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レオはスティーブンが選んだワンピースをひらめかせ、ひくいヒールを打ち鳴らして歩いた。少し伸びた髪は首筋をちらちらと見せつけてくる。
彼女はすっかり唇を尖らせてカゴの中に手当たり次第お菓子を放り込んでいった。ジュースも2リットルペットボトルを4本ひといきに放り込む。
「ぐぅっ」
さすがに買い物カゴを持つスティーブンがうめき声をあげたが、容赦はしない。
「もっと早く言ってくれたら、お菓子だってつくれたのに!」
「いいよ、そんなことしなくて」
「違います! ギルベルトさんのお手製に慣れたら市販には戻れないんですよ〜」
「あーなるほど」
今日からライブラに2人のメンバーが新しくやってくる。
1人はスティーブンの同輩女性で、凄腕のスナイパー。その響きだけでレオは顔を赤らめて絶賛する。かっこいい。
もう1人は何やら珍しい流派の使い手で、聞くところによればとんでもない天才だ。ただ、奥地での生活が長く人間らしさは保障できないそうだ。レオにはちょっと意味がわからない。
会計をすませずっしりと袋を両手にさげたスティーブンに、さすがに申し訳なくなったレオが片方のビニール袋を一緒に持つ。
ライブラに戻って、両手がふさがったスティーブンの代わりにレオが扉を開くと、噂の2人はとっくに到着していたようで、クラウスと話しているところだった。
「ただいまでーす。えっと、こんにちは」
1人はレザーと赤いジャケットを着こなす想像通りの美女で、もう1人は褐色の肌に銀の髪、想像もしてなかったイケメンだ。
「は、はじめまして!」
袋をおいて興奮気味に頭をさげると、「あぁん?」とチンピラみたいな声を出された。
クラウスとスティーブンとギルベルトの3人に囲まれて思春期をすごしたレオには全くなじみがないタイプで、思わず一歩下がる。スティーブンの方は面識があり、新人(男)の方から「スターフェイズさん」と声を掛けらた。
「なんすかこのチビ。まさかこいつもライブラの一員……なわけねぇよなぁ」
問われたスティーブンは、レオの肩を抱き寄せて、それはもうご機嫌な笑顔でこたえた。
「この子は僕のお嫁さんだよ」
紆余曲折、すっかり丸くなったスティーブンに、美女とイケメンが悲鳴をあげた。スティーブンはどこ吹く風で、女がK・K、男がザップ、この子はレオだ。と3人の紹介をすませてしまう。
いち早く立ち直ったのはザップと言う男の方だった。
「犯罪じゃねぇか! あんたそれロリコン……」
その瞬間彼はスティーブンに壁まで蹴り飛ばされていたが、レオは一応誤解を解いておく。
「まだ結婚はしてませんよ」
K・Kは髪を振り乱して「当り前よ!」と言う。
「こんな若い子がスカーフェイスとなんか結婚しててたまるもんですか! あなた今何歳!?」
「17歳です。いま結婚すると親のサインが必要なんで、結婚は18歳になってからです」
「そう言う話じゃないのよ!?」
追いうちのようにスティーブンはのんびりと付け足した。
「僕としてはむしろちゃんとご両親の了承を得て結婚したいんだけどねぇ」
K・Kもザップも二の句が継げなくなっている。
別にいますぐ結婚したいというわけではなくて、結果として牙狩りのジジイどもの提案と同じ方法になったことが嫌なのだ。せっかくちゃんとレオが好いてくれてるのだから、スティーブンは順当な手順を踏みたい。
「クラウスさんを出会い頭に鉢植えでぶん殴ったうちの両親が結婚なんて認めてくれるわけないじゃないですか」
レオは牙狩りに事実上誘拐監禁されていたわけだから、むしろその両親の反応は普通だ。過保護っぷりもしょうがない。それなのに娘はとっとと1人で心の整理をつけて、毎日の電話も面倒くさがる。妹とばかりスカイポをしているのを彼女の両親は知ってるんだろうか。
「僕は最短で結婚したいんですよ」
「まぁそこに異論はないよ」
ご両親に挨拶しにいって時間をかけて愛の証明をしたり、せめて彼女が二十歳になるまで待ちましょう、とはできないのだ。
ついこの前本部のジジイどもから、スティーブンとレオの婚約は解消された。その代わりスティーブンに別の政略結婚を勧めてきた。
脱走もせず大人しくなったレオがクラウスとの牙狩りの任務を立派に果たすものだから、本部はレオへの手を緩めたのだ。ついでに、スティーブンをもっといい条件の相手に使おうと思った。
さすがにレオが激怒した。子供の頃にうけた扱いも、スイスの家族への対応も、つもりつもっていた不満がついにK点を越えてレオはキレた。
『じゃあ婚約解消しましょう。そのかわり18になったら結婚しましょう』
彼女は案外したたかだ。
ある日、いったいいつスティーブンが好きなことを皆に根回ししたのかを尋ねたら『根回しじゃないですよ。ただスティーブンさんが好きですって言ったのはクラウスさんとスイスに行った時です』と返ってきた。無自覚だろうが出会って初日にやってるんだから、やっぱり根回しだ。
とにかく、スティーブンは表向きレオと婚約を解消して、見合いも断った。せっかくフリーに戻ったのだから少し自由にさせてほしい、なんて言って。
だから、ひとまず目標は何事もなく籍をいれることなのだ。挨拶も式も、ちゃんとやるけど、後でやろう。まずは事実をつくっとこう。
「そういうのを既成事実っていうのよ!?」
「スターフェイズさん、やっぱ犯罪じゃねぇっすか」
ザップは言ったそばからスティーブンに床に沈められる。
「スカーフェイス、あんたもうちょっと手段選びなさいよ」
「言い訳をしておくけど、提案は僕じゃないぞ」
「クラっちがこんな悪徳商法みたいなやり方を思いつくわけないじゃない」
スティーブンは頷く。確かにクラウスには難しいだろう。だからって、スティーブンでもない。もちろんレオでもない。
スカイポで通話をしていたレオの妹ミシェーラだ。ミシェーラはそのかわいらしい声で『先にやることやっちゃえばいいのよ!』と、うっかり後ろを通りかかったスティーブンの誤解を盛大に招いた。
スティーブンは既にこの先ウォッチ姉妹には勝てないような気がしている。
「あぁそれから大事なことだ。君たち大きな誤解をしているようだけど、彼女は立派なライブラ関係者だよ」
そもそもライブラ設立のきっかけ、起源となったのはレオの存在だ。レオは瞼を押し上げて、2人に義眼を見せる。
「まぁでも戦えはしないからさ、2人とも僕のお嫁さんをよろしく頼む。ただしザーップ、悪影響を与えたらお前を裸で北極支部に送ってやるからそのつもりでいてくれ」
「あんたのそれがすでに悪影響でしょうよ!」
「おいおい口に気をつけろよ。僕に今ここを北極にさせるつもりか」
「……さーせんっしたー」
スティーブンの腕をレオがするりとぬけて、買ってきたお菓子とジュースでクラウスと準備をはじめる。ちゃんとした歓迎会はお店でやるけど、お友達会のような形がレオの希望だった。
子供時代を友達と過ごさせてやれなかったぶん、クラウスもスティーブンも彼女のそういう要望には甘い。とくにクラウスはお貴族さまだから、こんな雑なパーティーは初めてで、彼自身が楽しんでいる節がある。
K・Kはその2人に混ざりに行って、ザップはスティーブンに寄って来た。
「なんていうか、スティーブンさん激甘じゃないっすか」
そんな人でしたっけ? と彼が銀髪を揺らしながらスティーブンに尋ねた。スティーブンは、目が腐ったのかと言おうとしたが、声を拾ったレオがかわりに答えた。
「スティーブンさんはもともと僕にけっこう甘いですよ」
そうだろうか、首を傾げたスティーブンに追撃がくる。
「きっとプロポーズの言葉とか、もう考えてますもん」
「そうなのかスティーブン」
「そうだとしても君に教えないぞクラウス」
レオと目があってハンズアップ、もう勘弁してほしい。レオの18の誕生日まで半年きっている。カウントダウンは始まっているんだから、プロポーズの言葉くらいは考える。でも、あまりつっこまれては恰好がつけられない。
だってスティーブンはまだ彼女に好きだとも言ってないのだ。言いそびれたついで、せっかく取っておいたのに、いろいろバレている気がする。
レオはスティーブンのほうをみて、小さく笑った。まるで彼女にしか見えてないものがあるように、嬉しそうに。
<終>
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