案の定レストランはがれきの山になっていた。夕日が目に痛くて切ない風が通り抜けていく。
野次馬達がお祭り気分で爆発の様子を話していた。
「バスがガス爆発したんだって」
「なんでバスがガスで爆発するんだよ」
「生体車だから」
「あーアレな」
「そーソレな」
後ろの声をきいてレオナルドが口を開く。
「生体車のガスってつまりおな」
「やめろレオ、デート中におならとか言うんじゃない」
「あんた今言っちゃってますけど!」
スティーブンはもういっそのこと泣いてしまいたい。丸まった背中をレオナルドが慰めてくれるが、それすら哀愁を煽るだけにも思える。
「夜景行きましょ。ごはんは家でいいじゃないっすか」
背中をさすってくる手に笑ってみせるが、口の端から空気が漏れていく。
手をつないでのろのろと歩きながら、スティーブンは雑居ビルのばかりの区画にすすむ。薄暗い路地を通って、廃ビルの多いゴーストタウンへ。
「ちょっと登るよ」
そう軽い調子で非常階段に足をかけた。夜景、というからには明かりが見えるんだろうが、上へ昇るほど霧は深くなっていく。何度も踊り場をおりかえして、おおよそ15階ほどあがったころに、スティーブンがそろそろかなぁと呟いて上を見上げる。
つられて顔をあげたレオナルドは、細い目をさらに細めて霧を見つめた。言われてみると、小さな明かりがちらちらと反射している。
「……星、じゃないですよね」
「もう5階ほどあがろう。いけるか?」
レオナルドの興味は上にむいている。少し息が切れていたが、5階くらいなら苦にしない。
少し近づくと数えきれないくらいに小さな光がふわふわと飛んでいるのが見えるようになった。霧をはさんでいるからか、柔らかい光だ。
「あれ、生き物っすよね」
「虫だとおもうんだが、僕もよく知らないんだ。ただ霧が深い場所に集まるみたいでこの辺に生息してるらしい」
念のため、義眼でみないように釘をさしておく。スティーブンもみたことないが、HLの生き物なんて詳細に見るもんじゃないだろう。レオナルドは何度も頷きながら、光の群れを見つめている。
その顔が不意に夢見るようにスティーブンを見つめてきた。
「……レオ、キスをしても?」
「なんで聞くんですか」
そう言って尖る唇は、拗ねているのかねだっているのか。
「君に『いいよ』っていってもらいたくて」
顔を近づけて、でも触れない。もどかしい待ち時間にさえもスティーブンは心躍らせている。
レオナルドはちょっとためらってから、小さくスティーブンの名前を読んでくれた。
キスをしたら指輪を渡そうかと迷う。今日は何をしてもよくない方向にいったからやめておくべきかもしれない。でも、彼がキスを許してくれるなら、キスをしたあとに考えればいい。
「スティーブンさん」
「んー?」
自分の声だけやけに甘く聞こえるなぁなんて思ったスティーブンは浮かれていた。
「スティーブンさん!」
「え」
抱きついてくると言うより飛びつく勢いでタックルをされて2人で階段を1つ下の踊り場まで転がり落ちる。背中をしたたかに打ち付けるが頭は反射的にガードする。そのスレスレ上を、でかい生物が階段を食いながら過ぎていく。みれば霧にまたたく光の虫を食べに来たらしい。
目鼻のない肉厚な口からのぞいた歯だけでもスティーブンの手のひら程ある。そして見たことのある肉の形だった。
「レオ、あれ昼間のちんこじゃないか」
「いや同じ奴かどうかはちょっと」
「昼といい今といい……なんなんだ、ない穴にまで突っ込みたいのか……。お前はどれだけ邪魔をしたら気が済むんだ! そういうところがチンコみたいなザップだな!」
「逆じゃないですか」
文句をいう間にもどんどん光が食べられていく。風呂に入ったあとだというのに埃っぽい非常階段に転がっている。レオナルドをせっかく抱きしめているが、そこに甘さもときめきもない。
「レオ、義眼で僕が呪われてないかちょっと見てくれよ」
「ん? 呪われてないっすよ」
胸の上からひょいと顔をあげてレオが見つめてくるが、機嫌を損ねてはいないらしい。それが健気にみえて思わず眉が下がる。
「……ごめん、今日はこんなんなっちまって」
「なんで謝るんですか、ばか!」
怒られてしまって、面食らった拍子につい頭を下げて床で打つ。先におきたレオナルドに両手をとられて、スティーブンが起きようと腰をうかすと、キスが1つふってきた。
「夜景綺麗でしたよ、帰って晩御飯にしましょう」
「作り合わせだぞ」
「いいっすよー」
小さい子にいうようなゆっくりとした口調に、ようやく年下の恋人に甘やかされてるらしいと気づいた。
今日一日、レオナルドじゃなくてスティーブンの方が惚れ直してばかりだ。
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