朝寝坊をしながらしょっぱめのパンケーキをレオナルドがやいて、ポーチドエッグとソースをスティーブンがつくった。皿の上でふたつをあわせてエッグベネディクトにすると、レオナルドのほうにはソースを多めにかけて、スティーブンは添える程度にもりつける。パンケーキもソースもバターをたっぷり使ったメニューは朝の胃に優しくない。
 もたれかけた腹を休めながらだらだらと午前を一緒にすごして、出かけるのは約束をした11時。
 スティーブンは黒パンツに青いチェック柄のシャツをきている。その上に手編み風のグレーのニットジャケット。私服なのに色あわせのチョイスが普段のスーツにそっくりだし、模様の大きいチェック柄が違和感を残す。
「……絶妙!」
「なんだまたイマイチだっていうのかお前は!」
「いやいや僕なんかが言うことは何もないっす! スーツの印象が強すぎるだけです!」
 レオナルドの方は無難にTシャツの上にマスタードカラーのカーディガン、ベージュのチノパンをはいて背中にいつものボナンザの白リュック。
 こちらも普段の黒と黄色のトレーナーに色あいが近からずも遠からずだ。
「お店ってこんな感じで大丈夫ですか?」
「いいんじゃないか? レオ、リュックにするなら俺の財布いっしょに入れてくれよ」
「カツアゲにあっても知らねーっすよ」
「俺と一緒にいて?」
「あー、ないっすね!」
 スティーブンの車にしようかレオナルドのスクーターにしようか、じゃんけんで決めてスティーブンはスクーターの後ろにまたがった。
 行き先は映画広場。広場の中央に映画を流すスクリーンがある。今日はちょうど新作のスパイ映画をやっていて、レオナルドが歓声をあげる。
「見たいっていったの覚えててくれたんですか!」
「まさか。本当なら明日来る予定だったんだぞ。ただのラッキーハプニングだよ」
 正直なところスパイ映画やスプラッタ映画がスティーブンは好みじゃない。みてると仕事を思い出すし、フィクション部分が気になってくる。
 レオナルドがかっこいい!と言う横で、そんだけ反撃しておいて逃げるのはセオリーじゃないなぁなんて考えてる。
 小腹がすいたころに買っておいたサンドイッチを2人で食べて、ランチは映画が終わった後にもう一度軽く。
 映画が終わると、楽しそうにみていたレオナルドはスティーブンを見上げて苦笑した。
「俺の方ばっかり見てたでしょう」
「うん? 今日は起きてたなって思って」
「“今日は”?」
 映画広場はスティーブンとレオナルドの初めてのデートの場所だ。思えばあの時ははりきって恋愛ものを選んでレオナルドを爆睡させた。
 そう言うと、あちゃ〜と頭をかいている。レオナルドとのデートも回数を重ねて慣れてきたから、最近はお互いそういう失敗はしてない。スパイ映画は退屈でも、思い出の場所をにおわせて、良い出だしをしている。
 そう、概ね、ここまではうまくいっていた。

 お昼は腹の好き具合で決めようと思っていたら、レオナルドからツェッドの大道芸に誘われる。ここ数日ほど出店がでてるらしい。
 行ってみれば、結構な広さの場所に道沿いに屋台がならんで人だかりになっている。
「この中からツェッドさがせるか?」
「すぐ見つかりますよ」
 顔をあげてあたりを見回したレオナルドは、別に義眼を使ってる様子ではない。ビヨンドたちの頭より少し上を見ている。
 あ、と声をあげたレオナルドの視線を追えば、人波の頭上をちらちらと舞う蝶がみえる。遠目からパフォーマンスのように統率された動きをしていることがわかる。指揮者がいるようだ。
「……まさかあれシナトベなのか?」
「すっごい人気なんですよ」
「秘密結社なんだけどなぁ」
「そこまではばれてませんけど、でも、あの」
 ツェッドは生真面目にライブラの情報には注意を払っている。気になるのは別の人物だ。告げ口するようだなぁとは思うが、どうにも気になって、チェインさんは、と呟く。彼女は結構な人数にライブラだと知られている。
「あの子に危害を与えられるようなやつはいないからなぁ」
「それもそうっすね……じゃあクラウスさんは」
 地下闘技場で暴露されてしまって、大勢に名前と顔が知られたはずだ。その後にでてきたBBにうやむやになったが、クラウスがいくら強いと言っても騒動になったりしているかもしれない。
「ときどき『自分たちが秘密は守ります!』って話しかけられるみたいだね」
「さすがっす」
 大量にできたファンが自主的に情報規制をしているらしい。どこの世界でもクラウスの愛されっぷりが相変わらずだ。
 一番近い店のホットドックを買って2人でかぶりつく。
「なんつーか、なんとかなってるもんですね」
「なんとかならないことをするんじゃないぞー」
「うーっす」
 ケチャップとマスタードが足りないが、肉の味が強くて美味い。からあげを食べてる途中で油っぽさにスティーブンがギブアップして、レオナルドがそっちも貰った。デザートには伸びるトルコアイスをつっつきあう。メレンゲの味だった。
「お、見えてきましたよ!」
 フルーツジュースを飲みながら、近寄っていくと、気づいたツェッドから一礼される。
「ザップと組めば儲かるんじゃないか?」
「売上とられて終わりでしょーね」
「お前ら苦労してるな」
 一旦業務を終えて寄ってこようとしたツェッドのうしろ、悲鳴が上がる。見ればビヨンドの1人が口から火をふいている。
「古典的な方法すぎる。ツェッドの圧勝だな」
「スティーブンさんって、さらっとうちの子自慢しますよね。まぁでも同意です」
 商売敵にはならないだろう、と言っているのにツェッドは真っ青になっている。
 ビヨンドの火は勢いを増し、空に向かって大きく円をかいている。あれで大技のつもりなのだろうか。
「やばい!」
 誰かが叫んだ。
「逃げろー!」
「おい火とめろ!」
 観客たちがなにごとかとあつまるなか、芸人たちが慌てふためいて火吹きビヨンドにとびかかる。それらを火で撃退するビヨンドと、バケツをもってかけよる他の芸人達、見る間に乱闘騒ぎになっていく。
 ツェッドはというと、慌てたように駆け寄ってきて、大声で呼びかけた。
「みなさん! 逃げてください!」
「おいおいあれくらいの火で」
 大丈夫だよ、と言おうとしたところで、スティーブンの頭上に影が落ちる。ヘルサレムズ・ロットにおいて、大丈夫な時間なんてひとときもない。常にデッド・オア・アライブ。
 どうみてもこの広場に向かって巨大なミミズみたいな生物が突っ込んできていた。ミミズというよりもまるで。
「なんすかあのチンコ!」
「やめろレオ! デート中にチンコとか言うんじゃない!」
 火を止めようとしていた芸人も野次馬もみんな一目散に逃げ出している。ツェッドは応戦の構えだ。
「あぁくそ責任感の強いいい子だなぁ! レオは退避!」
 流れに逆らってスティーブンは影の真下に飛びこんでいく。ようやく事態に気付いたのか小さな火をこぼしながらぼけっとしているビヨンドを蹴り飛ばして、上を見上げる。
「ツェッド!」
 巨大チンコに血糸が絡まり、速度をわずかに減少させながら頭がスティーブンの方へ向く。
「エスメラルダ式血凍道」
 攻撃用の右を一歩前へだし、構える。
「下からってのは得意じゃないんだよ――――ランサ、」
 左で思いきり踏み込むと、回転と威力をのせた足で鬼頭をボールのように蹴り飛ばす。ぐっと上を向いたところで追撃をかます。
「デルセロアブソルート!」
 回転に体を乗せて、左足とともに氷の槍で打ち上げる。勢いのまま背中を地面にたたきつけたスティーブンの技につづいて、突風が空へ向かって吹き荒れた。ツェッドだろう。
チンコのような形の生物は上空に還っていき、すぐに霧で見えなくなった。
 ツェッドは駆けよってきて手を貸してくれる。
「スティーブンさん!」
 よってきたレオナルドに安心させるように笑うと、ツェッドが申し訳なさそうにあやまった。
「すみません、火の輪をすぐに止められればよかったんですが。あの異界生物はよくこの上空を飛んでて、輪というか、穴状のものを見ると見境なく突っ込んでくるんです」
「………ザップみたいなやつだな」
 そこまでチンコに近い性態にならなくていいのに。
 周りを見れば、逃げ惑ったビヨンドがまたわぁわぁ集まってきているが、正直なところ店はもうめちゃくちゃになっていた。テントは吹っ飛ばされているし、枠組みの骨も折れている。材料は空を飛んで、となりのお店とまざりあってよく分からない融合をしている。
 怪我人が痛い痛いとハイテンションで笑っていることもないので、HLにしては平和な解決だったんだろう。
 それでもスティーブンは溜息をついた。めちゃくちゃである。
 でもここはヘルサレムズ・ロット、もともとこういう街だ。
「仕切り直そう。次だ、次」


150926



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