ヘルサレムズ・ロットはもともとNY州だから、ヒューマ―にはアメリカ合衆国のNY州の条例が適応される。そしてNYでは2011年、同性婚が施行された。
 スティーブンとレオナルドは付き合ってから、もうじき3年になろうとしている。そろそろ頃合いだろうとは思っている。
 ただレオナルドは気の重たくなる事情を抱えているし、本人の意思が固い。プロポーズしたところで今はまだと断わられるのが目に見えていた。とはいえ、スティーブンにはレオナルドの憂いがはれるのを気長に待つ気はさらさらない。
 要は、断われなければいいのだ。
 3周年の記念日をレオナルドは忘れているだろう。女なら手帳にメモをしていたりするが、そういう細やかさは彼にはない。何も知らないレオナルドと思い出の場所でデートをし、雰囲気を完璧につくりあげたうえでサプライズのプロポーズしよう。
 クラウスにこっそり相談したが彼も祝福してくれているとでも言えばレオナルドとて「NO」とは言いにくいだろう。特にミシェーラ嬢を結婚して幸せになれと送りだしたばかりの今は一番狙い時だ。
 誰かの幸せを心の底から喜んでおいて、自分は幸せになりませんだなんて馬鹿な話があるものか。お前も俺と幸せになるんだ、レオナルド。



「あ、その日だめです」
「えっ」
 定時をすぎて人の出払ったライブラに寒々しくおことわりの言葉が落ちる。初手から予想外の事態に陥っていた。
 デートに誘えばレオナルドはバイトを理由に断ることが多い。だからこそ今月スティーブンはレオナルドのシフト調整に口を出していた。こんなに連勤すると体をこわす、とか、この日はライブラの方でミーティングを開く予定だ、とか。
 予定日は彼をフリーに仕込んでいたはずだ。
「もう予定があるのか? できれば僕を優先してほしいんだが」
「でもクラウスさんの園芸会の手伝いをすることになってて」
 なにやら大きいイベントがあってクラウスは運営側らしい。植物を植えたり鉢を動かしたり人手として頼まれているのだという。
 そしてスティーブンはクラウスには弱かった。これがザップ相手であれば無理をいって断わらせるところだし、レオナルドだって考えてくれただろう。
「HL産のやばいのに食われないようにしろよ……」
「前日なら空いてますけど」
「二連休なのか?」
 バイトをかけもちしているレオナルドの休みが二日も連続するなんてかなり珍しい。
「バイト先いっこ潰れちゃったんですよ」
 おそらく、文字どおりに潰れたのだろう。この町で建物がぺちゃんこになることくらいよくある。空から龍がふってきたり、でかい虫に踏みつぶされたり。はたまた、とんでもない人界の生き物の戦いに巻き込まれたりする。
「じゃあ」
 自然と声が上向く。背に腹は代えられない。当日ではないのが惜しいが、こだわりすぎるのは失敗の原因だ。一日ずれるくらいは目をつぶろう。
「はい、どこいきますか?」
「ん、秘密だ」
 ちょっと驚いたように顎があがったレオナルドに、小さく微笑む。
「エスコートさせてくれないか」
「高いとこは勘弁っすよ」
「晩御飯だけ」
「またそうやって……」
 ドレスコードがある店をレオは敬遠しがちだ。慣れない、というのが一番の理由だろう。彼はマナーもあいまいだ。
 スティーブンは今回そういう場所にレオナルドを連れていく気はない。雰囲気をつくるのには、相手のほどよい緊張とリラックスのバランスが肝心なのだ。
「心配しなくても、デートの後に行く場所だから私服で入れるところだよ」
 内装が洒落てて、周りは好き勝手に話している大衆店。でも客の層は落ちついていて、マナーを気にしなければいけない程度にはお堅い店だ。そこで少しばかりレオナルドを緊張させる。リラックスのタイミングはもう少し後になる予定だ。
「って言いつつ、トレーナーじゃダメなんすよね」
「着せ替えまで任せてみる?」
「ぜってーやめときます」
 迷うことのない拒否に苦笑しか出ない。目の前の小さい恋人はスティーブンとは金銭感覚が違うし、彼がいうには趣味も違うらしい。
「じゃあ11時に迎えに行くよ。お昼は遅くなっちまうから、朝はぜひ寝坊してくれ」
「まじで丸一日エスコートなんですね。なにかあるんすか」
「最近いつもアフターファイブばっかりだったろ? たまにはこういうデートがしたくて」
「アフターファイブどころかスティーブンさんの場合はアフターエイトがザラっすもんね」
 そう言ってソファから立ち上がるとレオナルドはリュックを背負う。皆が居なくなった後に少しだけ残って、少しだけ話す。その後の時間があけば夜デートなんてこともあるが、今日は帰るようだ。
「気をつけて帰れよ」
 指にペンを挟んだまま右手をあげると、レオナルドがドアを開けるまえに立ち止まって振り返る。
「あの、その日はスティーブンさんちで寝坊していいですか」
「……ぜひうちで寝坊しよう」
 恋人がするりと扉の隙間に逃げてしまったあとで、スティーブンの頭が机に激突した。恥ずかしがる時期なんて過ぎてあけすけな会話が増えたころになって、上手に誘えるようになってきた恋人のこういう不意打ちはちょっと困る。ふいにつきあいたての蜜月に引き戻されるようだ。

 ずいぶん浮かれた出だしだったから、スティーブンは日付の変更くらいもはやどうでもよくなっていた。けれど思いかえしてみれば、これが始まりだったのかもしれない。レオナルドにデートを一度断われるという事態が、すでにこれからのデートを暗示していた。



150926



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