薄切りにした玉ねぎとベーコンをいためて、冷凍してあった煮豆と一緒に鍋に放り込んだ豆スープ。
 オリーブオイルをかけたパプリカは、焼いた後に皮をむいてヘタとタネをとる。ニンニクと炒め直して、でてきた汁にローリエを浸して煮込みマリネに。
 チキンを焼いてソースを塗ると、瓶に保存していたタルタルソースをのせた。
 レオナルドは、やわらかく作られたフランスパンを切ってチキンが焦げないよう番をしただけ。
 ありあわせと作り置きだとスティーブンは言うが、レオナルドは美味しくたいらげてしまった。
「スティーブンさん料理までおしゃれっすね」
「そんなことないさ、正直にいえば夜食用だ。ヴェデッドに内緒で作るんだけど、いつもバレちまってね」
「そりゃ冷蔵庫の中身見たら一発ですよ」
 彼女も料理の計画があるだろうから、具材がへっていれば気づくし、困るだろう。スティーブンにだって本気で隠すつもりはない。
「それで、今日はどうしたんですか」
「ん?」
「なんか考えてたんでしょ」
「うん……でも今度にしようと思って」
 困ったように首をかしげるスティーブンを、レオナルドは不可解そうに見つめる。
 スティーブンは今日一日を振り返って、情けない気持ちになる。それをそのまま素直に伝えることはしないが、色々邪魔がはいっただろう、と告げた。
 みっともない姿を沢山見せたし、感情を乱された姿はスマートではなかっただろう。
「スティーブンさん細かいことにこだわらないって言ったじゃないですか」
「いやちょっとニュアンスが違わないか? まぁ、あんまり1つのことにこだわると失敗するとは思ってるよ。だから今回はやめておこうと思って」
「違うでしょ。今かっこいいことにこだわってるんでしょ」
 言われてみて、おや、と視線をそらした。
 今日一日、既にかっこわるい。せめてプロポーズは日を改めてレオナルドを惚れ直させるようなものを、と思う。これも確かにこだわっているんだろう。
「……いや、でも」
「でもじゃなくて!」
 白状しなさい、とレオナルドが睨みを利かせる。しぶるスティーブンをただ黙って待つ目の前の恋人が、案外に頑固なことはもう知っている。
「レオ」
 呼びかけてみても、彼が表情を緩めることはない。弱ったなぁとスティーブンは指先を落ちつかずに遊ばせる。
 いつだってこういうときに折れるのはスティーブンの方だ。誰が相手だってそう。それはこだわらないという自分への戒めでもあったし、スティーブンが憧れてやまないクラウスの理想を優先したくて身についたことでもあった。
 頬の内側を噛んでいるような、歯切れの悪い思いでスティーブンはアーだのウーだの唸りながら、スーツのポケットから小さな円状の小箱を取り出す。隠し持つために厚みが薄いそれを開くと、小さな宝石がついた指輪が収まっている。
「レオナルド、僕と結婚してくれないか」
「いいですよ」
 若干食い気味にかえって来た返事に、スティーブンがしばらく体の動きを止める。意味がよく通じなかったのかと思って、もう一度口を開いた。
「…………僕と結婚し」
「いいって言ってるじゃないっすか。しつこい!」
「嘘だろ、まじか」
「なんすかもー、あんたホント失礼だな」
「だって君……」
 そもそもスティーブンはレオが受け入れてくれるなんて思ってなかった。義眼という気がかりがある限り無理だろうと思っていたから、最初から『義眼のことにケリがついたら結婚しよう』という予定だった。
 レオナルドと思い出の場所でデートをし、雰囲気を完璧につくりあげたうえでサプライズのプロポーズしよう。ミシェーラ嬢を結婚して幸せになれと送りだしたばかりの今が一番狙い時だ。
 僕と結婚しよう――断わられるだろう。
 全てが終わってからでいい――ハードルをさげて、譲歩を示す。レオナルドは婚約になら頷くだろう。書類を提出しないだけで、一緒に住んでしまえばいい。そうしてなしくずしに彼の家族になろう。
 だから結婚じゃなくて、そういうつもりだった。
「言ったでしょ。最近そんなに眼の事、気にしてないんす。そりゃ、気がかりではあるし、ミシェーラの視力を取り戻すのは第一目標ですけど。今日デートしてて思ったんです。義眼に頼るんじゃなくて、僕の手札にしちゃおうって」
 水族館でした話を、ぼんやりと思いだす。あれだけの会話が、少しでも彼の心に響いたんだろか。それとも他に何か、彼の琴線に触れて動かすものがあったのか。
 レオナルドはくしゃくしゃの猫毛を照れくさそうにかきながら苦笑している。
「っていっても全然使いこなせてないし、気持ちの整理もまだつかないんですけど。でもまずは、スティーブンさんを僕の手札にしちゃいます」
「……あぁ」
 感嘆のように零れた声をかみしめて言う。
「あぁ、こき使ってくれ」
 スティーブンの前に指輪のための左手が差し出される。
「あとは、今日みたいに朝から一緒に出かけて同じ家に帰るのがすごくいいなぁって思ったんです」
 左手をすくい上げると、指輪を手に取る。指先が震えそうなのか、力が入らなくて羽のような触り方になってしまう。
「本当は、明日の予定だったんだ」
「そういえばそうでしたね」
「明日で三周年なんだよ。覚えてるか?」
 言うと、レオナルドがぱっと自分の左手を奪い返して胸に抱え込んだ。
「どうした?」
「なんで今日プロポーズしちゃったんですか〜うわ〜」
「えっ」
「だってあと3時間で日付変わるんすよ」
「こだわるなって誘導しておいて、そこにはこだわるのか……」
 スティーブンは机に突っ伏して不満をあらわにする。レオナルド以上にスティーブンの方がかっこつけたくて記念日にこだわっていたのに。
「12時になったら、指輪ください」
「……しょうがないな、レオナルド・スターフェイズ君の仰せのままに」
 うやうやしく、むしろわざとらしい口上でスティーブンはウィンクする。楽しくて気分がよくなってて、かっこつけたくなっちゃった時のスティーブンの癖だ。レオナルドはそれに嬉しそうに顔をほころばせた。
「スティーブン・ウォッチの可能性も検討してくださいね」
「しまった、そうだな。どうしよう」
 大好きな食べ物どっちを注文しようか、レオナルドの顔に答が書いてあるように見つめてくる。
「プロポーズまでに決めちゃってくださいねー。さっさとお風呂も入らなきゃいけないんすから」
「ノ、ノルマみたいに言うなよ〜……」
 すっかり気がぬけたコーラみたいな、張りのない声をだすスティーブンはたぶん仕事をしている彼しか知らなければびっくりする光景だろう。できる男を装ってる普段の姿からは遠く、あんまりかっこよくない。
 今日一日は特に、見栄っ張りなところが透けて見えていて、ちょっと情けなかった。
なれそめはこうではなかった。年月をかさねて気を緩めた結果の変化なのか、いろいろとスティーブンは隙を見せるようになったと思う。
「明日の朝は早いんですよ」
「あぁクラウスの手伝い?」
「10時からっす。それまでに書類提出しに行かなくちゃ」
 気が抜けたコーラが、さらにぬるくなったような声でスティーブンがうなる。
「ほんとに結婚するんだなぁ」
「できなかったら一年延期っすからね」
「それは嫌だ」
 それでも最後に、ミシェーラへの報告が後回しになっちまった、とスティーブンは落ち込んだ。
 些細にレオナルドの気持ちはすくい上げられる。今日だけでも何度、彼は気づいてないだろう。
 明日役所は何時に開くだろう。思いを馳せたレオナルドを知らないだろうに、スティーブンが「明日が楽しみだ」と笑った。



150929


タイトルは「踊るぽんぽこりん」みたいなのにしたかったんですが、私HNがぽこじゃないですか。私が踊ってどうするよって、思って……
HLのわちゃわちゃした感じがおもちゃばこみたいだなって思って結局こういうタイトルになりました。迷走しまくってあんまり内容とは関係ない。



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