スクーターは水族館の駐輪場に預けて、一番近いホテルに入ると一目散に服を脱ぐ。
とっとと備え付けのパジャマに着替えて、脱いだ服をランドリーコーナーに放り込んでしまう。
 水族館の水は乾いてくると何とも言えない匂いを発した。真下にいて盛大に水を浴びたスティーブンが先に風呂にはいることになった。
 ずぶ濡れだし臭いし、かっこがつかない。それに肩を抱こうか頭をなでようか迷ってたのも全部見られていた。
 お湯を出して乱暴に髪を洗って体も洗う。耳の後ろと足の裏は念入りに。
 気持ちを切り替えろスティーブン。全体としてはレオナルドの反応は悪くないぞ、ただちょっと最後につまづいているだけであって……
 過程よりも結果を重視するタイプのスティーブンにはダメージが大きい。
 ガシガシとタオルで足をこすってると、勢いよく扉があいてスティーブンが肩を跳ねさせた。シャワーカーテンを遠慮なくあけてきた恋人は素っ裸だ。
「ど、どうした」
「一緒に入ろうと思って」
「狭いぞ!?」
「体洗ったら交代してください」
 言われるままに踵まで洗うと泡を流して交代する。結局カーテンはあけたままで、ユニットトイレまでをびちゃびちゃにしながらスティーブンは恋人が洗い終わるのを大人しく待った。
 ざっくり洗い終えたレオナルドが栓をしてスティーブンを中に促す。
「つかるのか」
「だって洗濯終わるまでけっこうかかるでしょ」
 そう言ってまだ足首までしか溜まってないお湯の中でキスをされた。
 口にちゅっちゅと口づけられて、スティーブンは困ったように唇を開かないでいる。ホテルで、風呂で、2人とも裸。何を求められてるかは分かる。
「昨日したぞ」
 断わると、あっさりと諦めたようにレオナルドがスティーブンを椅子にして背中を預けてきた。狭いバスに体を折り曲げてはいりながら、たまっていくお湯を待つ。
「ちょっとくらいいいじゃないっすか。ケチ」
「……デートの続きがある」
 洗濯は30分で終わるし、風呂に入る以外のことをしていたら時間がかかる。もう既に予定が狂いまくっている。これ以上プランを横道にそらしたくはない。
「ふ、はっ! あはは! それでっすか! なんすかもー。今日なんかたくらんでるでしょ」
 そりゃばれるよな、と思った。こんなに丁寧なデートは2人の間じゃ珍しいし、スティーブンはあからさまに計画に沿うように気を使ってる。
「内緒だ」
「そーでしたそーでした。じゃあこの後の予定はまだ聞いちゃダメっすか」
「ちょっと寄り道して遊んだら食事。その後夜景にいこう」
「HLで夜景?」
 夜は霧が深くなるのに、街の明かりを見るような場所があるだろうかとレオナルドは首をかしげる。
 スティーブンはその後ろ姿だけに、相手に見えなくとも得意げな顔をしてしまう。
「楽しみにしてて」
「あー今後ろ向いたら絶対スティーブンさんウィンクしてくる」
「なんでわかるんだよ」
「内緒です!」


 洗って乾燥機にまでいれて、しわくちゃになった服でホテルからでる。スティーブンはレオナルドの手を引いて人通りのない道へ向かっていく。
「レオ、ちょっと先の方まで周りに人がいないか確認してくれ」
「ラジャー。……いませんよ」
「そうか、よしよし……エスメラルダ式血凍道」
 スティーブンが踵をうちならすと、みるみる地面が氷で覆われていく。どこまでも、路地の先の先まで広がっていく。
 水面に顔を出したように、スティーブンが息を大きく吸ってようやく氷が止まる。義眼で確認しても、数百メートルは続いている。
「スケートリンクにしちゃ汚いけどな。言っただろ、ちょっと遊んでから食事にいこう」
「遊んでって……ええええ、必殺技こんなことに使いますか、使っちゃうんですか」
「HLだしなー誰も気にしないだろ。一応人の多い道は避けたし。僕はたとえ望まない力でも、使える手札は使う主義なんだよ」
「それ義眼の話じゃなかったんですか」
「じつは僕の話だったりしてな」
 氷に乗ったスティーブンは器用にすべっていく。
「スケートの経験ないだろ、来れるか?」
「ちょ、いや、ちょこれ無理!」
 足の悪いミシェーラがいて、レオナルドは1人でスケートなんて行かなかっただろう。そもそもレオナルドたちがいた田舎にスケートできるような場所もないかもしれない。
 なんとか両足をのせたがへっぴりごしで進めずに足を震わせている。それでも一歩踏み出してみて、盛大にひっくりかえった。
「いってぇ!」
「ほら頑張れ」
「手貸してください」
 氷の上なのも忘れるほど普通に歩いたスティーブンが、ワルツの様に手を差し出す。
「お手をどうぞ、マイハニー」
「それやりたかっただけじゃ」
「まさか」
 嘘じゃない。
 刃をしこんだスケート靴ならともかく、ところどころにざらつきがのこる氷に普通の靴でのっているのだから、さすがにここまで歩けないのは予想もしてなかった。
 力をいれて引っ張り上げた拍子に、足が滑りだす。握った手をひかれながら、スティーブンの後ろでレオナルドは体から力を抜いた。
 少し上り坂になっているところはスティーブンが助走をつけて駆けのぼって、勢いよくまた下っていく。階段はジェットコースターの様で情けない悲鳴がレオナルドの口から飛び出す。
 途中ガラの悪い連中が絡んでくることもあった。
「おい兄ちゃんらぁ金よこせぶへらぁ!」
 出てきた瞬間に血凍道の餌食になった。
「悪いな、デート中だ」
 路面全てが氷で覆われているんだから、どこもかしこもスティーブンの独壇場だ。向かうところ敵なし。軽快な滑りで進んでいった。
 手を握ったまま滑っては、出くわした悪漢をぶちのめしていく。暴漢、強盗、チンピラ、ジャンキー。最初は腰がひけて興奮気味にしていた2人が、だんだん悪漢を増えていくにつれ、何とも言えない表情になってくる。
「途中から仕事になってませんか」
「なんでこうなるかな」
 遠くで爆音が聞こえて、思わず体が反応しかける。
「……レオ、いまのレストランの方角だ」
「……まっさかぁ」
 どうにもスティーブンには、それが杞憂になるなんて思えやしなかった。


150929

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