習にもなる。
 スティーブンを連れて戻ろうとしたとき、ふいにクラウスに悪戯心が芽生えた。落ちてしまっている林檎に鼻を寄せているスティーブンに、呼びかける。
「ギルベルト」
 無視して林檎を口に含もうとする彼をもう一度呼ぶ。
「スティーブン」
 すると今度は顔をあげた。
 グッドボーイ、と言いかけた口をつぐんだ。彼は犬ではないのだから。クラウスはそのまま背をむけて歩き出した。後ろからスティーブンがついてくる音がする。
「スティーブン、手話なら君は使えるようになるだろうか」
 言葉はある程度理解してる。声帯ができていないのだから喋れるようになるとは思えない。手話なら。
 今まで言葉にふれてこなかったスティーブンは、まず聞きとりが苦手だ。ジェスチャーやハンドシグナルのほうが理解もしやすいだろう。
 頭がいい子だからスティーブンなら日常会話くらいすぐに覚えてしまえる。指先の練習にもちょうどいい。
「うおん!」
「そうだな、そうしよう。君とはなせるようになるのが楽しみだ」
 さっき林檎を食べたからか、機嫌がよさそうだ。しっぽが生えていたら、きっと左右に揺れていただろう。



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