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「僕、スティーブンさんが好きなんです」
 3年も抱え込んでいた恋は、思っていたよりもあっさり口から出た。その結果は「僕を選ぶくらいなら、クラウスと婚約したままでいて欲しかったよ」だ。
 あまりにも酷い振り方だったから、レオはその頬をひっぱたいて飛び出してきた。

 スタンド席の様にぐるりと階段が囲む正面には大きなスクリーンで美女が笑っていた。音は出ているが屋外広場のため字幕が入っている。
 みんな他人と距離をとりながらまばらに座るなか、レオはぽつりと最上段の真ん中に腰掛けていた。
 ぼうと映画を眺めていると、右側にいつもの見慣れた雪が降りかかる。斜め後ろから覗かれているのが振りかえらなくてもわかった。
 レオがこの場所についてから10分も経ってないが、すぐに携帯にGPSがついていたのを思い出した。
「レオ」
 困ったような、たしなめるような、大人の対応をとっている声だったが、レオは一言「上映中ですよ」と告げた。
 スティーブンは大人しく右隣に腰をおろして、2人でぼんやりスクリーンを眺める。スパイダーマン、レオも子供の頃みたことがある。冴えない男がヒーローをやる話だ。美女は彼に助けられて、最後うっとりとキスをする。
 映画を見ている人なんてほんの数人だろう。デートコースだからほとんどのカップルが映画の途中で美女よりも先にキスをする。そういう場所だから、恋人たち以外はここに寄りつかず足早に通り過ぎていく。
 エンドロールが流れて、恋人たちが身を寄せ合って帰る中、レオも立ちあがる。後ろを黙ってついてくるスティーブンを振り返らずに、レオは1人静かに歌った。ティンクルティンクル、あてもなく歩きながら歌を口ずさむ。
 終わるころにはスティーブンは隣に並んでいた。
「キラキラ星の原曲はフランスの恋の歌って知ってるかい」
「さぁ、知りませんでした」
「少女が恋に夢中になるんだ。『あなた恋人がいないで生きていける?』って。でもね、たぶん相手の男は悪い男だよ。耳触りのいい言葉を並べてるだけ」
 だって歌詞の中に、男はでてこない。何をいわれて、どう思ったかはすべて恋に浮かれる少女の主観で、男の真の姿は描かれない。
「ねぇ、レオ。君がちゃんと『いい人』に惚れなきゃ僕は心配だよ」
 レオは足を止めてスティーブンを見上げた。
「僕はちゃんといい人に惚れました。あなたが僕のためにしてくれたこと、僕はちゃんと知ってるつもりです」
 それは下心があったからだよ、とスティーブンは言えなかった。
 口にすれば彼女の心を開いた42番街支部での2年をぶちこわすことになる
「僕の好きな人は、ピンチの時に現れて、不安だったときには優しくしてくれて、たくさん僕を救ってくれました。1人ぼっちだった僕にお菓子とプレゼントを持って会いに来てくれた。クリスマスにくれた香水は今でも一番のお気に入りです」
 下心があったからなんて、言えるはずもない。だって、本当はクリスマスに香水を用意する必要なんてなかったんだから。
 腕にはきちんとクラウスからのプレゼントを山のように抱えていたのに、わざわざ香水を紛れさせたのは、純粋にレオへのプレゼントだ。
 クラウスのパートナーにするために通った2年間はどうしたって打算だけじゃなかった。
 ライブラを結成したときにスティーブンの目標は達成されたはずなのに、それからも彼女を守り続けるくらいにちゃんと大事だった。
「スティーブンさん、それでも僕はクラウスさんを好きにならなきゃおかしいですか?」
「……君はばかだな。クラウスみたいな本物のヒーローがいたのに」
 レオはもう泣かなかった。今度のスティーブンの言葉には拒否のニュアンスが含まれてない。
「スティーブンさん、ヒーローの条件って知ってます?」
「……強いことじゃない? 体も心も」
「違いまーす。ヒーローはね、誰かのために自分勝手になれないとダメなんですよ。僕ね、スティーブンさんはけっこう自分勝手だと思うなぁ」
 大きな口でへにゃりとレオはほほ笑んだ。
 腕を伸ばせば届く位置にいたから、スティーブンはめいっぱい彼女の小さい体を抱き寄せる。出会ったときには腹までしかなかった頭を、今は胸にうずめている。
「君はばかだ。僕はけっこうひどい男だよ」
「そーっすか」
 そんなこと、どうでもいいように彼女は雑な相槌を打った。
「僕は好きです。もー何度も言わせんなー」
 文句を言うくせに、ぎゅうとスティーブンの背中に腕を回して嬉しそうに笑っている。スティーブンがあげた香水、ラストノートのバニラの香りがふわりとスティーブンをくすぐっていく。
 言葉をかえさないスティーブンに、レオはお見通しだと言うように頬をすりよせた。


150826



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